「にゃあと啼いて魅せようか」
今日は骸に美味しいものをいっぱい食べさせてもらって、可愛らしいお洋服をたくさん買ってもらった。気分よくバイバイしようとしたらちょっと困った顔をして「駄目ですよ」なんて言って引き留めてきた。
「今日が何の日か覚えていないんですか?」
はて?今日は何かの記念日だったか。やたら記念日やイベントごとを大事にする骸にとってなにか特別で大切な日だったらしい。しかし数多く作られたそれらを私はうまく把握することが出来ずにいる。何の日だっていいじゃないか。骸と一緒にいるのに記念だ何だのと理由なんて必要ない、と思うのだけれど骸には違ったみたいでいつも寂しそうな顔をさせてしまう。
だから私は神妙な顔をして『ごめんなさい。骸と一緒にいることが私にとって記念日だから』と言うといつもは誤魔化されてくれるのだが今日の骸は納得できなかったらしい。
「もういいです」
溜め息混じりに吐き出されたその台詞にいつもと違う色を感じてぴりっとした空気が流れたような気がした。
呆れられてしまったのだろうか。いつまでも記念日を覚えない私に。ううん、記念日以外にもたくさんある。時間にもルーズだし、片付けも苦手だし、洗濯物も溜め込んでしまうし。
骸はきっともっとちゃんと出来る子が好きなんだと思う。いつも出来ていない私にやっぱり困った顔をして「仕方ないですね」と笑ってくれてはいたんだけど、とうとう我慢の限界がきてしまったのかもしれない。
美味しいものがたくさん詰め込まれたお腹の中が重たくなったような気がした。買ってもらったお洋服が詰まった紙袋もなんだか色褪せて見えて嬉しくてふわふわと浮上していた気分が風船みたいに萎んでいくようで代わりに海水みたいなしょっぱい気持ちでいっぱいだ。
「考えてみたんですけど、」
いつも落ち着くと思っていた骸の声が急に冷たく聞こえてきて私の中の海水がどんどん上昇していく。たぶん何を言われても私は骸を引き留めることなんて出来ないし言われたことにただ頷くだけだ。
「君は何度教えても記念日を覚えないし、当然のように遅刻してくる。そう思って迎えに行っても出掛ける準備なんてしていないし、部屋の中もだらしない。集中力も散漫ですぐ目についたものに気をとられ、ふらふらとどこかへ行こうとする」
『……ごめんね』
ひとつひとつが私に突き刺さる。全部私が悪いんだけど、上昇した海水はついに決壊して私の身体の中から染みだしてしまった。
「だからね、思ったんです。これ以上はもう限界だと」
じわりと膜が張る目で骸を見ているとくすりと笑ってぺたりと頬を触られた。それから反対の手で首をするりと撫でられてぴたりと喉仏の辺りで親指が止まる。
「猫みたいな君を繋ぎ止めるのに首輪なんて役にたたないでしょうし、」
『く、首輪…?』
突然出てきた不穏なワードに狼狽えてしまう。どうしよう。変な方向に話がいっている気がする。ゆっくりと撫でられる喉仏が苦しい。
『私は骸と居れるだけで楽しい、よ?』
恐る恐る口にした言葉に撫でていた指がぴくりと止まった。それから溜め息をついてふっと肩の力を緩まったと同時にぴりっとしていた空気から解放されて呼吸が随分楽になったような気がする。
頬に置かれていた手が首元へと移動して両手で包み込むようにして上を向かせられる。く、苦しい。つま先立ちになりそうになりながら骸の方を見ていると笑った顔のまま近づいてきてちゅうと喉仏を吸われた。
「そんなことを言って…どうなっても知りませんよ」
もうどうにでもしてくれ。とりあえず猫らしくニャアとでも啼いてみせようか。そしたら骸は可愛らしい首輪でも用意してくれるんだろうか。
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