20180424

武は子供の頃から野球が好きで「僕の将来の夢は野球選手になることです」と小学校の卒業文集に書くような子だった。
だから武といえば=野球みたいなイメージがずっとあった。それは私だけじゃなく周りの、ううん学校中の人がそう思っていたと思う。
その卒業文集の宣言通り練習も自主トレも頑張っていた武はメキメキ上達していって明るくて人懐っこい性格も幸いしてか野球少年の異名がまかり通るくらい近所ではちょっとした有名人だった。

そんな誰もが認める野球少年武は少しぶかぶかの真新しい学生服に身を包んで中学へ上がると当然のように野球部の戸を叩いた。
中学はいくつかの地区の小学校から集まっていて、その中で小学校の頃から対抗試合で顔馴染みの人達もいたようだけど、今までは相手チームの選手だった人達と同じチームメイトになってお互いに刺激を受けたのか練習も今まで以上に励むようになった。

でもある日その自主練が災いして大きな怪我をした。それでも翌日武は大きな包帯を巻いた手を気にした素振りもなく笑っていた。みんなに心配をかけないよう気遣ってクラスでも部活の人達の前でもずっといつものあの笑顔で笑っていたのだ。
だから私達はまた怪我が治ればすぐに活躍してくれると思っていた。
ずっと野球一筋だった武が笑顔の裏で思い詰めていることにも気がつかずに。
そんな鈍感な私達に武は疲れたのかもしれない。
だから自殺未遂なんて馬鹿なことをしでかした。どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。大丈夫、だなんて言葉を鵜呑みにして本当の武の心の内を考えようともしなかった。取り返しのつかない過ちを私達は武にしてしまったのだ。
でもその中でただ一人だけ本当の武に気づいて手を差し伸べてくれた人がいた。同じクラスの沢田綱吉くん。みんなからはダメツナなんて呼ばれていて勉強もスポーツも得意ではない特別に武と親しい間柄ではなかったのに、その彼だけが本当の武のことを見ていた。
沢田くんとはその事件以来、仲のいい友達になったようで沢田くん獄寺くんと3人で一緒にいるところをよく見かけるようになった。

野球漬けの生活の中で本当に武に必要だったのは彼らのような人だったのかもしれない。

それから武は変わっていった。

高校へ進学する時も野球の強豪校からの誘いがいくつかあったみたいだけど、でも武はその誘いを断り並盛高校へ進学した。
一体、どうして。誰もが思っていた疑問を私ももちろん抱いていたが口にすることもなく胸の内に止めていた。
そんな私達の身勝手な心配のことなど気にも止めず、武はその中でもひたむきに練習に励みどんどん結果を出していった。たまに野球雑誌の取材なんかを受けたりしていて誇らしくもあり少し遠い存在に感じて寂しくなったりもした。

プロ野球選手になった時は並盛中が賑わった。凱旋パレードで全国から人が押し寄せて来た時の雲雀さんの荒れ具合は後世まで語り継がれることだろう。
それからプロ野球選手になって暫くした頃、大リーグへ行くという報道をテレビで知って柄にもなく私は狼狽えた。子どもの頃からの夢を叶え、更にその先の道を歩みだそうとしている。
ますます私とは違う世界に行ってしまって、野球の得意な男の子はいつしかみんなのスターになっていた。

しかしスターには熱狂的なファンが付きもので、ファンの人に刃物で襲われて顔に一生残る傷跡が出来たと知った時は心臓が止まりそうになった。
家族まで被害が及ぶことを懸念した武は引退を決意した。当時は現役のメジャーリーガーが突然の引退ということもあり大騒動だった。違約金の問題とか色々あったみたいだけど到底私の並盛だけで完結するような世界からは想像もつかない。連日ワイドショーや週刊紙に取り上げられ面白おかしく煽り立てるコメンテーターやライターの身勝手さに憤りと哀しみを感じた。
武のおじさんのところにもマスコミが押し寄せてきていたようだが、ここは泣く子も黙る並盛。並盛の平穏を愛する雲雀さんの前ではマスコミも強く出れなかったようだ。

そしてスターの山本武はいなくなり、いつしか話題に出ることすらなくなっていった。

騒動から数年が経ち、何の前触れもなく武は私の目の前に現れた。あの笑顔で、昨日別れたばかりのような気安さで「よう!」と声をかけられたのだ。驚いてどう反応するべきかわからなくなった私は気がつけば『よう!』と武の真似をして片手をあげていた。
ちょうど実家へ帰る途中だったらしく、街並みが懐かしくなって駅から歩いてきたらしい。
武が並盛から離れてこの街も随分変わってしまっていた。小さな商店街は相変わらずあるが、数年前に郊外に大きなショッピングモールができて以前より客足が遠退きつつある。それでも商店街には学校帰りの学生がいる。私達みたいに買い食いをしたり、集まって他愛もない話をして贅沢にキラキラした時間を消費している。みんなこの街が大好きなんだ。そんな話をすると「そっか、」とどこか懐かしむような顔をして聞いてくれた。
武は今までどうしていたのかと尋ねると、中学の頃に仲良くなった沢田くんの経営する会社に誘われてそこで働いているらしい。
武が並盛に帰って来た。ただ、それだけのことなのにどこかひどく安心している私がいる。
もう、もしかすると一生会えないと思ってさえいたのに。武が、ここに。

*

わんわん声をあげて泣く私の目の前には困った顔をした武がいる。

「なまえにも心配かけちまってごめんな…」

苦笑いをする武に私は顔を覆いながら首を横に振った。

「俺がいなくても寂しくないようにたくさん作ろうぜ!野球チームが出来るくらいたくさん!」

そう言って深く打ち付けてきたきた武に私は悲鳴をあげた。ちくしょう恨むぞ沢田くん。どうして会社が海外にあるんだ。それにずっと好きだった風に想いを告げられても現役時代の熱愛報道をテレビで見せつけられていた私は到底素直に頷くことはできない。
それでも私は武の望むように野球チームが出来るくらいたくさん子どもが出来るように精一杯励んでしまうんだろう。



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