「ありがとうねベリーちゃん。…ごめんなさいね、あの子たち遊びに出かけちゃってて。」
「いいのブルーお姉さん。お父さんのお手伝いしたかっただけだし、ブルーお姉さんにも会いたかったから。」
マサラタウンにあるポケモン研究所。そこは世界的にも有名であるポケモン博士がいる場所。何故私がそんなところにいる人とこんなにも親し気に会話できているかというと、答えは単純明快。身内。ただそれだけなのだ。
お姉さん__ブルーさんはお父さんのお姉さん。私の立場から見ると伯母さんなのだけれど昔からお姉さんと呼んでいる。とても親しみやすいしとっても美人だし。本当に二児の母には見えないよ。
「どう?うちの子くるまでお茶していく?」
ブルーお姉さんはティーポットを片手にそう言った。お姉さんの淹れてくれる紅茶は美味しくて好きだしとても魅力的なお誘いだったけれど私はそれを断った。早く帰らないとお父さん心配すると思うから…と、私が素直に理由を言うとお姉さんは綺麗な青色をしている大きな瞳をぱちくりさせ、下を向いた…と思ったら急に腕を大きく広げて私に抱きついてきた。いきなりの行動で少し驚いたけれども私もブルーお姉さんの背中に手を回す。
ブルーお姉さんはスキンシップが多い人。小さい頃からこうされてきたから人見知りの私でもお姉さん相手のこういうのは慣れちゃった。
「んも〜!本当にいい子!それで相変わらずシルバー大好きねぇ。でもかわいいわ、ブルーさん許しちゃう。」
そう言って頭をよしよしされるものだから、なんだか心の隅っこに少し罪悪感が生まれてきてしまった。
うえ〜んごめんなさいお姉さん。私もお茶したいけどお父さんにすぐに帰るって言っちゃったから帰らなきゃいけないの。嘘つきはよくないし…。今度また来るから…本当にごめんね。
「ありがとうお姉さん、また来るね。それとセイジくんとエミリちゃんに今度遊ぼうねって伝えておいてください。」
お姉さんに今日会えなかったいとこたちへの伝言を託し別れを告げた。
帰り道は図鑑と一緒にウツギ博士からもらったチコリータと途中まで一緒に歩いて帰ることにした。早くこの子と仲良くなりたいし、私が幼い頃過ごした場所を見てほしかったからだ。早速ボールの中からチコリータを出してあげると見慣れない景色で興奮したのかすごい勢いでトキワシティの方面へと走り出したのだ。
「ちょ、待って!チコリータ!」
チコリータの勢いは止まらない。マサラの研究所からトキワシティの入り口、その入り口からトキワの住宅街。全速力の鬼ごっこは続く。そしてついにはその姿をトキワの森の中に隠したのだ。
チコリータ帰るよ。へとへとになりながらも森の方に向かってそう叫んでもチコリータは出てこない。仕方がないなとため息をつき、私も森の中に入った。
森の中は記憶の中にあるものとさほど変わっていなかった。少し歩くとチコリータのぴょんぴょんと軽く飛び跳ねながら私が来るのを待っている姿が見えたのでそばに駆け寄った。帰らないのと聞くがチコリータは楽しそうな顔のまま顔を横に振る。お家帰ったらいっぱい遊んであげるよと言っても答えは変わらない。今遊びたいのか、それともトキワの森がいいのか、ただ単に動きたいだけなのか。理由は分からないが、今チコリータの考えを曲げさせるにはとても骨が折れるだろうということだけは分かった。
「…ちょっとお散歩する?」
私がそういうとチコリータは嬉しそうな鳴き声をあげて私の足元にすり寄ってきた。頭に付いている葉っぱから甘い匂いが香ってくる。こんなに嬉しそうな様子を見せられては仕方がない、気が済むまで付き合ってあげようじゃないか。後で帰るの遅れるってお父さんに電話入れよう。結局嘘ついちゃったな。
チコリータの歩幅に合わせて森の中を歩いて行く。森の中にある全てを物珍しそうに、そして楽しそうに見ながら歩くチコリータを見る。「見てチコリータ、あっちの木の奥に家があるでしょ?あれがお父さんの知り合いのイエローさんのお家でね、」解説を始めるとチコリータは私が指さす方をみたり頷いたりしてくれる。こんなにも良い反応をしてくれると私の色々と話したくなっちゃう。だって自分の故郷を気に入ってもらえるのって気分いいじゃない?結局お父さんとの約束を破ってしまったということとブルーお姉さんからのお誘いを断ってしまったものからくる罪悪感が生まれてしまったわけだけれど、まあこの子が嬉しそうならいい…のかなあ。
気分が高揚しているのか徐々に歩くスピードを上げ、嬉々として私の前を行くチコリータ。待ってよと声をかけるが聞こえていないようだ。まったくこのわんぱくさんめ。でも困ったなあ。まだ昼間だからいいけれどこまで行くつもりなんだろうと思い、何となく私達が進んでいくであろう道の先を見た。
「…チコリータ待って!」
止まって、そして戻ってきて。私の真剣さが伝わったのかチコリータは進むのを止めて私の方へ戻ってきてくれた。そして正面からは死角になるであろう横道にチコリータと共に移動し、こっそりと道の先を見た。
私がチコリータを呼び横道に隠れた理由、それは道の先に何かが、この森で私が見たこともないものを見たからだ。
最初に見えたのは独特なシルエット。細長い手足のようなもの、その先についている鋭い針、そして薄い羽。あれってもしかして…。
(…スピアー?)
