西洋のお祭りと祭男の思惑

【もし宇髄さんがクリスマスを知っていたら、というお話】


夜の帳が下りてくるのが早いこの季節。
黒々とした帳には、更々数える気も起きやしない数の光の粒が散りばめられている。

自分以外の者は、夕食を食べて早々に眠りこけてしまった。
そんな中、自分はというと、ろくに見えもしないのに真っ暗闇の部屋に視線を無意味に巡らせていた。
妙に目が冴えて仕方がない。
眠気の一片すらやって来ない。
それに、今日は一段と寒い夜だ。
布団を被っているのに底冷えしそうな程寒い。
皆、よくもまあ、こんな氷の様な布団で寝れるものだ。
永眠してしまいそうである。
ついぞ我慢できず、上体を起こしてしまった。
冷気がこれ幸いと身体に纏わりついてくる。

ああ、やっぱり布団に潜っておけばよかった。

そう思ったが、時すでに遅し、だ。
寝息が支配するこの闇の中、ひゅううう、と僅かに風の通る音がした。
障子の方へ視線をやると、小指の先程の隙間が開いていた。
いつまで経っても暖かくならないのは、これのせいか。
ひんやりと冷え切った畳の上を爪先立ちで歩いていく。
氷上を歩いているような気分だ。
やっと障子の元へと辿り着き、閉めようと手をかけた時、隙間から見えた夜の帳に吸い込まれるように視線が動く。
ちかりと輝く光の粒が、その隙間から零れ落ちていた。

ふと、外に出ようと思った。

こんなに寒い夜なのに、しんと静まったこの夜空を仰ぎたくなったのだ。
こんなにも星が綺麗な夜なんだ。
このまま部屋の中で眠れない夜を過ごすなんて勿体ない。
今日くらい少々夜更かししたって良いだろう。
外套を着込み、つんとする冬の匂いが満ちる廊下に足を踏み出した。
庭に面した廊下に座り込み、足を投げ出す。

澄んだ夜の空気。
生き物の音のしない静寂の冬夜の下。
思わず息を止めてしまいそうな苦しいくらいの静かさ。
時折、枯れ枝の擦れる音だけが響く。

「はぁ」

吐く息は白く、忽ち夜に溶けていく。
息の行方を追うように空を仰ぎ見れば、この年一番の満天の星空が広がっていた。
辺りは一面闇しかないのに、何故か眩しさを感じそうな程、光の粒が所狭しと散らばっている。

「きれー……」

思わず呟く。

そんな間抜けな感想しか言えない自分に近付いてくる足音がひとつ。
自分じゃなければ聞き落としそうな程静かな足音だ。
十中八九、宇髄さんだろう。

「よお、善逸。
こんな寒いのに、独り寂しく地味にお月見か?」

赤い小包を片手に持った巨体が自分の傍で足を止めた。
ゆっくりとそちらに顔を向ける。
だが、如何せん宇髄天元の背丈は六尺と三寸くらいあるのだ。
このまま下から見るとなると、首を傷めてしまいそうだ。
腰元までやっていた視線を正面に戻す。

「お月見っていう季節じゃないでしょ。
星を見てたんですぅ」

「へえ、そりゃあ風流なことで」

布擦れの音と共に、隣に腰を下ろした宇髄さん。
そのまま何をするでもなく、苦しい沈黙だけが落ちた。
ただでさえ冷たい空気で息がしにくいのに、その要因を増やす宇髄さんを思わず凝視する。

「……何か、用があったんじゃないんですか?」

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、宇髄さんはにやついた笑みを浮かべ、こちらを見る。

「そうだな、用があったんだよ」

ほらよ、派手に喜べ、と膝の上に置かれた赤い小包。
これは宇髄さんの物ではなかったのだろうか。
手に持ってみると、その包みいっぱいに何かが入っているようだった。
意図を汲みかねて、しゃりしゃりと音を立てる小包と宇髄さんを交互に見ていると、宇髄さんは痺れを切らしたように包みを取り上げた。
そして、包みの中から小さな粒を取り出し、間抜けに空いた口の隙間にそれを放り込んできた。
得体の知れないものを口の中に放り込まれ慌てて吐き出そうとしたが、甘い味が口内に広がったのを感じ、ころりとそれを舌の上で転がしてみる。

