それは、振り返るための約束



「お疲れ様ですプロデューサーさん!」

事務所の扉が開き、学校帰りの涼くんが顔をのぞかせた。
外が寒かったのだろう、メガネのレンズがうっすら白くなっている。

「お疲れ様ー、外寒かったでしょ。」
「はい、風が結構強くて……って、あれ。つむぎさんだけですか?」
「そ、皆お仕事だったり学校でね。山村くんは今日遅くまで授業なんだって。」

珍しく人のいない事務所でデスクワーク中だった私は、ちょうど一息つこうとしてポットに手をかけていた。

「今から休憩しようと思ってたところだし、あったかい飲み物入れるね。涼くん何がいい?」
「ありがとうございます!じゃあ、紅茶がいいです。」

メガネを拭きながら、涼くんがぱあっと表情を明るくさせる。おそらく寒さのせいだろう、鼻の頭が少しだけ赤くなってて可愛らしかったのは内緒だ。(もちろん、可愛らしいと思ったこともだ。)





「……そういえば、クリスマスまであと少しですね。」

私がお茶を入れている隣で、彼が冷蔵庫を開けて呟いた。
視線の先にあったのはシュトレン。――お菓子作りが得意な涼くんが、少し前に自分で作って事務所へ持ってきてくれたお菓子だ。

クリスマスの4週間前に作り、当日までに少しずつスライスして食べるお菓子も、事務所に出入りする皆が食べていったことで今は平皿に収まるくらいになっていた。

「せっかくだし、シュトレンも切ろうか。」
「そうですね、僕切って持っていきますよ。」
「じゃあお願いするね?」

任せてくださいと涼くんが頷いたので、私は先に紅茶の入ったカップをテーブルへ運んでいった。
ふわりと揺れる湯気の向こうで、涼くんがシュトレンを切ってくれている様子を見ていたら、少し微笑ましいものを感じて私は笑った。





「今日よりも明日、明日よりも明後日と、クリスマス当日がだんだん待ち遠しくなる……か。」

切ってもらったシュトレンをつまみながら、温かい紅茶を飲む。ほっとした空気の中で、そういえばと私は呟いた。

「どうしたんですか急に。」
「ん?この間ちょっとシュトレンについて調べたら、由来のところにそんな風に書いてあってね。」

クリスマス迄に少しずつ食べていく為、生地にフルーツの風味が日ごと移り馴染むことで味わいが変わっていくところになぞらえての言葉なのだそうだ。

「……なんか、見た時はそうでもなかったんだけど、今考えたら皆みたいだなーって。」
「僕たち、ですか?」
「うん、そう。涼くんも含めた皆。」

そういうと私は一度紅茶を飲む。涼くんはというと、少しきょとんとしていた。

「……レッスン見ているとね、今日よりも明日、明日よりも明後日って具合で、サードライブが楽しみになっていくからさ。そこが似てるなって思って。」
「あ、」

納得したように涼くんが手を叩く。
通じたことが嬉しくて、私はもう一口シュトレンをかじった。

――サードライブになぞらえはしたけども、もちろんその先も楽しみなのだ。
315プロのアイドル全員、まだまだこれからの展望は無限大で未知数で。
それは、秋月涼だって例外ではない。

(みんなに受け入れてもらえるか、不安もあるけれど…これが、僕の夢だから!)

そう言って315プロのアイドルとして初めてステージに向かった、あの日の彼の背中を、私は今でも覚えている。
あの時からたくさん色んな経験した秋月涼は、ここから先どんな背中を見せてくれるのだろうか。


「……つむぎさん。僕、変われましたかね。」


涼くんは、具体的に何がと言わなかった。

「……変わるというか、全部ひっくるめて先に進んでいるって、私は思ってる。」

だから私も、具体的には言わなかった。言わずとも彼には伝わることは分かっていたから。


「つむぎさん。僕、来年もシュトレン作って来ていいですか?」

今度は私が少し面食らう。涼くんはふわりと笑うとカップを持ちながら笑って告げた。

「来年の僕が作るシュトレン、今から楽しみになりませんか?」
「……今からもう来年のことって、気が早いなぁ涼くんは。」

なんて言いながらも、私は楽しみだった。

――今日よりも明日、明日よりも明後日。来年もきっと、今年よりも変わっていくのだから。