危険を体言しているようなカラーリング、そして両腕に当たる部分に鈍く光る鋭い針のようなもの。何度目を擦って確認しても、そのポケモンはどくばちポケモン スピアーに違いないのだ。
おかしいおかしいおかしいって!何でスピアーが、こんなに強そうで好戦的っぽい個体がこの森にいるの?!
幼い頃の私の遊び場所は二つあって、その一つがトキワの森だった。昔からなぜかポケモンに好かれやすいこともあり、トキワの森は私のホームグラウンドと言ってもいい場所。どこに何のポケモンがいるとかあの草むらにいつもいるむしとり少年くんお家はどこにあるとかそんな細かいことまで知っていた私は自分のことをトキワの森博士と自称していた。…今となっては黒歴史みたいな話だけれど。
まあそれは置いておいて、当時の記憶ありきだけれどトキワの森にこのスピアーは『いなかった』。…いや、これだと語弊が生まれちゃうかな。正確には『トキワの森にはレベルの高いスピアーなど生息していなかった』のだ。目の前にいるスピアーの針は鈍く光り輝いており、何十回も獲物を仕留めて使い込まれたもののように見える。
もしかしてこれがグリーン博士が言ってたとかいう『生態系が変わる』ってこと?!じゃあこれも報告しなきゃだよね…って今はそんなことを考えている場合じゃない。
逃げなきゃ。そう思いゆっくりと足を後退させていく。一歩、二歩、三歩……。少しずつスピアーとの距離はとれていた。しかし7歩目、私は足元に大きな落ち葉があるのに気づかず、それをそのまま踏んでしまったのだ。がさりと響く音。スピアーは私の存在に気が付いたのかあの赤い目でじっとこちらを見つめていた。
あ、しんだかも。
急いでチコリータをボールの中に戻して必死に森の中を走る。まだバトルの経験を積んでいないこの子を傷つけるわけにはいかない。私が逃げ切って、守らなきゃ。
…とは思ったけれども、スピアーがその薄い羽を震わせて動き出そうとしているのを確認した瞬間に数秒前の気持ちはぐずぐずに崩れ去っていった。むりです。しにます。
そうやって嘆きながらも逃げている途中にワンピースに付いているポケットの中から何かの音が聞こえた。一体何がと思いポケットの中からそれを出す。出てきたのはポケモン図鑑。どうやら研究所から出てきたときに何も考えずに適当にポケットの中に入れていたらしい。通りで少し動きにくかったわけだ。
いや、でもこれは僥倖なのでは?音が聞こえたということは図鑑がスピアーに反応したということだし、もしかしたら解説文に現状をなんとかできる方法でも載っているのかもしれない。そんな一抹の希望を抱いて図鑑を開いた。
こうそくで とんでくると りょうてと おしりにある おおきな どくばりを つかって あいてを せめる。
図鑑の液晶に表示された文章を見る。うん、なるほどね。さっき羽を動かそうとしていたのは高速で飛ぶための準備運動みたいなものなのかな。じゃあこの図鑑説明が正しいなら私はこれからお尻の毒針で襲われるのかあ。へえ。
「いやこの状況でこれは死刑宣告ぅ!」
恥も外聞もかなぐり捨てて大声でそう叫ぶ。死因になりそうなものが書かれておりますが!回避どころの話ではありませんねこれは!
