からん、ころん。

慣れない下駄というのは歩きにくいもので、ゆっくりと歩幅をいつもより小さくして歩いているのにも関わらずその音は鳴る。


からん、ころん、からん。


普通ならば風情のある音だなぁ、とじんわりとくる高いくぐもった木の音だが、今では虚しさを倍増させるものでしかない。下を向きそうな顔を無理やり前へと向けた。


かつん。



「あ……っ」



やっぱり前なんて向かなければよかった。何かに躓いた私は地面へと顔から突っ込み、慌てて伸ばした手も大したクッションにはならずにそれはもう、盛大に転けた。


「……いったい」


起き上がるために身体に力を入れれば、道路の粗いセメントで擦れたのであろう手と膝はズキズキと心臓の動きに合わせて痛んだ。



ああ、もう、最悪だ。なんて最悪なんだ。嫌なことしかない。

ちくちくと周りの人の視線が刺さるのを感じて、ひそひそと何かを言ってるいるのが聞こえる。起き上がろうと力を入れるものも足首を捻ったのか上手く立ち上がれなかった。




「……ぅっ、ふぇ……」



嫌で嫌で、怖くて辛い。知らない人の中で立てない私。考えだしたら止まらない真っ暗な気持ちは、ぼろぼろと涙と共に溢れてくる。パニックになってしまった私は立ち上がることを諦めて、地べただというのに座り込んだ。ぼろぼろと溢れて止まらないそれを気にせずに、膝を抱えようとした、その時。



「なまえ……?!」



「すく、」



目を見開きながらも駆け寄ってきた彼は私の膝を見て一瞬顔を歪めた。そして小さく舌打ちすると、自分が羽織っていた薄めの半袖の上着を私の頭に被せて、


「わ……っ」



私の膝裏と背中に手を回したかと思いきや、音もなく軽々と抱き上げられた。……いわゆる、お姫様抱っこ、というものだ。

びっくりして、私にも一応備えられてある防衛反応というものだろうか、私は慌ててスクアーロの首へと手を回した。その時にぴりっと手のひらに痛みがはしって思わず顔を顰める。

だけど筋肉がついているからか私より太い首とか、私の顔が見えないよう気遣ってかけてくれたのだろう頭にかけられた上着から感じる彼の匂いとか、私を軽々持ち上げた逞しい腕とかであまりこういうことに慣れていない私はドキドキとしてしまって、気にする余裕なんてなかった。




「……なぜ待ち合わせ場所にいなかったぁ」



ぶっきらぼうに聞こえる声。

そう、私たちはつい最近、喧嘩をしたのだ。

といっても、自分のことを何も話さない彼に私が「スクのこと私何も知らないだもん!!!」と、1人で怒って、ケータイの電源を勢いに任せて切ってしまっただけだけれども。

彼の職業が例えニートでもフルネームがキャサリン・スクアーロとかでも、年齢が80歳でも私は彼のことを好きでいられる自信があったからこそ、信じてもらえてない気がして悲しかったのだ。


ちらりと視線を上げて彼の表情を伺おうとするものも、上着を頭からかぶっている私の限られた視界では彼の顔は伺えなかった。



「………勝手に怒鳴って勝手に電話切っちゃったから、愛想つかされて、来てなかったら、どうしよう、って、思って」



泣いたせいで途切れ途切れになる声はいつもより更に可愛くない。こんなんじゃさらに嫌われるに決まっているのに、そのせいでまた涙が出てきてしまう。

私の表情は彼からは見えないだろうけど、雰囲気で泣いてることなど察しのいい彼ならすぐに分かるだろう。情緒不安定で泣き虫な女とか、最悪だ。



「祭りには来てるんだなぁ」


「っ、スクとお祭り行きかったから」


「矛盾してるじゃねえか」


「……スクとお祭り行きたかったけど、スクが来ないってのを気づきたくはなかった、から」



ぐずぐずと鼻をすする私を抱えて、スクアーロの歩調はゆっくり。私を落ち着かせようとしてくれてるのだろうか、いつも大きい声も安心できる大きさで、話すテンポも緩やかだ。

なんで私、こんないい人と付き合えているのだろう。



「ったく、嫌われたかと思っただろおがぁ、どうしようかと……」


「……私のこと、嫌いに、なってないの?」


「俺がなまえを嫌うわけねえだろぉ。浴衣なんてもん着てさらに可愛くなりやがって」


「うそ。泣いててさらにブサイクだし、面倒でしょ」


「泣き顔もそそるってやつだなぁ!」



スクアーロの声は突然大きくなって(これが素なのだろうけど)、びっくりした弾みに涙でぐちゃぐちゃであろう顔を上げてしまった。

そんな私を見てスクアーロは目尻を下げて優しく笑う。……心配、させてるなぁ。


ゆっくりと、ベンチの傍で心地の良い揺れが止まった。



「……俺のこと、だが」


「………うん」


そう言いながら彼はそばにあるベンチへと私を降ろした。その隣に彼は浅く斜めに腰掛けると、私の目をじっと見つめ、口を開く。



「悪ぃが、職業だけは言えねえ」



彼はそう言って目をそらすことはなく、眉を顰めた。気まずそうにするのでもなく、申し訳なさそうではあるものも、スクも苦しそうに見えて、どうすれはいいのかわからなくなる。ぐるぐるぐる。頭は真っ白なのに、なにかいろいろと変な考えが浮かんでくる。



「いつか、必ず言う。それに、」



そう言ってから周りを見回した。お祭りの会場から少し離れた場所というのもあり、ここはちらほらとお祭りへと向かう人がいる。

少しだけ、彼は伺うように私を見た。そして、



「へ……っ」



スクの手が私の後ろに、と思えば、気遣うように優しく背中を押され、引き寄せられた。



「す、スク……っ?」




恥ずかしいことに声が上ずった。触れているところが暖かいというより熱くて、きっとこの安心する匂いはスクアーロの匂い。背中へと回されている腕はすっぽりと私を覆っていて、やはり彼は大きいなぁ、とその頼りがいのある大きい身体を再認識して、なんだかとても恥ずかしい。心臓が破裂しそうとはこのことか。


彼が口を開いて、息を吸った音が聞こえた。




「____愛してる。これに嘘はねえ」


呼吸の音が聞こえるほど耳に近いところで発せられたその低い声は直接脳へ届くようで、とても甘い。

恥ずかしくて、嬉しくて、どくどくと身体全体が心臓になったような感覚。彼の堅い胸板へと顔を押し付けると、彼の心臓もはやい。





「それなら、いいよ」



そうして恐る恐る、彼の背中へと手を伸ばす私はもしかしたら扱いやすい女なのかもしれない。



でも、まあ、いいや。











(囁かれる低い声/スクアーロ)





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