▶大切だからこそ怖い物もある
▶neくんと我儘の話
「今年のクリスマスはあんまり一緒にいれなくてごめんね。」
「謝んないでよ。忙しいのに私のために時間とってくれるだけで、本当に嬉しいから」
大丈夫だよ。という前に彼の唇が私の口を塞いだ。軽いちゅっと啄むキスから段々と舌に口内を掻き乱される。はぁ、と叶くんの胸元に手を置いて苦しいからストップの意を伝えれば、綺麗な笑顔でにこりと笑った後、またキスの雨が降る。
「もう!苦しいって言ったのに。」
「あはは、ごめんごめん〜!つい。可愛かったから。」
頬を膨らませる私に、僕へのクリスマスプレゼントってことにしておいて、と叶くんに言われてしまえば言い返すことは何一つとして出来なかった。本当は叶くんに買ったプレゼントはあるのだけれど、選んでるときはひたすらに楽しかったのに。重たいかな、と気にして渡せない私はただの臆病者だ。
「一緒に過ごせない僕が聞くのもあれだけどさ。」
「…うん、なに?」
「なんで、わがまま言わないの。」
「言ったら叶くんが困るのわかってるから。」
「そうだけどさぁ。」
少し不満げな叶くんは、ぎしり、と私のことをその態度とは裏腹に優しく押し倒した。顔にかかる彼の髪の毛が少しだけくすぐったくて身をよじった。私の頬を撫でて、こちらを伺うような声色で「逃げないで。」と叶くんに縋られれば、私の指も知らず知らずのうちに、彼の前髪をかきあげて、目を合わせた。
「ぼくの、どこがいいの。」
暗闇に消えてしまいそうな声だった。二人して乾燥した唇を潤すかのように、キスをする。二人して愛しているだなんて言葉がどういうものなのかは分からないくせに、二人きりで愛を埋め合って、足りないものを補わないと生きていけない気すらする。私の髪の毛を触りながら、私の答えを待つ彼に向き合って、口を開く。
「全部、って言葉じゃだめ?」
「だって、全部ってなに。」
きっと叶くんは心配なのだ。私が我儘をひとつも言わないことが。私も彼も、普段から相手が困るようなわがままは言わないタイプの人間だ。でも、私が寂しいもこういうことをしてほしいということを口にしないのも、別段そういうことではなくて本当に彼を困らせたくないのだ。一緒にいたい、と口にしなければ彼には私の気持ちは伝わらないのかもしれないけれど、それより前に叶くんは私との時間をない時間の隙間を空けて作る。これ以上を望むのは彼にとっても、私にとっても良くないだろう。少ない時間でも一緒にいたいと彼が私に一緒に暮らそうと言ったその一言だけで満足だった。
「難しいこと聞くなあ。」
じゃあ、叶くんは私のどこが好きなの。って聞いたら、泣きそうな目線とかち合った。なんだか、それに私も泣きたくなって、それを誤魔化すように唇を噛む。
「君なしじゃもう、どうしようもないんだよ。僕は。」
私だってそうだ。そうだからこそ叶くんを失うくらいなら、私が我慢した方が先の未来は幸せだろうから我儘は言わない。分かりはするけど納得はいかない様子で彼は私の首元に頭をすり、と擦った。そのまま首筋に暖かいものが触れて、ピリと痛みが一瞬走ったけれど、気にすることもなく彼の背中を撫でた。
「君は、自分ばっかり僕のことが好きみたいに言うからなぁ。」
「そ、うかな…?」
「僕がどれくらい好きって言ったとしても、自分の方が好きだろうなって思ってるでしょ。」
図星だった。叶くんにいくら可愛いと言われても、彼に好かれる努力をして、付き合った今でさえ、彼に好かれていないという気持ちはないにせよ、叶くんが私のことを私が彼を好きな以上に好きだなんて考えたこともなかった。
「そ、んなことないよ。」
