嫌いな野菜食べるみたいに愛して


青い空、白い雲、そしてふわりと優しく香る花の匂い。そんな場所に俺は来ていた。
ヨシノシティ、それは花壇に咲く様々な花の香りが漂う街。決して観光目的で来たわけではないことを先に言っておこう。

「くらええええっ!」

そんな穏やかな風景とは対照的に、俺は大量のサニーゴに囲まれた中、必死な表情を浮かべ叫び声を上げながらボールを蹴っていた。
そう、俺は『ヨシノシティの釣り場にサニーゴが出た』という話を聞き、この場所にやってきたのだ。
丁度ウツギ博士から『他の地方で見られるサニーゴとの違いを今一度確認したい』という理由でサニーゴの捕獲を頼まれていた。29番道路でオタチ相手に捕獲の練習をやっていた俺はその話に感謝した。なんていいタイミング!きっとポケモンを持っていない子供がやんちゃなサニーゴを釣り上げてあたふたしているに違いない。そう思って練習を見ていてくれたお母さんに許可を取り、共にヨシノシティを目指したのだ。
俺たちがいたワカバタウンからヨシノシティはそう遠くはない。少し歩けばヨシノシティはすぐ見えてくる。
噂の釣り場は多くの人で溢れていた。このままでは目的であるサニーゴ捕獲ができない。俺の捕獲スタイルはお母さん__先代捕獲の専門家であるお母さんと同じで足を使ったものだ。細かく言うと俺の場合は足を大きく動かすサッカーのシュートスタイル。周りに人がいるとぶつからないかどうしても気になってしまい、正直うまく立ち回れる自信がない。「すみません、通してください。」俺がそう声をかけても周りにいる大人たちは怪訝な表情を浮かべるだけ。無視をする奴がほとんどだ。どうしようかと考えているとお母さんが小声で俺に話かけ、俺が背負っているリュックを指さした。「リュックサックの中にあるもの、もう一度確認してみなさい。」それだけ言うとお母さんは妹の手を引いて少し離れたところにあるベンチに座ってしまった。
リュックの中って、何?正直思い当たるものはないが言われたとおりに一応リュックの中を漁る。中に入っているのはきずぐすりに捕獲用の各種モンスターボール、そしてきのみと…。

「…あ。」

あった。リュックの中で圧倒的存在感を放つものが一つだけ。何で忘れていたのだろうか。あれだけ望んでいて、あれほど記憶に残る貰い方をしたものだというのに。
リュックの中からそれを取り出す。受け取ったはいいもののお母さんとお父さんから簡単な使い方しか聞いていないそれを外で使うのがまさかこんな機会になるとは思わなかった。傷もなく指紋もさほどない、新品同然のそれを右手に持って、もう一度集団に近寄る。

「えと、図鑑所有者のネープルです。ウツギ博士からの依頼で…」

一番近くにいた大人にポケモン図鑑を掲げながら話しかけた。まるで証明書のようだ。ポケモン図鑑はこんな使い方ができるようなものなのだろうか。正直言うとポケモン図鑑もそんなに万能ではない…と思っている。心のどこかに疑いを持ちながら相手の顔を見つめた。「ポケモン図鑑!?きみが噂の次世代の…!」俺が話しかけた人は首を傾げるだけだったけれど、その隣にいた人が驚いたような顔をしてそう呟いた。もしかしてこのサニーゴを捕獲してくれるのか?!どこかからそんな言葉が聞こえた。すると周りからおおと声が上がり、捕獲の専門家なら…と場所を開けてくれた。それはさながら王様のために道を開ける従者のようで、少し優越感を感じてしまった。
ポケモン図鑑の力ってすげー!力のないガキと分類されるような俺でもそれなりの立場を持つ一人の人間としてきちんと認めてくれるんだぜ。
もう周りに人はおらず、そこには大きく蹴る動作をしても問題ないくらいの空間ができあがっていた。どうや俺の要望を聞いてくれたようだ。これで安心して捕獲に集中できる。しかしここまでしてくれた以上、捕獲できませんでした〜などという失態を晒すわけにはいかない。いつもより集中しなければ。
喝を入れるように自分の両手で頬を軽く叩き、大きく息を吸う。次世代の図鑑所有者、捕獲の専門家。まだ見習いだという事実は置いておくが、ここまで肩書を明かしてしまったのだ、気合い入れてやるしかない。
観客共、目見開いてよく見てやがれ。


