I罠bewithyou/ne




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▶罠にはまって抜け出せない話
▶neくんと友達未満


彼の第一印象は、「よく分からない人」だった。誰からも好かれそうな優しい笑みと、それといって誰かに流されるわけじゃない芯の強さと、自分の思うように物事を進める賢さ。それ全部を引っ括めてきっと彼という存在なのだろうな、と遠巻きに彼を見る私は少ない語彙力で彼を定義づけた。一般的に言えば、人を惹き付ける彼を賞賛するのが正しい行動なのだろうが、ただ、私には彼は少し完璧すぎて理解ができないため、怖いと言う気持ちが強かった。

「…あの。」

カフェテリアで休む私に声をかけたのは、近頃嫌という程見つめることになった例の人、そう叶くんであった。話しかけられた私は彼と関わりがある訳では無いからなぜ話しかけられたのか、手に持ったホットコーヒーをどうして良いのかもわからずに、困惑して彼の顔を見つめるばかりだった。それに気づいたか気づかなかったかは知らないが、彼は続けて口を開く。

「突然すみません、今お忙しかったですか?」
「…いえ、別にそうではないんですけど。」

なんで、と言う言葉は無意識に口から出ていたようで、彼は皆が一様に好きだと言う笑顔ではっきりとこちらに、「最近、僕のこと見てますよね?」と言うものだから、それはまたバレていたという焦りと恥ずかしさから私は押し黙ることしか出来なかった。

なんで、どうして、気づいたとしても黙っていてくれたら良いのに。それとも、彼に気持ち悪いと思わせるほど見つめてしまっていただろうか…?

私が名字くんを見始めたのは、彼を好きになったからなのだが、この後には続く言葉がある。そう、好きになったのは私ではなく友人なのだ。友達の好きになった人はどんな人なのだろうか、と暫く好きな人もおらず恋心とはどんなものだったか、と懐かしさに思いを馳せるうちに段々と彼を見つめるようになっていったのは事実で、他意はない。…なかったはずである。

「は、い。見てました。…ごめんなさい。」
「それはどういうごめんなさい?」
「知らない人に見られて気持ち悪かったかなって思って。」
「ふふ、」

と笑った彼は、私の耳元で「知らない人に見られたことなんて一度もないよ。」と言うものだから、びっくりして机の上にある水を零してしまった。大きな音で注目を集めてしまったのか視線がこちらに集まっているのがわかる。わ、大丈夫ですか?と拭くものを持ってくる彼の後ろから、こちらを強く睨みつける友人が見えた。はっきり言って叶くんは天使のような顔をした毒なのだ。誰にも与えられることの無いものを求めたって空っぽなだけなのに、わかっているのに、それでも。彼の甘い毒で死ねれば良いな、と思ってしまった。

彼が大切にしている人間にはいろいろな表情を見せることも、物事を進めるために賢さは元より少しばかりの狡猾さも秘めていることを私はもう彼を見つめる中で知ってしまった。いつも隣にいる白髪赤目の彼のような関係になれたら、いや、それ以上に、と願う人は今まで何人いたのだろうか?私は、彼に近づいたところで特別な存在になれないことだって知っている。でも、それを知ることに何の意味もないことも知っている。それなら往く道は全て地獄であろう。

「僕と、友達になりませんか?」

その言葉におずおずと頷き、彼に差し出された手を取る。私の視線の先には、もう彼しか見えなかった。満足気に微笑んだ彼が私に近づいてきた意図はわからないが、ひと時の甘い毒を味わうのも悪くはないはずだ。

「僕は、叶です。って、もう知ってましたね。」

そう言って笑う彼を脳裏に焼き付けながら、いつかは終わってしまうだろう終わらない永遠を願った。私は酷い人間なのだ。