両手に百合


「あーけーみー!数日ぶり!」
「遙!数日ぶりねー!」

あたたかい陽射しの当たる、窓際の席に座っている宮野明美は遙に微笑んだ。「彼のことで聞いて欲しいことがあるの!」と遙が席に座ったのを確認したと同時に眉を上げて聞いてきたので、遙は「はいはい、いくらでも聞いてさしあげますぞー。でもまずは…」と頷いてメニュー表を眺めながら答えた。
―― 今日は、明美の妹である志保も合流し、3人でカフェでお茶した後に、明美と志保の洋服を見に行く予定だ。志保はもう到着していると思っていたが、志保の姿はない。遙はウェイターに“本日のおすすめコーヒー”を頼むと、明美に志保のことを問いかけた。

「志保先に来てるかと思ってた。志保から連絡とかは?」
「それがまだなの。さっき電話はしてみたんだけど…出なくて」

明美が困ったような表情をしてそう答えたので、遙も「メールでも送っておくか…」と呟いて携帯の新規作成メールを立ち上げた。そしてメールを志保に送信したと同時に置かれたコーヒーに遙はウェイターにお礼を述べて一口飲んで「美味しい」と微笑んだ後に、明美に視線を向けた。

「そんで、明美。諸星さんとなんかあった?」
「なんかあったというか…なんもないのが悩みなの…」
「へ?なんもない?」
「そう!だって、キスもまだなのよ…!」
「!?」

げぼっごほっ、と二口目を飲もうとして口に入ったコーヒーが、喉に詰まって思わず咳き込んだ遙が、「純粋なお付き合いすぎねえ!?君たち小学生なの!?」と答えると明美が「大くんって奥手なのかなあ…でも、なんとかほっぺにキスしたのよ!私頑張っちゃった…!」と頬を染めて無邪気な笑顔で嬉しげに話す明美に、遙は何ともいえない表情で「いや…そこは愛しの大くんが頑張ってくれ…」と米神を抑えながら告げた。

「この間デートに行った時にね、荷物全部持ってくれてね!もう更に惚れちゃって…!」
「優しいなあ」
「荷物も重たいだろうし、もう帰ろうって話してたんだけど、まだ買い物があるなら付き合おうって言ってくれたりして…!」
「明美想いだね」
「帰りの車の中では会話してる途中で気付いたら寝ちゃってたんだけど、全然怒らなかったのよ!」
「男の俺でも惚れそうだ」

それからそれから、と幸せそうに恋人である諸星大とのノロケを聞かされている遙の表情に、呆れた様子もつまらなさそうな様子も一つもなかった。酷く優しげな表情で、一つ一つに相槌をうち、穏やかに微笑んでいる。明美をこんなに幸福で包んでくれている諸星大という青年に、遙は心から感謝していたのだ。この世をたった二人で生きてきた姉妹。遙に出来ることは少ないし、心の隙間を自分のような人生経験の少ない人間に、全てを包み込むことなど出来ない。明美は姉という立場があり、一人で抱えることも多かったようだった。志保も自分を献身的にフォローし大事に思ってくれている姉を心配させまいと、寂しさを誤魔化していることが多かった。…いつか、この二人を幸せにしてくれる人が現れますようにと、何度願ったことか。

「大くんと出逢えて、本当に良かったって思うの!」

明美が、そう言って綺麗に笑った。―― 本当に、良かった。いつか、紹介してほしい。明美をこんなに幸福で満たし包み込んでくれた人を…遙は、目を細めて明美を見つめると、「ああ、俺もそう思うよ…」と笑みを溢し頷くと、テーブルの上に置いていた携帯が鳴った。表記された名前は志保だった。「志保から返信来た!」と明美に告げてメール内容を確認すると、「ごめんなさいね遙。今からカフェに行っても遅くなるし、先に洋服店行ってるわ。お姉ちゃんにも伝えといて」と書いてあった。それを明美に伝えると、「じゃあ私達も行きましょう!」と席を立ちあがったので、遙もそれに賛同した。

