焼き肉食べたい

このところなんとなくお互いの都合が合わず、ずっと会いそびれていた。久しぶりの逢瀬だというのになまえさんは今日もこの後予定が入っているらしく残念ながら制限時間つきのデートとなった訳なのだが、先程からちらちらと時間を気にする素振りが目につく。
何がそんなに忙しいのかと尋ねてみるとゴールデンウィークに向けてアルバイトを始めたというではないか。なぜ急にそんなことを始めたのかと思えば連休中に僕と過ごすための資金を調達しているらしい。以前からだがたまにこうしてなまえさんは僕のためにアルバイトを始めることがある。僕のことをどろどろに甘やかして駄目にしてしまう。今まで何の見返りも思惑もなくこんな扱いを受けたことがない僕はいつも胸の奥に温かくてくすぐったいような感覚に戸惑いどうしていいのかわからなくなってしまう。だから落ち着かない気持ちを悟られないようにぎゅと拳を握りしめるのだ。
しかし僕とてなまえさんの分の費用を出すくらいの甲斐性はある。出来れば今すぐ辞めて欲しい。そして僕ともっと過ごす時間を作って欲しい、と思うのは過ぎた願いなんだろうか。
何の仕事をしているのかと問えば『普通の飲食店だよ。私は裏方だけどね』とあっけらかんに笑う姿に眉根を寄せてはみたものの効果は薄いようで手に持っていたプラスチックのカップに刺さっていたストローを口に含みこくこくと喉を潤している。
裏方といっても同じ職場には男性もいるのかもしれない。もしそこで話が弾んでしまったのなら、そしてさらに深い仲になってしまったのなら……。

「心配です…」
『心配性だなぁ。あっ、なんなら今から一緒に来る?』
「お邪魔になるのでは…」
『大丈夫、大丈夫!』

からりと悪びれもなく笑うなまえさんが空になったカップを手にして立ち上がった。

『ここでこうしてるよりも見てもらった方が早いし、ね?』

*

「あの、ここは…?」

ギラギラと下品とすら形容できそうな派手なネオンがチカチカと目を刺激する。

『バイト先だよ』

事も無げに言いながら『私達はいつもこっちから入るの』と見過ごしてしまいそうなほどひっそりとした薄暗い細い通路の前で手招きされた。
手招きされるがままなまえさんの元へ行くと従業員専用の通路の奥にはドアらしき場所が見えた。擦りガラスがはめ込まれている部分からは室内の蛍光灯の蒼白い光が漏れている。寂しく照らされるその明かりを頼りに歩いていくと格子のついた小さな窓の隣にアルミ製のドアがポツンと思い出したかのようにつけられていた。
裏口のドアを開けると暗いところを歩いていたせいか視界が一瞬白く染まった。

『お疲れ様でーす』
「お疲れさん」

中に入ると一人の男が退屈そうに煙草をくゆらせていた。やはり男性もいるではないか、と内心ため息をつきつつ部屋のなかに充満している煙草の煙に眉をしかめる。部屋の中を見渡せばダンボールや雑誌が乱雑に置かれていた。こんなところで#name1さんがアルバイトをしているのかと思うと自然と眉間に皺が寄ってくる。

「おっ!何その人うちのバイト希望?」
『違いまーす。私の彼氏の骸くんでーす』
「なーんだ。でもカレシ、なかなかの逸材だねえ。興味あったら、どう?」

どう、と言われても…。しかしなまえさんと同じところにいれば変な虫が寄り付かないように見張っていれるし、帰りも遅くなりそうなら家まで送り届けることも出来る。引き受けてみてもいいかと思ったところで、僕より先になまえさんが反応を示した。

『ダメダメ、骸くんは私専用なんだから』
「なんだよ。つーかなまえちゃんバイト先にカレシ同伴とかどうなの?カレシも心配になったでしょ?こんなとこ連れてこられて」
『そう、すっごく心配性だから今日は連れてきたんです。私は大丈夫だって証明しようと思って!』
「まあ、うちのお客さん肉食系が多いからみんな仕事終わりになまえちゃん誘う気力なんて残ってねぇからな」

意味深に笑う男となまえさんに疎外感とふたりの親密な空気にふつふつと白々したものがこみ上げてくる。
面白くない気分になりながら二人を見ていると忙しなくドアを叩くノックの音が室内に響く。

「そろそろ開店時間か。んじゃ、今日も張り切って行きますか。カレシもごゆっくり」

灰皿に煙草を押し付け古いパイプ椅子から立ち上がり、にやにやと下卑た笑みを浮かべて出ていく男の視線を疎ましく感じた。

*

よほど繁盛している店なのだろう。先ほどからオーダーがひっきりなしに続いている。

「手伝いましょうか?」
『大丈夫!もうすぐ休憩だし。骸くんはゆっくりしてて』

下げられてきたグラスを洗いながら答えるなまえさんの後ろ姿を先ほどからずっと眺めている。
ゆっくりといわれてもこの場に興味を惹くようなものはない。
暇をもて余してパイプ椅子から立ち上がりなまえさんの側に行くと、影が重なったことに気がついたのかそっと顔をあげた。捲っていた袖がずり落ちてきて濡れそうになっている。

