20180101
とっぷりと日も暮れ人通りもなくなった夜道を歩いていると裏路地に差し掛かったところで鼻をつく血の匂いに気がついた。
物騒である、という感覚は家業柄とうに麻痺してしまっていた。しかしそれでも面倒ではある。
このまま引き返そうかとも考えたが残念ながら目的の場所へはここを通らねばならない。
約束を反故にするという選択肢も無くはないが、先日からだらだらと先延ばしにした結果が今日の召集であったためそれも出来そうにない。
どうか厄介ごとに巻き込まれなければいいと思いつつ不気味なほど静まり返った夜の道をゆっくりと進んだ。
少し歩を進めた先にこの匂いの元凶がいた。
一人の女が静かに地に伏せている。辺りの気配を探ってみたが犯人は既に逃亡を果たした後であったらしくシンと静まり返った夜の空気に野蛮な気配は感じられない。さて、どうしたものか。
このまま見過ごしてしまうことも考えたが、元々本意ではない呼び出しを免れる口実になるのであればと言い訳を用意して、ほんの少しの好奇心を刺激され興味本意で血溜まりの中で踞っている女に近づいて覗けば随分と懐かしい顔がそこにはあった。
名前すら忘れてしまっていたが確かにこの女は自分の知り合いである。このまま見過ごしてしまうことも選択肢の中に残しておくとしてぐったりとした身体を抱き起こせば青白い顔をして瀕死の状態であることが窺える。
どうして君が、と思わずにはいれない。マフィアなどとは何ら関係のない生活を送っていた筈なのに。遠い昔、日本に渡って幾ばくもしないうちに知り合った女だった。
僕と関わってしまったからか。訪れなかった未来ならばそれも考えられるが、その未来は既に10年前に消滅していた。ならば別の要因か。いずれにせよ命の危険にさらされるなんてなんと運の悪い女だ。
意識が戻ったのか小さく呻き声をあげて閉じられていた瞼が微かに震えた。
果たしてこの女は自分のことを覚えているだろうか。自分とて今の今まで完全に記憶の外に追いやっていたのだ。この女が覚えていなくても何ら不思議ではない。
数度痙攣した瞼がゆっくりと開かれる。そしてその黒い眼は僕をぼんやりと見上げてくる。大丈夫かと尋ねれば定まらなかった視線の照準がゆっくりと僕に合ったところで驚愕の表情へと変化した。この女は僕のことを覚えている。そう確信したところで、では襲われたのはやはり僕が原因ということになるのか。いや、まだ何一つ情報がないので早計に決めつけるのは得策ではないだろう。話せる状況であるのならば一体何があったのか聞き出さなくてはならない。
そう考えたところでその女の手はどういう訳か僕の下腹部を撫で始めていた……うん?どうした。この状況に混乱しているのか。まあそれは仕方のないことなのかもしれない。混乱を極める女に向かって努めて冷静に口を開く。落ち着きなさい。僕のぺニスを触っても君の痛みは和らぎません。 そうそう、手を離して……なんで脱がそうとしているんですか!? ちょ、やめなさ…やめろ!
ばちんと額を叩くと『い″だっ…』と声をあげて手を離した。それからぽかんと自分の手と僕を見比べている。やはり意識が朦朧としての行動だったのだろう。
『い、痛い…?』
「君は怪我をしているようです。今、助けを呼びますからこのまま…」
『…六道骸さん?』
「ええ。よく覚えていましたね」
僕の言葉を遮り、信じられないと目を見開く女。
『…貴方に会いに来たんです』
「僕に、ですか?」
覚えていたというだけでも充分に驚愕に値するのだが会いに来たというのは、一体…。
『はい。ずっと中学生の頃教室で消しゴムを拾ってもらったあの時から六道さんのことが好きだったんです。おかしいですよね、もう10年も前のことなのに。でも六道さんへの想いは色褪せるどころか日増しに強くなっていって…六道さんのことを考えるだけで鼻血が止まらなくなって……今日もうっかり貴方のことを考えていたらこんなに出ちゃいました』
えへ、と血溜まりの中で場違いにはにかむ女にひくりと口の端がひきつる。
『でも良かった。これに書いてあった通りちゃんと会えた…』
小さな紙切れを見つめながら嬉しそうに目を細めている。どうやらあのメモに秘密があるらしい。そもそもただの一般人に僕がどこに居るかどうやって知ったというのだ。
「…その情報は一体どこから?」
『並盛神社のおみくじに書いてありました!』
ほら、と掲げられたメモを見ればヘタクソな手書きで綴られた文字を見てこんなことを企てたあろう人物が思い浮かんだ。だからか、ここ最近の執拗な召集は。ぐらぐらと血圧が上昇しかけたところで『あっ、いっけない!』という声と共に噴射されたスプレー。油断していたせいか思いっきり吸い込んでしまった。くらりとした目眩と意識が遠退く感覚に懸命に抗おうと試みたが抵抗虚しく身体の力が抜けていく。
最後に女を確認するとしっかりとハンカチで自分の鼻と口元を抑えにっこりと笑っていた。
*
そこでハッと意識が浮上した。
見慣れた天井が目に飛び込んでくる。ここはボンゴレに自室としてあてがわれた部屋で何度か利用したことがある。
夢…なのか?随分と意味のわからない内容だったが…。いまだ霧のかかったようにぼやける頭を抱えながら身体を起こそうとしたところで、ぎくりと強張った。
『すごく素敵でした…』
ポッと頬を染めうっとりと見つめてくる女は先ほど夢に出てきた女と瓜二つで、そして何故だか素っ裸でベッドの上で寝転がっている僕と女。
ちょっと待て、何があった。
(2018年もよろしくお願いします)
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