嘘だ。

「こんなの…。」

こんなの、こんなのって、ずるすぎる。



今日は2月12日。我らが315プロダクションのアイドル達による記念すべきセカンドライブ『ORIGINAL ST@RS』その2日目のステージだ。
2回目のライブともなれば、演出も更に過密に豪華になっている。本番中でも私は進行表を握り締めながら忙しなく動き回っていた。

「お、プロデューサーちゃんはっけーん。」

ただし、今回はファーストライブを経験したユニットがいる。それは私にとって心強い存在だった。
その1組が、

「あ、次郎さん、道夫さんも類さんもお疲れ様です!」

元教師の3人組で構成されているユニット、S.E.Mだ。


「お疲れ様。君も忙しいな。」
「でも、合間合間でちゃんと見てますよ!やっぱり箱から出てくるのはお客さんをびっくりさせられましたね!」

そう言いながら3人へ水を差し出す。疲れの見えた表情が一気に明るくなる。

「やっぱりあのBOXからS.E.Mはvery nice impactだったねプロデューサー。正に、S.E.M in the BOX!」
「いやーあの客席の反応見た?ほんっと最高だったわー。」

ぷはーとひと息吐くと、良い疲労感を帯びた笑顔で笑う類。その横で自分達の登場シーンを思い出しにやりと笑う次郎。そんな2人の横で頷く道夫。彼もまた、満更でもない表情だ。


「さ、後もう1曲!後もう少しで次の出番ですよ。ざっと衣装チェックして舞台袖行きましょう。」
「えー、やっぱやんなきゃ駄目かなプロデューサーちゃーん。おじさん疲れた。」
「だ、め、で、す。メイクさーんチェックお願いしまーす。」

ちえーと呟く次郎をぐいぐいとメイク室へ押し込む。ユニット内では今日1番歌っている身であるから、その疲労感は人一倍であろう。しかし口調とは裏腹に随分と楽しそうで、私の口許にも自然と笑みが浮かぶ。

「ん、なーんか楽しそうじゃない?」
「楽しいですよ?だって、こんなに沢山のお客さんに楽しんでもらって、皆さんのやりきった顔が見れて!」
「……ふーん。」

なーんだ、そっちかと少々つまらなそうに呟く声。
ん?何か私はおかしな事を言っただろうか。はてと首を傾げる私を尻目にメイクさんの元へ向かっていく3人。そして何故か類さんには追い抜きざまに意味ありげに肩をぽんとされた。なんだなんだ。




衣装チェックも終わり、舞台袖へ移動する。

「あ、あー…ねえプロデューサーちゃん」
「ん、どうしました?」
「ごめん、ちょっとボタンに衣装引っ掛けちゃった」

え、と言いながら声がした方へ足元用のペンライトを翳すと、ジャケットのボタンに衣装の飾りが引っかかり申し訳なさそうな表情の山下次郎。なんとも言えない光景に、思わず吹き出してしまう。

「ちょっと、笑うことはないでしょ」
「いや、次郎さんでもこんな事あるんだなって…」

次の出番前という絶妙なタイミングでのトラブルに、事務所のとあるアイドルの事を脳裏に浮かべ、ちょっとペンライト持ってて下さいと彼に押し付けると、引っかかった所へ手を伸ばす。

「……なんかいいね、こういうの。」
「そうですか?っと、はい。取れました。」
「え、もう?」
「バッチリです。特に衣装も壊れてもないですし。ペンライトありがとうございました。」

と、預けたペンライトに手を伸ばすが、届かない。彼の表情は、逆光になっていて良く見えない。

「ちょっと、次郎さん返してください。」
「つむぎちゃん」
「はいは、…は?」

急に名前を呼ばれる。顔が、直ぐそこにまで接近していた。

「ちょ、次郎さ」
「あのさ、…つむぎちゃん。おじさん、君が凄い頑張り屋だって事よーく分かってる。」

「分かってんだけどさ、もう少し見ててくんない?」

俺の事。

…何が何やら、ぽかんとしてしまう。

「え、何、一体」

見ててって、何をと呟く唇を彼の指が抑える。

「良いから。百聞は一見に如かず、ってね。」

言いながら、意味ありげに笑うとペンライトを押し付けステージに向かっていく。言い返す間も無く残された私は、ステージの様子を写すモニターへ目を向ける。
始まった曲は、サ・ヨ・ナ・ラ Summer Holiday。去年出たばかりのS.E.Mの新曲だ。

夏の終わりと共に終わる恋を描いた、悲恋の歌。

愛を歌うというより、別れを歌う、哀しい歌。
その、筈なのに。

「…っ、」

目が、離せなかった。
モニター越しの、声が、仕草が、山下次郎は何かを渇望していた。
情熱的に、欲しいと、その視線は、求めていた。

"目は口ほどに物を言う"

きっと会場は気がつかない。
カメラ目線が多いのは、ただのファンサービスなんかではない。カメラの向こうの、逢沢つむぎを見ているのだから、必然的に多くなる。


ああ、いけない。

「…嘘」

私は、プロデューサーで、彼は、担当アイドルだ。

「こんなの、」

(見続けていちゃいけない。次はドラスタの出番で、その次は…。)
だけど、身体が言うことを聞かなかった。その視線は、まるで麻薬の様にじわじわと廻り、もう、手遅れだったのだ。

良いわけがない。
プロデューサーが、担当アイドルに、

恋に、落とされてしまうなんて。








「…しょう、師匠?」

肩を揺すられている。気がつくと、傍らにTHE 虎牙道の面々が来ていた。

「師匠、なんか顔赤いっすけど大丈夫っすか?」
少々心配そうな道流とタケルの表情に、少し勢い良く首を振って答える。
「だ、だいじょぶ。そっか、ドラスタがー…ムンナイ歌ってるから出番次だったね。」

声は上擦ってなかっただろうか。オマエほんとに大丈夫かよーとぼやく漣の声に、バレてないかなと内心ホッとする。

だけど

その背後から、舞台袖から、

「ただいま、プロデューサーちゃん。」

ステージへ出て行った時と同じ、表情で、

「どうだった、俺の歌」

山下次郎は、にやりと意味深に笑ってみせるのだった。





(遠くで聞こえる、奪っても良いかなが、まるで目の前の人が言っている様に聞こえる。)