「ほら、そうやって嘘つく。流石にわかるよ。どれだけ君のこと見てきたと思うの。」
「だって叶くんには大切なものいっぱいあるけど。私には、」
後にも先にも叶くんだけなのだ。叶くんに普段つかない嘘をついたことを指摘されて、本当に彼は私のことを見ているんだな、と不相応にも喜ぶ自分が恥ずかしい。私が嘘をついていることをこんなに簡単に見抜いてしまう彼のことだ、きっと私が本当は寂しいと思っているのを気づいてしまって、気にしていたんだろう。だから、こんな風に尋ねてきたのだ。
「君にとっての大切が僕の大切とどう違うかは分かんないけどさ、」
それでも、僕のことだけ考えてくれたら良いなって思うよ。と私を甘やかす。クリスマスに、一緒にいたいだなんて言って困らせるのは嫌だった。本当は、クリスマスどころじゃなくて、寂しいと思った時に、その気持ちを伝えて面倒くさいと思われるのが嫌だった。そんな自分の気持ちに蓋をして、なんでもないような振りをしてたのに何でもないにさせてくれない叶くんはどこまでも優しくて、狡かった。
「私のこと嫌いにならないの。」
彼が、自分の懐にいれた人間に甘いのはわかっていた。でも、やっぱり、私が叶くんの大切な人に混じってそこに入っていいのか、と悩んだ時に、一歩踏み出す勇気がなかったのは私だ。困りたいのは叶くんのはずなのに、悲しい顔をしながら問いかけた私を壊れ物を扱うかのように抱きしめた彼は、
「嫌いになんて、なれないよ。」
と優しく背中に手を回して言った。本当は叶くんが大切にしたいと思ってくれてるのは分かっていたけれど、天邪鬼な私はその優しさを受け入れる勇気もなくて、私ばかり好きなのだと決めつけて、その好意を受け入れることを躊躇った。私だけが好きだと思った方が、一緒にいたいなんていう厄介な気持ちを持った時も楽だったから。
「ぼくのすきを受け入れて。」
普段からは想像もできないような子ども染みたキスだった。逃げ道を塞がれたように見えて、これは彼の用意してくれた逃げ道だった。私にはもう彼から離れる選択肢がないことを知って、そんな私を受け入れるための彼が言った我儘だった。
「僕は確かに、君が望むなら永遠や絶対って言葉をあげられるけど。」
「うん。」
「それでも、あげるんじゃなくて僕が君から永遠や絶対が欲しいんだよ。そうやって思うのは、きっとこの先も君だけだから。」
「…うん。」
「これが君のぜんぶを好きってことなら、それでも良いよ。愛してるでも形なんてなんでもいい。」
きみも一緒でしょう、と探るようで断定的な言葉だった。人を愛するということは、綺麗だけではなく自分の醜さも狡さも含むのだと私はその時初めて知った。叶くんには私の綺麗な部分だけあげたくて、それでも彼が私にそれを望まないなら、もうなんだっていいのかもしれない。
「…わたし、ほんとは、叶くんといたかった。」
「知ってたよ。一緒にいてあげられなくて、ごめんね。」
簡単なことだったのだ。一緒にいれないならいれないなりの2人の関係がある。一緒にいたい気持ちは押し込めたところで確かにそこにあって、叶くんもまたそれを伝えて欲しくて、2人で過ごせないのなら、じゃあどうするのかを話し合いたかったのだと思う。きっと甘やかしたがりな彼のことだ。彼は私が思うよりも、私のことが好きで、彼もまた、私といたいと願ってくれていたのだろう。ただ、ぼんやりと、彼がいないと生きていけないなと思っていた2人の隙間を埋め合うように、私たちはまるで付き合いたての頃のようにベッドで愛を確かめ合った。今日と言う日がクリスマスでもなんでも、この感情が恋でも愛でもなんでも良いのだ。私の隣に叶くんさえいれば良い。私を見て、微笑む彼もまた、そうだろうから。