「捕獲開始っ!」


足を駆使し、サニーゴを目掛けネットボールを勢いよく蹴り上げて捕獲を試みる。このサニーゴに敵対心は感じられない。ただ楽しく水と戯れているといった様子だ。わざわざ体力を消耗させるために傷を負わせなくても、みずタイプを持つサニーゴならネットボールで十分だろう。
こつんと角に当たるボール。抵抗もなくすんなりとサニーゴが吸い込まれていくのを確認し、俺はネットボールを取りに向かう。いや、向かおうとしたのだ。
しかしそれは捕まえたのとは別の個体のサニーゴによって行く手を阻まれてしまい不可能になったのだ。それは一匹だけでは飽き足らず、追加でもう一匹、更に一匹、そしてもう一匹と、止まることを知らないかのように増え続けたのだ。徐々にピンク色に浸食されていく足元に若干の恐怖を感じる。
サニーゴがいるのは聞いていたけど、大量発生とは聞いてないんだなあ!
普通こんなに出てこないじゃん。質の高い釣り竿を使っているときに釣れるものじゃんサニーゴって。何でこんなにしれーっと大量発生してるの?!と思ったが、これがグリーン博士が言っていた『生態や在り方が変わっている』ということなのだろうとなんとなく理解した。
だとしても量が多すぎる。何回ボールを蹴っただろうか。サニーゴがボールの中に消えていくのを何回見ただろうか。可愛らしいあの顔も一周回って憎らしさすら感じてしまう。こっちの気も知らずにきらきらした目を向けやがってよ〜!精神的にも肉体的にも疲労を感じ、ボールを蹴る足がうまく上がらない。同じところばかり延々と流れる壊れたDVDを再生している気分だ。
最後に一匹がボールの中に収まったのを確認し、鳴り響く拍手をBGMに、俺は大きく息を吐いて地面に腰を下ろした。
やっと終わった…。達成感と疲労感でいっぱいの俺は周りにいた人からのお疲れ様という言葉にすら反応できなかった。本当に疲れた。何個ボールを蹴ったのか分からない。そしてこのサニーゴたちはどうしたらいいのだろうか。いくつかはサンプルとしてウツギ博士の元へ転送するとしてもまだまだ余りはたくさんある。
こりゃ後で野生に返すしかないか。そう考えながら辺りに散らばったボールを拾い集める。辺りにボールが残っていないかを確認し、少し遠くにいるお母さんと妹の方へ向かった。それにしても本当にたくさんいたな。背負ったリュックがとても重くて肩が痛い。


「お母さん、終わったよ。」
「お疲れ様ネープル。」


お母さんから労いの言葉と共にサイコソーダを貰う。受け取ったとき、ボトルがまだ冷たいことに少し驚いた。きっと俺がサニーゴ相手に悪戦苦闘しているときに買ったのだろう。「遅かったねお兄ちゃん。」サニーゴ捕獲に要した俺の苦労も知らず、ジュースを飲みながら生意気な発言をする妹の頭を小突く。まだ7歳のくせに一丁前に4歳も歳離れた兄に口利きやがって。

「大変だったよ。傷つけるわけにはいかないし」

ふうと一息ついてから手渡されたサイコソーダを飲む。たくさん動いて火照っている身体にこの冷たさは丁度いい。乾いていた喉でぱちぱちと炭酸が弾ける。この感覚は嫌いじゃない。
「ねえネープル、少し提案があるのだけれど…。」サイコソーダを味わっているといきなりお母さんから話しかけられた。何?そう返すとお母さんは少し考えるような顔をしてから再度口を開いた。


