いのちのレポート


グライオンをボールに戻したベリーは、代わりにフィールド内にチコリータを出した。目に見えて、やってやるぞ!とやる気満々のチコリータ。それに比べて、トレーナーであるベリーの顔には心配の二文字が浮かんでいる。いくらアルゴからバトルの伊呂波を教わったとは言え、ワタッコの動きやグライオンの機転が実践に通用したとは言え、ベリーはチコリータに対してだけは少しだけ不安感を覚えていた。
先程まで戦ってくれていた二匹、ワタッコとグライオンは、ベリーがあまり野生ポケモンとバトルをさせていないというのに 、” 何故か ”結構な実践経験を積んでいる個体であった。そしてベリーの思考が固まっていようとも、己で判断を下し、行動できる二匹だ。だから今まで二匹に対しての心配はそこまでなかった。むしろ己が心配なくらいだ。
しかしチコリータは先の二匹とは違い、ウツギ博士から貰ったばかりの、アルゴから師事を受ける前まではバトルのバの字も知らなかったような研究所育ちのポケモンだ。勿論経験値を積むために野生ポケモンとのバトルで勝利も重ねてきたが、やはりこの本番の場で上手く動けるだろうかと、どうしても心配が買ってしまう。しかも現在フィールド内にいる相手のポケモンはゴース。チコリータの弱点であるどくタイプをその身に宿しているポケモンである。チコリータはネープルがウツギ博士から貰ったワニノコ、アルゴが受け取ったヒノアラシと比べたら自身の身を守るのに秀でているポケモンだ。しかし、いくら防御を固めていても弱点を攻められてしまえばひとたまりもない。果たして己はこの不利な対面でチコリータを勝たせてあげることができるのだろうかとベリーは思考を巡らせていた。

「チコリータ。」

ベリーは不安を隠せない声色でチコリータに呼びかける。しかしチコリータはそんな主人の心中に気が付いていないのか__もしくは気づかないふりをしているのか__その可愛らしい顔でどうしたの?とベリーを見上げた。

「無理、しないでね。」

ベリーはチコリータに目線を合わせて、ぎゅうっと抱き締めた。チコリータは己の主人の思いやりを感じ取って、心配しないで!行ってくるね、任せて!と言わんばかりに眩しい笑みを返す。母親が旅立つ子供を見送る際の最後の抱擁のようにも見えるそれを見て、タナトはほほえましいねと笑みを零す。

「ところでもうチコリータはフィールド内にいるわけだから、もう僕は攻撃指示を出しても良いことになるわけだけど、いいかな。」
「…はい。大丈夫です。」

じゃあゴースト、舌で舐めてやりなさい。
タナトの指示を聞いたゴーストはその長ァい舌をチコリータ目掛けて伸ばす。素早く避けるチコリータだったが、ゴーストの舌はあどこまでもチコリータを追い続ける。

「お願いチコリータ、逃げて、逃げきって…!」

ベリーは震えながら、涙目でそう懇願する。
数日前に図書館で読んだ本に書かれていたゴーストの生態。その中にあった『ゴースの舌で舐められると死んでしまう恐れがある』という一文が今のベリーの脳内を支配していた。気をつけようね!なんて書かれていたが、とんでもない、それを読んだ数日後にまさにその危機に直面しているなんて誰が思うだろうか!初陣でチコリータが死ぬなんてことになったらきっと、いや絶対ベリーは立ち直れなくなる。一生残る心の傷を負ってしまう。それはチコリータのために、そして自分の夢のためにもそれは絶対に避けたい事柄であった。
しかし現実は無常であった。ゴーストの舌はとどまるところを知らない。一所懸命走って逃げているチコリータがかわいそうになって見えてくるくらいであった。
そしてその瞬間はついに訪れてしまった。ぺろりと、長い舌がチコリータの背を優しく舐めあげる。あッとベリーが声を上げたのも束の間、チコリータはその場に伏した。ベリーの脳裏に強く浮かび上がる死の一文字。さあっと全身から血の気が引いていった。

