ピンヒールひとつできみとの距離を測る

旅に出た兄は、家に帰って来る度にきらきらと目を輝かせてオレに旅の話をしてきたものだった。


「トキワの森でピカチュウ見つけたんだぜ!名前?つけてなかったな…。うーん、ピカがいて、チュチュがいるし。うーん…ピカオかなあ。」
「ジークより先にジム突破した!俺が一番ってコト!」
「コーラル!フシがフシギソウに進化した!見ろよ、かっけーだろ?!」


そんな楽しそうな姿を見てオレが思ったのはただ一つ、オレもいつか兄ちゃんみたいに旅に出たい。それだけだった。
そう思うようになるのはごくごく自然なことなわけで。憧れと夢と希望と、きらきらに輝くそれらだけがオレの思考を満たしていったのだ。


「プラシオがさあ、旅やめるって。理由なんて俺にはわかんねーけどさ。」
「ライバルがジークだけになったってのはつまんねーけどよ、まあジークさえいれば、まあ、うん。」
「は?プラシオ普通にマサラにいんの。…何なんだよあいつ。」


プラシオとさよならしたって言った時の兄ちゃんは寂しそうだった。それは覚えている。
それでも兄ちゃんはリーグ出場を目指して走っていて。ついにリーグ優勝を果たしたのだ。
新チャンピオンの誕生を記念してチャンピオン戦や四天王戦の映像だけでなく、リーグのトーナメント戦からダイジェストでテレビ放映された。
その映像のどこにも兄ちゃんから見せてもらった写真にいた友達の姿はなかったけど。


「ただいま。………なったよ、チャンピオン。」
「勝手に部屋入ってくんな。バトルもしねえから。…疲れてんの。放っておいて。」
「バトル?あー……今度ね、今度。」


兄ちゃん聞いてよ。オレついに10歳になったんだ。やっと旅に出れるよ。
兄ちゃん待っててな。オレ絶対兄ちゃんに『挑戦者として』バトル仕掛けるから。
だからオレがそこにたどり着くまで待っててな。誰にも負けないでね。


「…お前なんでフシギダネ選ら___『俺が』フシギダネ選んでたから、…へえ、そう。」
「今はヤだ。お前がリーグで、俺の前に立ったらバトってやるから。」
『___やめた。降参だ降参。』
「ただいま。負けたよ。」
「は?ジム戦なんてやる気ねーよ。本部に言ってジム巡り推奨ルート最後にしてもらったし。推奨レベル下げる気もねーし。まあできるだけ要望通させてもらったよ。…何、母さん。怒ってんの?」


今になってオレが憧れた兄ちゃんは消えてしまったんだとようやく気が付いたんだ。
バカだ。遅すぎだよ。
思い返してみればチャンピオンになった時からどこかおかしかったんだ。笑顔も少なくなってさ、オレにポケモンも見せてくれなくなったし、友達の話も旅の話もバトルの話もしなくなったし。
それに、バトル避けるんだ。兄ちゃんにとっては実力の半分も出してないお遊びレベルだったと思うけどさ。前はきちんと対面してバトルしてくれたのに、何かと理由付けて逃げてさ。オレに話しかけることも少なくなってさ。
兄ちゃん聞いてよ。ちょっとでいいから、これだけでいいから聞いてくれよ。
こんな簡単に憧れが壊れると思ってなかったよ。こんなにもあっさり夢が見えなくなるなんて思ってなかったよ。
教えてよ。何を見てきたの?何を思って、どう考えたの?
ねえ兄ちゃん、なんでこんなことになってんだよ。
分かんないよ。分かんなくて、怖くて、悔しくて涙が止まんないよ、兄ちゃん。

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