まなざしの模型

ざわざわ。わいわい。
ある年の春。教室が__いや、学校中がある噂で持ち切りになっていた。
入学早々、飛び級で私がいるこのクラスにやってくる人間がいる、らしい。私はこのスクールに通い始めて5年ほどになる。留年することなく、順当に学年が上がっていってこのクラス。つまり噂の人物は相当なエリートなのだろう。それかどこかに留学をしていた元生徒だとか、あるいは基礎知識を持っている大人がもう一度学びなおしたいと門を叩きに来たのかもしれない。パルデアというところでは子供も大人も同じ生徒という身分で学園生活を送っているらしいから、まあ、在り得ない話ではないのかもしれない。


「不愉快だ。俺に話があるのなら直接話にくればいい。最も、それができる勇気のある者なら、元々俺から離れて噂話なんぞしないだろうが。」


噂の人物がクラスに入ってきて初日の休み時間。教室全体に聞こえるような声で彼はそう言い放った。
嫌なヤツ。誰もがそう思った。勿論私も。
年上だったのなら、その言葉にも少しは納得したのかもしれない。しかしそいつはなんと、私たちより年下な、あの有名な家系の人間であった。
親の七光り。コネで入って来たに違いない。どうせついて行けなくなって、ボロが出るに決まってる。その時は嘲笑ってやろう。
周りからそういう声が出るのは必然であった。

しかし現実は、忌々しいことに我々の想像とは正反対の結末を見せてくれたのだ。
勉強の成績はどの強化もトップ。できない運動系の種目はない。一般常識もあり、ポケモンに関する知識も勿論豊富であった。極めつけに、年上の私たちが言いくるめられてしまうほどには口が達者。
それが分かってからは誰からも彼のことをいじめようとか、反抗してやろうなんて考えが出ることはなかったし、誰も不満を口にすることはなかった。
だって敵わない。何をしても仕掛けたこちら側が惨めな思いをするのだから。
関わらない方が身のためだと、距離を置こうと。それが皆の共通認識になった。
当然私もそうした。だって妬ましかったのだ。彼の才能が、頭脳が、発想が、何もかもが。
私にないものばかりを持っているのだ。ないものを欲しがろうとするのが人間だ。この嫉妬という感情はごく自然に生まれてくるものなのだ。
我々のこの感情は彼が__またもや飛び級で__このスクールを飛び級で卒業するまで続いた。


「何をぼうっとしている。」


とある男の一言で私の思考は現実に引き戻される。

「いや、少し昔のことを思い出していてね。」
「…何故俺の部屋に押しかけてきたお前が思考を飛ばし、本来やらなくても良い調べものを被った俺が真剣にレポートを熟読している?」
「すまないすまない。許してくれ。」

男は呆れを滲ませたような溜息を吐いて、また私が渡したレポートに視線を落とす。
オーキド研究所のとある一室。そこに私はいる。
あの時から伸びた背丈。低くなった声色、伸びた髪。彼は少年から男性になり、そしてあの時なんて比にならないほど博識になり、弁が立つようになった。
羨ましいなあ。
妬ましいなあ。
どろどろとした嫉妬をなんとかして飲み込んで、私は今日も彼に協力を仰ぐ。
あーあ。馬鹿みたい。狂いそうになるくらい、沸々と醜い感情は蓄積していっているというのに。でも夢のためには代えられないんだよなあ。多分、この男がこの世で一番私の夢を馬鹿にしない。そして協力して、知識を授けてくれるというのが分かっているから。

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