「やだぁ…チコリータ死なないで、死んじゃ嫌だよぉ…!」
「ちょ、待ってよタナトさん!死んだのこれ⁉ジム戦ってポケモン死ぬの?死なせてもいいの?ねえおかしくない⁉」

ぼろぼろと涙をこぼすベリーと抗議の声を上げるネープル。そんな二人を見てもタナトは何食わぬ顔で地面に伏しているチコリータに視線を移すだけであった。

「これは抗議の電話してもいいだろ!リーグの電話番号検索したら出てくっかな…」
「お前やっぱガキ。さっきの呪いの時も思ったけど、本当にバトルのこと何も知らねーのな。」

はあ⁉とネープルの大声が空間にこだまする。必死にリーグ本部のホームページをスクロールしてお問い合わせ先を探していたネープルにとってアルゴが放った言葉は気分を害するものであった。ベリーと今後のリーグ運営のためを思ってやっているこの行動にケチ付けんのかコノヤロー。つかオレは捕獲に生きる人間だし世の中バトルで回ってねえから知らなくて当然だろうがよ〜!以上がネープルの中で生まれた不満だったが口にはしていない。だって口にするのが怖いから。やはりネープルは臆病者であった。

「そりゃポケモンだっていつかは死ぬ。形や生態系は違うが、繁殖もするし、食事も睡眠も取る。成長もする。俺たち人間と同じ生き物だ。亡くなった原因が老衰と診断されるポケモンもいれば、こんなバトルの場面で命を落としてしまう不運なポケモンもいるだろうさ。」
「…その不運が今だと思ったンだけど……。」
「チコリータは防御、特防が伸びやすい傾向にあるポケモンだ。タイプ一致技だとしても、たかがこれっぽっちの低威力技のしたでなめる程度一撃で死ぬわきゃねえだろ。」
「で、でも!私が読んだ本には、ゴーストの舌で舐められると死んじゃうって書かれてて…!」
「おや、随分古い情報を載せている本を読んだんだね。その情報は対ポケモンにおいて無意味だよ。ほら、チコリータを見て御覧。」

タナトの言葉を聞いたベリーとネープルは視線をチコリータに動かした。
じいっと見つめてから三秒、先程から地面に伏した状態でぴくりとも動かないチコリータの小さな足がぴくっと動いた。
のそりとゆっくりと顔を上げたチコリータは、顔に付いた土を払うように顔を左右に振った。

「「生きてる!!」」

死んでない!と大声を出して喜ぶ二人を、アルゴはほら見たことかと言う顔をして見ていた。

「あの野郎の言った通り、ベリーの持っている情報は対ポケモンである今じゃあ無意味なモンだ。舌で舐められて死ぬのは人間だけだ。」
「え、じゃあなんでそんな人間相手の情報が本に載ってるワケ⁉」
「そりゃあまあ…俺の憶測だが、ポケモン対ポケモンなんて回避したかったんだろ。ポケモンが発見されて研究されている初期なんて、その見つけて研究対象と決めたポケモンが希少かどうかも分からない状況だろ。ポケモン対ポケモンにして、下手に傷を負わせてその研究対象は死んでしまいました。死んだポケモンは希少な種のようなので代わりのポケモンは見つかりません。研究は進みません終わり…なんて状況は避けたかったんだろ。それでまずは対ポケモンではなく、対人間にして技の精度やそのポケモンの持つ個性なんかを調べたんじゃあないか?」
「人間がポケモンの技を…?死ぬじゃん。死ぬくね?」
「したでなめるの追加効果である麻痺は人間にとっちゃあ重度の障害だ。何かしらの臓器だかに影響して死んだ人間がいたのかもな。インドぞうなんてポケモンでも人間でもねえ知らない種が初期の図鑑内容に書かれていたのも、初期の研究課程にあったんじゃねえか?絶対人間じゃ耐え切れねえであろう技や危険なポケモンの生態を調べるために流用されてた生き物がそのインドぞう…ってとこで。ポケモンを発見してその研究をしていたであろう当時の人間はもう存命してるかも分かんねえくらいだから、真実は闇の中ってところだが。」

アルゴの話を聞いてネープルが昔の人間の発想怖くない?とぞっとしたのはここだけの話。
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