「そろそろ捕獲用のポケモンを捕まえるのを考えてもいいんじゃないかしら。」
「…捕獲用?」


お母さんから投げかけられた単語に俺は首を傾げた。「捕獲用なんてもう持ってるじゃん。」そう言って俺はボールの中からポケモンたちを出す。俺の手持ちにはすでにみねうち要因のストライクとねむりごなやしびれごな要因のバタフリーがいる。それに加え幼いころからずっと一緒で、純粋にアタッカーとしての役割を持つドンファンとこれから一緒に成長していくワニノコ。それだけで十分なのではないか?
しかしお母さんはゆるゆると首を横に振り、真剣な目をして「いい?ネープル。」とまるでポケモン塾で授業をするときの様な表情をして話し始めた。

「確かに今の手持ちポケモンだけでも十分だと思うわ。でも、もし捕獲対象のポケモンが捕獲前に逃げ出してしまったら?」

その言葉にハッとした。確かにそうだ。いくらポケモンのわざで弱らせて捕まえやすくさせたところで逃げられては意味がない。ねむりごなはくさタイプに効かないし、しびれごなはでんきタイプに通用しない。さいみんじゅつという手もあるが、成功確率が高いとは言えないそのわざを眠り状態で捕まえやすくなるからといった簡単な理由で採用するには失敗したときのリスクが大きい…と個人的に思っている。
現状でんきタイプとくさタイプ、その二つを持つポケモンは少ないが、もしこの先でんき・くさタイプを持つポケモンが複数種発見されたら、もしそれが珍しいポケモンやお客さんから依頼されていたポケモンだとしたら。
その場合悔しいが今の俺の手持ちでは対応できない。それが俺の手持ちよりもレベルが高いポケモンだったらなおさらだ。今はまだ『見習い』という立場でプロになるための練習を繰り返しているだけだし、ツクシさんやウツギ博士からの依頼にも満たないお願いしか受け付けていないから、捕獲できませんと言ってもまだ許してもらえているのだろうけれど、もしこの先も俺がこのまま手持ちを変えずにいたら。俺はそのタイプのポケモンの捕獲依頼を受けることができないという、捕獲の専門家としての信頼を失うことに繋がってしまう…のかもしれない。
何としてもそれは避けなければならない。俺には目標がある。その目標を叶えるためにはそんなつまらないことで立ち止まるわけにはいかないのだ。

「ねえ、例えばどんなわざがいいと思う?」
「そうねえ…。わざで言うと、『とうせんぼう』や『クモのす』。とくせいだと『かげふみ』や『ありじごく』あたりかしら。でもとくせいだと一部のポケモンに効かないことがあるからやっぱりわざの方がいいわ。」

食い気味にお母さんに問うと、一つ一つを思い出すように詳しく教えてくれた。
捕獲を失敗してしまったら言葉にできないくらいとても悔しい思いをするに違いない。そんな思いするなんてごめんだ。そのためならどんなポケモンでも捕まえてやる!…とは言えないができる限り努力してやる。


「ネープルの今の手持ちから考えると…ゴースあたりが丁度いいんじゃないかしら。」
「へぇ、ゴースかあ。」


なるほどゴースね。たしかにゴーストタイプはノーマルタイプとかくとうタイプのわざをすり抜けることができるからいいかもしれない。体力がぎりぎりのポケモンが一矢報いてやるみたいな気持ちですてみタックルをしてきて力尽きてしまう、なんて事故も防げるわけだし。うん、ゴースか。ゴーストタイプの…、ゴーストタイプの、ゴー…ス?