▼▲

遙は明美と共に志保と合流し、お目当てのファッションブランド店を回り始めた。あれは似合いそうこれは似合わないと吟味している志保と明美に、どっちの色がいいかと詰め寄られたり、このスカート似合わないかな…と聞かれたりするのを、遙は疲れた様子もなく「それも似合うけど、明美はデートに行ったりするからこっちがいいと思う」と答えたり「志保はもっとおしゃれな色でいいと思うよ。これなんかどうかな?」と別の色のを進めたりした。それを横目で見ていた店員や女性客が、「自分の彼氏に見習わせたい…!」という理由で視線を集めていたが遙は全く気付いていなかった。

「はー!楽しかった!ね、志保!」
「ええ、楽しかったわ。カフェにも行きたかったんだけど、残念だわ」

微かに眉を下げた志保に遙が「今度は必ず行こう、志保」と微笑むと、志保が「そうね」と嬉しそうに頷いた。そうしてショッピングモールを出ようとした所で、遙の視界にジュエリーショップが見えたので徐に足を向けて、眺め始めた。ショーケースの真ん中に、金色の百合の花が3つ並べられていた。イヤリングらしい。かわいい造りなのに値段はリーズナブルだった。遙は考える間もなく店員に「これください」と言葉をかけていた。

「遙、どうしたの?」
「あなた、彼女なんかいたかしら?」

ジュエリーショップを出た先で待っていた明美と志保が、不思議そうな表情で遙に問いかけると、遙は「これはなー」と柔らかく微笑んで包装してもらったイヤリングを二人に渡した。明美も志保も、目をぱちくりとさせていた。

「…二人が、これからもっと幸せになるようにって想いを込めた。付けなくても全然いいから…持っていて欲しい」

「俺、明美と志保を友人として見守っていくしか出来ないけど…本当に大切に思ってるから、その証として!」と、目を細めて微笑んだ遙に明美と志保は泣きそうになった。…ずっと二人だった。両親を失ってから、ずっと二人で…生きてきた。明美が親しくなった遙は、志保の心の冷たい部分すら優しく解かし、気が付いたら一緒にいることが当たり前になっていたほどだった。遙の隣は一番落ち着く場所なのだ。志保は、ぎゅうっと手のひらを握り締めた。明美は、妹の心をほぐし、自分にも優しく心を砕いてくれた遙の思いが嬉しくて、思わず抱き着いた。突然の明美の抱擁に、遙が「おわっ」と短い悲鳴を上げてよろめいたが、倒れることなくしっかりと受け止めた。明美は、遙の首元に顔を埋めると、「ありがとう」と呟くように言葉を贈った。志保も一拍置いて姉ごと遙に抱き着くと「大事にするわ」と照れたように言葉をくれた。

▼▲

―― 哀には、大事にしている宝箱がある。その宝箱には、百合のイヤリングがただ一つだけ入っていた。哀の心の半分といってもいい。哀がそれを身につけるのは、遙と二人で出掛ける時だけだった。あの日から、ずっと一番に大事にしているのだ。今は亡き明美のイヤリングは、遙が持っていた。哀がそう頼んだのだ。「あなたの傍に置いていて」と。

ぼうっと、作業していた筈のパソコン画面からいつの間にか宝箱を眺めていた哀の耳に、「おーい!哀!」と遙が呼ぶ声がしたので、哀ははっと我に返った。

「哀ー?俺今からお風呂入るんだけど、博士が砂糖がないって嘆いてるぞー!」
「―― 今行くわ」
「りょうかーい!」

柔らかい遙の返答に、哀が作業していたパソコンの前から微笑みながら立ち上がった。席を離れる間際に、その宝箱を優しく一つ撫でると、静かに部屋を後にした。リビングに入って、博士に砂糖を渡し「あまりかけすぎちゃだめよ、博士」と諌めると、お風呂の準備をしていた遙が、哀に微笑んだ。

「哀、明日一緒に出掛けないか?」
「ええ、いいわよ」

哀は遙の耳に、遙は哀の耳に…明日、金色に輝く百合の花が咲くことを、二人は楽しみにしている。
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