その糸に何を想う
※「夢じゃないから泣いたんだよ」同設定
「つむぎっち、なんすかそれ。」
顔を上げると、きょとんとした伊瀬谷くんがこちらを見ていた。
放課後。私は今日も伊瀬谷くんの課題を見ていた。
いつもと違うところがあるといえば、季節が寒い冬になったことと、私が編み物をしているという点だろうか。
そして見上げた彼の視線の先は、私の手元――毛糸玉と編み棒に向かっていた。
「何って……編み物、だけど。」
「えっ、つむぎっち編み物とか得意なんすか?!」
「……まあ、ね?」
「スッゲーっす!そんな細かい作業が得意とかつむぎっちマジ尊敬するっす!」
「そんな褒めること?」
「褒めることっすよ!!」
「あ、ありがとう…。って、勉強の手がとまってる。」
「が、頑張るっす……。」
伊瀬谷くんは、そんな大したことでなくても、こうやって直ぐ褒めてくるからこっちがむず痒くなる。
伊瀬谷くんを勉強に向かわせると、私は少しだけ速くなっている鼓動を落ち着かせるために、そっと息を吐いた。
彼がちゃんと課題に向かっているのを確認すると、私は編み物を始める。
ダークグレーの糸を引き出し、編み棒を動かし編んでいく。昔は少々ぎこちなかった動きも、毎年のように扱っていれば慣れたものだった。
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「そういえば、つむぎっちが編んでるのってマフラーっすか?」
課題添削中、伊瀬谷くんが私の編んでいる編み物に触りながらそんな質問してきた。
私はそうだけどと答えると、ふーんと呟いた彼が少しだけ拗ねたような態度になった。
「羨ましいっす。」
「……羨ましい?」
「つむぎっちから手編みのマフラー貰える奴がっすー。地味にジェラシーっすよ俺。」
「……伊瀬谷くん位なら、ラジオとかで欲しいって言えばファンの子から貰えるでしょ。」
こんな、一介の女子高生のなんかのよりと言うと彼は少し言葉に詰まった。
「そりゃあ、その通りかもしれないっすけど…、」
「自分で言ってなんだけど、否定されないのなんか腹立つわね。」
「酷くないっすか?!」
あからさまにショックを受けた表情でがくりと椅子の上で膝を抱える伊瀬谷くん。……まあ、いつものことだったのでそのままにしておいた。
「……いっぱいマフラー貰っても、使いきれないっすもん。」
膝を抱えたままの彼から、そんな言葉が聞こえる。
「俺を思って編んでくれてるのに着けてあげられないのは、編んでくれた子猫ちゃん達に失礼っすもん…。俺、そういうのはヤダっす。」
そういうと彼は少しだけ顔を上げて、じっとこちらを見てきた。
「で、それは誰にあげるっすか。」
「……そんなこと聞いてどうするの。」
「だって、俺はそいつにそのマフラー分負けてるってことっすよ!なんか許せないっす!!」
「いや負けてるって何が、あっ、ちょっと!」
マズイと思ったが間に合わず、毛糸玉はあっという間に伊瀬谷くんの手の中に収められてしまった。
「さーぁつむぎっちー。この毛糸玉を返して欲しければ白状するっすよー。」
ご丁寧に、持っていたシャープペンシルをさも人質だと言わんばかりに毛糸玉へ向けると、彼はにやりと笑いながらじりじりと後退をしていく。
「……伊瀬谷くん、大人しく返して。」
「嫌っす。つむぎっちが誰にあげるか言うまで、ぜーったいに渡さないっすー。」
んべ、と舌を出す様子に私は内心ため息をついた。たかが編み物くらいで、なんでそんなに伊瀬谷くんに嫉妬されるのか。それが、よく分からなかった。…そんな要素、あっただろうか。
「ほらほらつむぎっちー、どうしたっすか黙り込んじゃってー……はっ、」
ピコンと伊瀬谷くんの頭の上に電球がついた気がした。
「……まさか彼氏に渡すっすか?!」
「違う。」
その場で転びそうになった。どうしてそうなる。
「えっ、じゃあつむぎっち誰か好きな奴や気になる奴がいるっすか?!」
「ちがっ。」
少しだけ、ほんの少しだけだ。動揺して視線が揺れた。
(……本当に?)
――肯定しないけど、何故か否定もできず、私は黙り込んだ。
「つむぎっち?おーいどうしたっすか。」
「……おじいちゃんの。」
「え、」
私の沈黙を詮索されたくなくて、正直に話した。
「……そのマフラー、おじいちゃんへのプレゼント。だから…、伊瀬谷くんが、考えているようなものじゃないから。」
「えっ。」
私と伊瀬谷くんの間を、沈黙が流れる。それからすぐだったのか時間がたってからだったのか、伊瀬谷くんが深々と息を吐いた。
「……はあぁぁああー。なんだ、おじいちゃんのっすか。だったら仕方ないっすね!」
うんうんと何度も頷いている。……納得、してくれたようだ。
「ごめん。これ、返すっす。」
「納得してくれたならいいけど、なんで。」
「へ、」
「なんで、マフラーの事そんなに気にしたの。」
伊瀬谷くんの手から毛糸玉を受け取る時、1番気になっていた事を聞いてみると、伊瀬谷くんの表情が気まずそうになった。
「え、えーっと……言わなきゃダメっすか。」
「……私は素直に誰用か言ったんですけど。」
「う、うぅ。……分かったっすよ。ちゃんと言うっす。」
笑わないでくださいっすよと前置きすると、伊瀬谷くんは観念したように息を吐き出した。
「……俺、俺の中でつむぎっちと一番仲良いって思ってるっす。だから、その、…つむぎっちが俺じゃない誰かに手作りのものあげるんだと思ったら、なんかちょっと……悔しくて。」
「――。」
再び、沈黙が落ちる。その沈黙を遮ったのは私だった。
「……そんなに欲しいなら、今編んでるのが終わって時間があったら編んであげる。」
自分でも、なんでそんな事を言ったのかが分からない。でも、今できる最適解なのはそれだと分かっていた。
「っ、ほんとっすか!!」
「少し時間かかるかもしれないけど、」
「全っ然大丈夫っす!つむぎっちから貰えるってのが大切っす!!!」
うわーい!とその場で伊瀬谷くんが万歳する。あまりの喜びアンドはしゃぎっぷりが犬を彷彿とさせたのは、言わないでおこう。
「俺、完成するまで楽しみに待ってるっすね!」
そんな事を笑顔で言ってくれるものだから、
「っ、……分かった。けど、あんまり期待しないでよ。」
少し釘を刺しても、意味なんてないだろう。
――彼に一番似合うのは、何色だろうか。
帰りに新しい毛糸を見繕おうと思うと、少しだけ編み棒を動かす指先が速くなるような気がして。
(……ほんと、伊瀬谷くんにはなんでこんなに甘いかな。)
心の中で、小さく首をかしげるのだった。
(一歩前進、だけどどっちも気づいてない。)