「え、ちょっとまって。ゴースってあのゴース?!」
「ネープルが何を思い浮かべたかは知らないけれど、ポケモンのゴースのことよ?タイプ的にもわざ的にも、捕獲要因としてぴったりだと思うの。」


いきなり大きい声を出した俺を気にすることなくお母さんは話を続けた。少しくらい気にしてほしいんだけれど。
ゴース、ゴース…ゴースかあ。いや捕獲するためにとなると悪くはない。むしろ良いと言ってもいいかもしれない。先ほどから考えていたノーマルタイプやかくとうタイプの技の無効化・成功率はねむりごなに劣るが動きを封じることが可能なさいみんじゅつを扱えることに加えて、逃げられなくするわざであるくろいまなざしやみねうちが効かないゴーストタイプに安定した一撃を与えることができるナイトヘッドも扱える…など、捕獲の専門家を目指している身からするとゴースはとても有能なポケモンなのだ。
そう、すごく有能。有能なのだけれど。

「ゴース、うーんゴース…。えぇ…ゴースねえ…。」

俺がここまでゴース捕獲に対してしぶる様子を見せるのには少し理由がある。俺は総じてホラー系のもの、そしてゴーストタイプのポケモンが苦手なのだ。そんなことと思うかもしれないが俺にとっては苦手なもの捕獲という話は非常に大きく、深刻な問題なのだ。だって怖いし。
「他にもゴースと同じわざ使えるポケモンいないの?」なんとかゴース回避をするべく引き気味にお母さんに聞く。「そうねえ…、捕獲場所やネープルの今の手持ちのバランスも考慮しなくていいなら…」先程よりも深く考え込むお母さん。もしかしたらゴース以外の選択肢を出してくれるのかもしれない。よし何でもこいや。カントー・ジョウトにいるポケモンならたとえナナシマでもフスベでも行って手持ちにしてきてやんよ。
「…あのさー、」俺が遠出する覚悟を決めているとしばらくの間黙っていた妹が口を開いた。何と返すと妹は眉間に皺を寄せてもしかしてだけれどさあと言い、少し間が空いた次の瞬間、衝撃の一言を放ったのだ。


「ねえ、お兄ちゃんもしかしてゴース怖いの?」


図星。
そしてそれは俺の本心。俺の口から出たものは「ふぁ…」という言葉にもなっていないなんとも情けない声だった。
何てことを言うんだこの妹は!どこで気づいたんだこいつ。「あらそうだったのネープル。」お母さんも考えることをやめて俺の方を見ている。ごめんなさいね気が付かなくて、だなんて言葉もセットで。せっかく気づかれずに事がいい方に進むと思ったのに台無しだよ。
やめてお母さん、ネープルくんのことをそんなすまないという気持ちが込められた目で見ないで。そして妹、本当に許さん。なんてことを言いやがる。


「ちげーよ、何言ってんのクリア?やってやんよ。ゴース手持ちにして帰って来るから待ってろよ?」


売り言葉に買い言葉…のようにすぐ先程の妹の言葉に反論する。俺だってプライドがあります、見栄くらい張ります。動揺を悟られないように余裕ぶった表情を作り出す。さぞ歪な笑みに見えるだろう。お母さんには嘘だとバレているだろうが、妹を騙すくらいならこの程度の誤魔化しで十分だろう。十分であってほしいと願っている。

「本当にー?何か反応がガチっぽかったから本当に苦手なんじゃないかって思ってたよー。」
「ははは、んなわけ」

あはははと俺と妹の笑い声が重なる。まあ俺のは本当に心から笑っている妹とは違い乾いた笑いなのだが…、どうやら妙に鋭いところがある妹は俺の拙い演技に騙されてくれたようだ。正直ホッとした。
本当は『んなわけないよ』と言いたかったのだが、俺は後半の三文字を言葉にできなかった。だって嘘だから。俺は昔から嘘をつくのが苦手だ。
スマホロトムの中にあるマップアプリを起動し、ポケモン図鑑に載っているゴースの生息地と照らし合わせる。ここから一番近いのは…キキョウシティ、マダツボミのとうか。行きたくはないけれど仕方がない、目的地という欄にその建物の名前を入力する。
嫌だという気持ちとこんな自分が情けないという羞恥心で内心泣きそうになりながら、俺は近場でゴースが出る場所だと言われているマダツボミのとうへ向かうために歩き始めた。
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