『退屈しちゃった?ごめんね』

フロアの騒々しい音楽やざわめきがどこか遠くに聞こえる。袖をあげると『ありがとう』と小さく笑ってまた洗い物に戻ろうとする。その仕草が妙に寂しく感じられてなまえさんの頬を撫でそっと唇に触れた。驚いたように目を丸くしたが、すぐに熱い舌が口を割って入ってくる。なまえさんの腰に手を落ち着けより深いものにしようとしたところでフロアからワッと歓声のような声が一際大きく聞こえてきた。

「………」
『あっ、休憩だ!しばらく誰も来ないからゆっくりしよう?』

完全に興が削がれてしまった。恨めしく思いながらなまえさんの肩に額を置くとクスリと小さく笑って洗剤のついていた手を洗い始めた。濡れた手を軽くタオルで拭い、エプロンの紐を外してテーブルの上にぱさりと置く。

「随分騒々しいんですね」
『ご奉仕タイムだからねぇ。この時間はオーダーがないから休憩なの』
「ご奉仕タイム?」
『んー、どう言えばいいのかなぁ…あっ、見てみる?』

にこにこと手を引かれフロアへ続くドアの前に連れてこられた。
そっとドアを開けてフロアの様子を伺うと信じられない光景がそこには広がっていた。

「なっ…!」
『みんな凄いよね』

呑気に笑うなまえさんの目を覆い急いでドアを閉める。

「…このバイトは辞めてください。連休の時の費用は僕が出しますから」
『えー、でも結構時給いいんだよここ。それに毎回骸くんに出してもらうのも悪いし』
「お気持ちは嬉しいのですが、こんな環境で働き続けられる方が僕は嫌です」

強めにいうと渋々承諾してくれた。こんな場所になまえさん一人で…今まで何もなかったことが唯一の救いではあるが一刻も早くこの場から連れ出したい。
ぎゅうとドアノブを握りしめていると下腹部をするりと撫でられた。

『でも骸くんも元気になっちゃってるじゃん』
「……これは、違います」
『そうなの?』

覆っていた指をひとつずつ丁寧に剥がして見上げてきた瞳は悪戯に瞬いている。顔が近づいてきてそのままちゅうと唇をふさがれかぷりと下唇を甘く食まれた。

『私もご奉仕してあげる』

そう言いながら既にベルトに手をかけ始めている。いつ誰が来るともわからないこんなところで。いけない。頭ではわかっている、はず…だった。なのに現実の僕といえばチリチリと下げられるファスナーの音で、既に何かを期待し始めている自分の身体に情けなく声をあげるばかりでうまく言葉を発することができない。
僕が理性と欲望の狭間で葛藤しているうちになまえさんは僕のものを取り出しぺろりと先端を舐めた。そして口に含み丹念に奉仕とやらを始めている。

「…っ、いけません。こんなところでなまえさんにそんなことをさせるわけには…あっ…」

唾液にまみれている僕のものから口を離して困ったように眉を下げている。違う。そんな顔をさせたかったわけではない。

『…私とこういうことするの、いや?』
「嫌じゃないんですけど」

もちろんなまえさんとこういうことをするのが嫌なわけではない。むしろ、、、いやその話は今は置いておこう。こういった行為が嫌なわけでなく、場所が問題なのだ。

『なら、大丈夫だね』

にこりと笑って再び口に咥え始めてしまった。どういえば伝わるのか。考えようにも快楽が僕の思考の邪魔をする。頭の中がだんだん欲望を満たす方向へと切り替わりそうに傾きだしたところで、

『ね、骸くん。いいでしょう?』

そんな僕を見透かしたかのように笑う姿はまるで甘い言葉で地獄の門へと誘う悪魔のようにも見え、抗いきれず知らず知らずのうちに強張っていた身体の力が抜けていくのを感じた。

*

「えー?なまえちゃん辞めちゃうの?オジサン寂しいな〜」
『うふふ、ごめんなさい。骸くんがどうしても心配だっていうんです』
「まあ、そうなるよねー。いやでもよく続いた方だと思うよ。正直初日で辞めちゃうのと思ってたし。ま、お疲れさん」

ぽん、と渡された包みを受け取り満面の笑みで『今までありがとうございました!』と元気よくお辞儀をして事務所を出ていく。
僕もなまえさんの後をついて出ようとして出掛けに「カレシもお疲れさん」と微笑まれた。


『でも勿体なかったな。他のバイトより時給はいいんだよあそこ』
「ああいったバイトだけは絶対ダメです」
『ふふ、わかってる』

本当にわかっているのか心配になるほどあっけらかんと笑う。

『あーお腹減っちゃった!バイト代も入ったし、焼き肉行こうよ!奢っちゃう』

楽しそうに腕を組んでくるなまえさんにどろどろに甘やかされた僕は今日も何も言ずにいるのだった。




次へ

ALICE+