これは……。

「こん、ぺいとう……?」

「大正解」

まさか、その包みいっぱいにこれが入っているのだろうか。
口を軽く閉じた状態で再び戻ってきた包みを両手で支える。

「お前に贈り物だ」

「え?何かありましたっけ?
俺、誕生日じゃないですよ、今日……」

「なんだ、知らないのかあ?善逸」

馬鹿にしたように頭を小突いてくる宇髄さんの手を弾きながら、続きを促す。

「今日は、西洋では祭りの日なんだよ」

「……へえー、祭り……」

「くりすます、つってな、朝から晩まで派手にどんちゃん騒ぎするんだと」

確かに、祭り好きなこの人にとっては、今日はまたとない日だろう。
だが、その祭りとやらが、どうしてこの包みに関係してくるのか。

「その、くりすます、と、この包みは何か関係あるんですか?」

宇髄さんはその言葉に柔らかい笑みを見せると、するりと俺の頬に手を滑らせる。

「大切な人に幸福の贈り物をする日、なんだよ、今日は」

大切な、人……?

擽るように首元まで指を滑らせた宇髄さんは、呆然とする俺を満足そうに見遣る。

「……え?……あ、あの……??え??
……ええええぇぇえっ!!!??」

「うるせえぞ、善逸」

「だっ、だって!!!た、大切っ!!?え!!??
だ、誰!!??誰のことぉぉお!!???」

「今、俺が贈り物をした奴は1人だけだが?」

「そ、それっ……!!」

今、見るに堪えない顔をしている自覚がある。
今の俺の顔は、御天道様も真っ青な程、赤く染まっていることだろう。
気のせいかもしれないが、今、甘く溶けた視線を向けられている気がする。
いや、そんなことはない。
気のせいだ。
自意識過剰も程々にしろ、自分。
ああ、凍えそうな程寒い夜なのに、何故こんなにも熱いのか。

「派手に真っ赤だぜ?
可愛いな、善逸」

「かわ……っ!!??
や、やめて下さいよ!!そういうこと言うの!!!
か、からかわないで下さいっ!!!」

「俺はからかってるつもりはないが」

「だっ……からぁ!!!」

いや、待て。
よくよく考えてみると、そこまで慌てるようなことではない。
ただ、大切な人、と宇髄さんは言ったんだ。
狼狽える必要がどこにある。
寧ろ光栄ではないか。
あの宇髄天元に大切だと言って貰えてるのだから。
別に、大切な人というのが……恋仲、のことを指す訳ではあるまいし……。
これじゃあ、ただの恥ずかしい奴ではないか。
過剰反応も甚だしい。
だが、意図せずかは知らないが、宇髄さんが変な空気を作ったせいも多少はあると思う。

「……あ、ありがとうございます。
その、大切な人と言って貰えて、とても嬉しいです」

隣で静かに音を刻む宇髄さんには目もくれず、ひたすら目の前の名も知らない枯れ木を見つめながら、言葉を続ける。

「お、俺も……宇髄さんのことは……そのぉ……まあ、た、大切だと、思ってますので……。
えと、こんな贈り物して貰えると思ってなかったから、何も用意してないんですけど……」

そこまで言い終えると、横目で宇髄さんの様子を確認する。
だが、そこにいる、と思っていた場所には、宇髄さんの姿はなく、代わりにやけに近い位置に宇髄さんの美しい顏があった。

「うず、いさん……?」

「別にいい。
これがあるから、な」

そういうや否や、俺の唇に押し付けられた、宇髄さんの冷たく柔い唇。
見た目よりずっと厚みがあったその唇は、ちゅうと可愛らしい音を立てて離れていく。
月の光に照らされ、僅かに濡れて光る唇から目が、離せない。
ちらりと覗いた宇髄さんの舌がそれを舐めとっていく。

「……っ!……っ!!?
っあ、な……!!??」

「次はもっと派手なのを期待してるからな」

そう言って、宇髄さんは悠然と去って行った。
その背中が見えなくなるまで見届けた後、やっと我に返った。

「なっ、ぬなあああああああああ゙あ゙あ゙ぁぁ!!!!!!!?????」

声にならない叫びが屋敷内に木霊した。

その俺の様子を見て、宇髄さんが「後少し押せば、いけるな」と呟いてたのを聞いた人がいたとか、いないとか。


-優刻-