春のひとつも知らないくせに
「ねえコーラル、ツグハつまんないよー。何か話してよー。」
「ねえコーラル、今日はいい天気だしポケモンたちとお散歩でもしてこない?チトちゃんもね?久しぶりにコーラルのシギと会いたいみたいだし!ねえ一緒に行こうよー。」
「ねえ見て見てコーラル!ママがね、クッキー作ってくれたの!ツグハもちょこっとだけお手伝いしたんだー。おいしいから食べてみてよ!パパもお兄ちゃんもおいしいって言ってたよ!」
この頃ずっとツグハは毎日のようにこうしてオレに話しかけてくる。うざったいくらいに。
…うるさいな。一人にさせてくれよ。
そんなことを思いながらツグハのことを睨みつけるけれど、あいつはずっとヘラヘラ笑っている。何なんだよ、何がしたいんだよ。
「…ねえコーラル、コーラルのママずっと心配してるよ?」
「………」
「ねえ、ちょっとそこら辺のトレーナーとバトルでもしてきたら気分晴れるんじゃない?ずっとそうやって家に籠ってるのもつまんないじゃん。」
「…お前に何が分かるんだよ。」
「分かるよー?コーラルのことならツグハなんでも知ってるもん。」
「分かるわけないだろ。」
「分かるもん!」
こんなの延々に続く押し問答だ。ああ頭が痛い。イライラする。だから、だから。
「分かるわけないだろ!お前が!オレの気持ちなんて!分かるわけないだろ!」
あの日からずっと頭の中をぐるぐると動き回っていた感情が、言葉が、抑えきれなくなって爆発する。
オレの憧れも夢も何もかも知ってたのかよ、それが一瞬のうちに崩れ去った時の気持ちが分かるのかよ。分かるわけないよな?だってお前、昔から本気で何かを目指したこともないもんな!そんなお前が今のオレの何がわかるってんだよ!言ってみろよ!特にバトルのバの字も分からないのにそのことに口出してくるのが一番腹立つ。
あの日からずっと嫌いだ。あんな行動した意味分かんない兄ちゃんも、こうして能天気に話しかけてくるツグハも、兄ちゃんのことを咎めもしない周りの大人たちも!
いつの間にか肩で息をしていることに気が付いて、背中に嫌に冷たいが流れる。
……待って、オレ、どこからどこまで口に出してた?
もしかして、あいつに今、全部言い放った?
「ツグハ、ごめ、オレ、」
「ごめんね。」
慌ててツグハに声をかけるけれど、それはツグハの声で最後まで言えなかった。どうやらオレの悪い予感は的中していたようだ。
強い意思を感じる声だった。十年も一緒にいたのに、初めて聞いた。そんな声だった。なのに表情はやけに柔らかくて、でもそれに反するように涙がたっぷりと目に溜まっていた。
「ツグハ今日はもう帰るね。もう夕方だし、ママに心配かけちゃうし…。じゃあねコーラル。…ごめんね。」
そう言って、ツグハはオレの静止の声も聞かずに部屋から出て行った。扉が閉まる音がやけに響いて聞こえた。
「ごめんって言わなきゃなのはオレの方なのに…。」
泣かせた。初めてツグハを泣かせてしまった。ショックと後悔が腹の中をぐるぐると渦巻いているような感覚で気持ちが悪い。明日ツグハが来たらいの一番に謝ろう。そう決心した。
けれどツグハは来なかった。次の日も、その次の日も。また次の日も。ずっとずーっと、ツグハはこの部屋に来ない。部屋に来ないどころかオレの前に姿を現さない。
オレはなんてことをしてしまったのだろうか。なんてことを言ってしまったのだろうか。あんなにも優しいあいつの気持ちを傷つけてしまった。優しさに気づけなかった。差し伸べてくれたその手を、はねのけてしまった。…そんなこと、後悔してももう遅いのだけれど、悔やまずにはいられないのだ。