きみの温かさを知ったせいだ



『おはようございます薫さん。迎えに来ました。』
「おはようプロデューサー。…すまないが、少しだけ待たせても構わないだろうか。」
『あれ、どうかしましたか?』
「……少し寝過ごした。」
『わ、珍しい。……っと、大丈夫ですよ。時間、まだ十分ありますので。』
「すまない。すぐに用意をする。外は寒いから、車内で待っていてくれ。」
『はい、お待ちしてますね。』

にこにこと笑うプロデューサーの返答を聞くと、僕はインターホンの受話器を戻した。
まだ少し残っているように感じる眠気を追いやろうと、洗面台に向かい顔を洗うために蛇口をひねった。

(――冷たい、)

……当たり前だ。暦は12月、気温も下がり雪が降ってもおかしくない時期なのだ。
そんな時期に早朝から仕事のためにプロデューサーが迎えに来ると分かっていたはずなのに、寝過ごしてしまうとは。

「……何をやってるんだ、僕は。」

自分を叱咤するように顔を洗うと、髪を簡単にとかす。
クローゼット内のワイシャツを羽織り身なりを整えると、前の日にまとめておいた荷物を掴み玄関へ向かう。忘れ物は、……大丈夫だ。コートにマフラーも付けている。

玄関を開けると、寒い空気が一気にこちらへ向かってきて思わず顔をしかめる。朝日が登る時間にはまだ遠いのだろう。あたりは薄暗く、とても、静かだった。

(……雪、か?)

エレベーターを待っている間に、視界に何かがよぎる。
――そうだ、今日は朝から雪の予報だった。で、あればなおさら彼女の元に急がねばならない。

そう思うとエレベーターがホールに到着するとともに走り出す。車は多分、ホールを出たすぐそこに止まっているだろう。


外に出た瞬間、僕は息を飲み足を止めた。

ひらひらと舞う雪の中で、宙へ手を差し伸べている彼女の姿があったのだ。
長いこと雪の中で立っていたのだろう。彼女の頭やコートに薄っすらと雪が積もり、長い髪についた雪がまるで夜空に散らばる星のように見えて幻想的な儚さがあった。

「――何しているんだ。」

声をかけると、彼女がこちらを向く。頬と鼻が赤くなっているのは、化粧のせいだけではないだろう。

「何って、雪を見ていただけですよ。」
「……僕は車で待っているよう言ったのだが。」
「すみません。車で待とうとしたら雪が降って来てたので、……つい。」
「つい、じゃないだろう。」

肩の雪を払い、手を握る。案の定冷え切っており、その冷たさに僕は思わず顔をしかめた。

「こんなに冷やして、風邪でも引くつもりなのか君は。」
「薫さん、怒ってます?」
「…………呆れているだけだ。」

はあとため息をつくと、彼女はくすりと小さく笑った。

「何故笑う。」
「薫さんって、お母さんみたいだなって、思って。」
「……プロデューサー、」

そういうと、僕は握った手に力を少し込めた。

「……君はもう少し自分の身体に気を使ってくれ。君が倒れたら、誰が僕たちの仕事を回すんだ。」

本気で、心配しているのだ。

「君は、すぐ無理をするから。」

少しは真面目に聞いてくれないか、プロデューサー。

「心配性ですね、薫さん。」
「……人の話を聞いていたのか?」
「大丈夫ですよ。今だって、……ほら。」

そういうと、握っていた僕の手を今度は彼女の両手が包み込む。

「薫さんのおかげで、こんなに温かくなれましたし。」

――まさか、彼女も同じことをしてくるなんて考えていなかった僕は、繋がった手からじわりと伝わる熱が、なにかもっと別の何かのように感じられて、少し鼓動が早くなっていく気がした。

「そうか。……なら、早く現場に向かうぞ。」

かろうじて口から出たいつもの調子の言葉に、僕は手をほどいて車へ向かう。
これ以上、手を繋いでいたら、何かが動き出しそうな。そんな気がして。

「あれ、薫さん少し顔が赤くないですか?」
「……寒さのせいだ。君も頬と鼻が真っ赤だぞ。」
「え、」

――顔が赤い?原因は、どう考えても、……ああもう、本当に調子が狂う。