こんなのグライオンたちがいれば一発なのに〜!お父さんのキングドラは真面目な子だから、まだ未熟な私がわざを命じても対応してくれるに違いない。でも鞄の奥底にあるボールを取ってそれをスピアーのいる方向に向けて投げる、だなんて芸当が今の私にできるだろうか。いやできない!絶対にボールを取り出す時にもたついて命の終わり!分かり切ってるならそんなことしないで森の中を抜けてトキワシティまで走って助けを求めた方がいいに決まっている。
何で私は頼れる相棒たちを連れてこなかったんだろう。あ〜もう、何もないだろうと思ってチコリータとお父さんのキングドラで大丈夫だろうと思って家に置いてきた数時間前の私のバカ!いやでも連れてきても今みたいにボールの中に入れてたら結末は同じか。キングドラとも連れ歩きしていればよかったね、なんてこんな泣き言を言ってももう遅い。でも、でも、でも!
「誰か助けてぇーっ!!」
私一人じゃこれを解決できない。無力だ。そしていつか力尽きて襲われてしまう。嫌だ、しぬときはお父さんの腕に抱かれてお父さんの顔を見て死んで逝きたい!
もう誰でもいい、そこら辺にいるむしとり少年でもいい。誰か、誰か…!
「___いこうせん。」
先に結果を言ってしまうと、私の声は誰かに届いたのだ。
聞こえたのはポケモンにわざを命令する言葉。誰?誰が来てくれたの?軽く視線を動かすがその程度では声の主は見えなかった。けれどもポケモンだけは確認できた。
__ああ、知らないポケモンだ。
そのポケモンの口元に収束されていく銀色の塊。一閃の光を見せたと思った次の瞬間、それはスピアーに向かって一直線に放たれた。それに直撃したスピアーは弱々しくよろけ、そのポケモンに恐れをなしたように私たちに背を向けて素早くもりの奥に去っていった。
助かっ、た…?
脅威が去り安心した私は力が抜けてへろへろと地面に座り込んだ。そして横目で私を救ってくれた人が一体誰なのか確認する。
私が生まれてからこのかた見たこともない金属のような光沢を持つポケモンを従えて、これまた聞いたこともないわざを使った人。赤とピンクの中間色のような髪色、堂々とした立ち振る舞い。そしてよくよく考えれば聞き覚えがあるような声。
「アルゴ、さん…?」
私を助けてくれた人は、そう、忘れもしない。ポケモン図鑑を貰いに行った日にネープルと激しい罵り合いをしていた人…アルゴさんだったのだ。
なんでこの人トキワにいるの?!確かにセキチク出身って言ってたけど、そらをとぶが使えるボーマンダを持ってるならセキチクに行くときトキワなんか経由しなくてもいいわけだし、何よりホウエンに戻るって言ってたし…!もう会うことはないって思っていたのに…。
とにかく怖い。だってウツギ博士に怒鳴ってネープルと喧嘩していた人だよ?ねえお父さんお願い今すぐ来て。時空の彼方を超えて会いに来てお父さんお願いだから!もうネープルでもいいよ、この状況をなんとかして!
彼には先程の私の声が聞こえていたようで、ポケモンをボールに戻した後に気だるげにゆっくりと私の方を向いた。何を言われるのだろうか。あの日のような苛烈な言葉?それとも無視をする?どちらにせよ怖い。お願いだから怖いこと言わないで。私は確かにあなたと口喧嘩したネープルの幼馴染だけれど、あいつみたいな性格じゃないから見逃して。黙って去っていってもいいから。
そんな私の小さな願いは無慈悲にも神様に届かなかった。アルゴさんがその瞳に私を映し、何か言おうとゆっくり口を開いていった。
「…誰だお前。」
あの日と同じ強い水色の目。でもそこにあの日のような鋭さはない。
私は頭の中で言われた言葉を反芻した。
思わず『は?』と言ってしまうところだったが頑張って喉元まで来ていたそれを飲み込む。誰って、誰が?ああ私か。でも私たち会ったよねウツギ博士の研究所で。え、待って、ちょっと待って、まさかだけれど。
…もしかして、私、認知されていない?