劇場・インザポケット


時はお昼。昼食時に使ったお皿を濯ぎそれを綺麗に水切りラックに並べる。蛇口から出てくる水は少し暖かい。もうすぐ夏になるからだろうか、なんて考えながら未だ指先に残る洗剤の爽やかな香りを綺麗に洗い流す。チコリータが構ってと言わんばかりに私の足に頭を押し付けてくるが、ちょっと待ってねと声をかけてそれを制止させる。
我が家は二人暮らし。お母さんは海外の方を拠点に仕事をしていて不在がち、お父さんとは一緒に暮らしているけれど多忙だから私が家のことをしなければいけない。他の子たちとはちょっと違う家族の形というのは分かっている。でも私はこれが普通だと思っているから何にも寂しくなんてない。
全てのお皿を並べ終えたので律儀に足元で待っていてくれたチコリータの葉っぱを軽く撫でて台所から離れる。午後からどうしようかなチコリータと遊ぼうかななんて考えながら歩いていると、玄関の方から何か物音が聞こえた。誰か来たのかな。知らない人がいたら怖いなと思いながらも少しずつ静かに歩みを進めて玄関に向かう。
玄関に近づくにつれ人の影がはっきりと見えてきた。びくびくしながらも壁に身を隠しながら玄関を覗き込み、その影の正体を確認した、が。

「おとーさん!」

そこにいたのは私と同じ赤髪で黒い薄手の羽織物を羽織って出かける準備をしている人物だった。出かけるの?と聞くとああと短い返事を返された。
この人は世界で一番かっこいい私のお父さん!かっこいいだけじゃなくてチョウジジムのジムリーダーをやっていてバトルも強いし優しいし声もかっこいいし、とにかく私の自慢のお父さんなの!

「どこ行くの?」
「マサラのオーキド研究所だ。姉さんに渡すものがあってな。」

そう言ったお父さんの近くには鞄があり、中には茶封筒が入っていた。資料かな。直接渡しに行くってことは重要なものなのかな。姉さん…ブルーお姉さんのところということはマサラの研究所かな。
…私が行っちゃだめかな。
丁度チコリータとお散歩行きたいなと思っていたところだし。私が行ければいつも忙しいお父さんがわざわざ時間を割いて遠出しなくてもいいってことにもなるし。うん、一石二鳥なんじゃないかなこの案。


「ね、私行きたいな。私が行ってもいいかなお父さん。」
「…………別に構わないが、大丈夫か?」
「任せてお父さん。私もうすぐ11歳だし、図鑑所有者にもなったんだよ?」


胸を張ってそう言うとお父さんは真顔のような何というか、とにかく何とも表現しにくいような顔をして私を見た。そんな顔もかっこいいだなんてさすがお父さん!だなんて称賛は一回置いておこう。
そう、もう私は11歳なのだ。10歳でジムバッジを集める旅にに出ている子たちと比べたらおつかいなんて危険でもなんでもない。図鑑所有者は…そんなに関係ないかもしれないけれど、図鑑をうまく使えば同年代の子たちよりもいい立ち回りができるかもしれないし、図鑑を持っている分安心だと思うけれども。
久しぶりにブルーお姉さんにも会いたいし、そんなに心配しないで。そう言って笑顔を向けるとお父さんは少し間を置いてからじゃあと言い鞄とモンスターボールを渡してくれた。


「父さんのキングドラだ。…空を飛んでカントーへ行くのはトレーナーとポケモン両方の負担になる。少し危険だがワカバまで行き、トージョウのたきを経由しなさい。」
「分かった!…でも何でキングドラ?」
「キングドラは吊り橋から落ちてしまった時のための保険だ。もし足を踏み外してしまったらすぐにたきのぼりを使うんだ。」


トージョウのたきは危険な場所だ。普通なら通ることのないところだし、舗装された道がない場所。昔から吊り橋を渡って歩くという場所なのだが、もし足を踏み外して吊り橋から落ちてしまったら一巻の終わり…と言ってもいいだろう。そんな場所を通って行けだなんて、以前のお父さんなら絶対に言わない言葉だ。ここだけ聞かれていたら『あそこを通れと子供に言うだなんて危機意識がないのか』と言われたり『虐待じゃないのか』と思われるのかもしれない。
でもポケモン図鑑を貰い『将来チョウジジムのジムリーダーになりたい』という思いが強くなったあの日に私はお父さんにこう言ったのだ。「どんなに厳しくてもいい、夢を叶えるために必要なことを教えてください」と。その日からお父さんは以前よりも少し厳しめに教えてくれるようになったし、少しずつだけれど着実に以前よりポケモンバトルの腕は上がっている。そう、きっと、いやこれもお父さんから与えられた試練。お父さんたちが私の歳くらいの時なんか巨悪に対峙してたくらいだからトージョウのたきくらい行き来できなきゃね!そういうことでしょお父さん!私はやるぞ!

「お父さん行ってくるねー!用事終わったらすぐ帰ってくるからー!」
「ああ、気を付けて。」

私がそう言って手を振るとお父さんも軽く手を振り返してくれた。やっぱりお父さんは優しい。私の意思を尊重してくれることが多いし。ネープルは『お前の父さんちょっと怖いよ』なんて言うけれど失礼じゃないかな、なんてことは今はどうだっていい。分かる人にだけ伝わればいいのだ、このじんわりと伝わる仄かな優しさは。
カントー久々だなあ。いとこたちは元気かなあなんて考えながら、私はワカバへ続く道を行くのだった。


……………

パタパタという軽い足音が徐々に遠ざかって行く。
厳しめにと言われたから状況判断や危機回避等の面も考えてトージョウのたきという大分厳しめの道に行かせてしまったが…大丈夫なのだろうかあれは。もし本当に落ちてしまったらどうしようか、キングドラがうまいことやってくれるとは思うが服もびしょ濡れになるだろう、帰りは迎えに行った方がいいのだろうか。もし落ちた時に怪我でもしてしまったら…。

「……心配だ。」

不安で頭を抱える。こんなところをゴールドに見られたらまた親馬鹿と言われてしまうのだろうがそんなこと知ったことか。兎に角無事に帰ってきてくれればそれだけでいい。
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