スキンケア


MANKAI寮の風呂は組ごとにある程度入浴時間が定められている。学生の多い夏組が早い時間。大人ばかりの冬組が遅い時間、という風に。けれど稽古やバイトの他、突発的に来る芝居の依頼の準備などもあって、組ごとに風呂に入れることは少ない。入浴時間の決まりは有名無実化していた。
名前は自分が最後になるよう、見計らって風呂へ行く。居候の身として風呂掃除を買って出たためだ。しかし前述の通り団員の入浴時間はバラバラなので、読みきれず誰かと鉢合わせることも少なくない。

その晩名前が浴室に入ると、莇がいた。
秋組の稽古は随分前に終わっていたが、万里と二人の場面を合わせ、さらに自分の芝居のことで監督に相談したりするうち、寝支度が遅くなったのだ。
莇と少し距離を取り、風呂場の椅子に腰掛ける。

「莇、自主練?」
「自主練ってほどじゃねーけど。気になってたとこやってただけ」
「そうか。お疲れ」

名前はそう短く返すだけで会話を終わらせ、シャワーからお湯を出す。
莇は人嫌いと言うわけではないが、あまり構われすぎるのは疲れる性分なので、名前の口数の少なさが心地よい。

二人の間にしばらく無言の時間が流れる。
ふと、洗顔料がこちらに偏って置かれていることに莇は気がついた。使い終えたら元の場所に戻せ、と左京ほか几帳面な性格の団員が言っても、男所帯の風呂場がいつも整理整頓されているわけもない。
無造作に置かれた洗顔料の一つを渡してやろう。ちら、と莇が名前を見やると、今まさに顔を洗っているところだ。

「……あんた、何で顔洗ってる?」
「ボディソープ」
「は!?」

答えた途端、莇が大声で驚くので名前もびっくりする。莇の声には怒気が混じっているような気もした。

「信じらんねえ……!あんた、いっつもそうしてんのか!?」

莇の表情が険しいので、名前はうんともすんとも答えられない。

「こっちに来い!ちゃんとした洗顔のやり方を覚えろ!」
「え……いや、いいよ」
「よくねえ!」

莇の剣幕に圧されて、名前はすごすごと莇の隣の椅子に移動した。無意識に肩が縮こまる。

「いいか。洗顔ってのはどうたらこうたら……ボディソープで洗ってるとうんたらかんたら……」

熱心に泡立て方から洗い流し方まで説明をしてくれる。名前は、圧倒されっぱなしだった。

ようやく洗顔を終える頃にはなんだかへとへとで、もう風呂を出ようとした名前の腕を莇が掴み、湯船に浸かれと言われる。

「えーと、今日はもういいかなと……」
「よくねえ。入浴ってのはうんたらかんたら……」
「……了解」

莇が上がって良いと言うまで風呂に浸かり、一緒に浴室を出る。タオルで髪や顔をガシガシ拭き始めた名前にまたも莇は叫んだ。相手はびくついているが、叫ばれるようなことをしているのが悪い。

「顔をこするな!」

名前がこんな様子なので、莇はもしやと思い日頃のスキンケアはどうしているのかと問うてみる。すると名前は、顔を洗う以外のスキンケアはしていないと言い放った。化粧水も乳液も、日頃名前は何一つ顔に塗っていない。

「……信じらんねぇ……」

まるで宝物が無惨に壊されてしまったような顔で莇が嘆く。
鏡を前に、厳しい指導が始まった。化粧水、乳液、クリーム……と次々顔に塗られていく。厳しいが、手つきは繊細だ。
名前の肌はしっとりと潤った。鏡で自分の顔を見ると、表面が湿っただけではなく、内側からツヤツヤとしているように見える。
それは有り難く思うけれども、工数を考えると、継続は厳しい。用法用量の注意事項も細かくて、スキンケアは大変なものだと名前は認識した。

「これ、何日置きにやるの?」
「何日も置くな。毎日やれ」
「毎日……!?」

無理だと思ったけれど、そう言うと絶対に莇に叱られる。名前は無理だともするとも言わなかった。大人になる過程で身につけた処世術だ。莇、ごめん、と心の中で謝った。


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