お迎えに上がりました






「葵先輩」

「………」

「葵せんぱーい。起きてくださーい」

「………」

「早く起きないと……朝一番から、えっちな悪戯しま゙っ!!!!!!」


どすっ!!という、重い音が部屋に響く。

長年の癖というのはなかなか抜けないもので。起き抜けでも条件反射で三郎の気配に合わせて手か足が動く。因みに本日のわたしは肘鉄で対応したようです。


「いってて…ちぇっ、起きちゃったんですね」

「なんで残念がるの。起こしに来たんだよね。目的達成じゃん」

「いやあ、もう少しで葵先輩のおっぱい、略して先ぱいにさわれそうだったものですから」

「これぞほんとの同音異義語」

「というわけで。さわらせてください。せんぱい」

「それは果たしてどっちの意味?」

「愚問ですね。両方です」

「愚問ですね。じゃないよ。両方とも御免被るわ。…ったく、起こしに来たのか寝込みを襲いに来たのか」

「えっ!?葵先輩、夜這い希望でしたか!?気付けずに申し訳ありません!でも私には嫌がる葵先輩に無理矢理(自主規制)なんてそんな悪趣味ないのですが…でも葵先輩にそのような願望があるならば恋人の私には応える義務が…いやでも……ああっ!私は一体どうすれば…」

「なんの話?」

「私と葵先輩の記念すべき初まぐわい計画です」

「本人を前に言い切るか?普通」

「先輩に嫌な思いはさせたくありませんから。子作りは計画的にしましょ」

「飛躍度合いが大気圏ぶち抜く勢い」

「子供は何人にします?男?女?生み分け希望ならまずは体位から一緒に研究を…」

「たんま。ちょっと吐いていい?」

「もしや悪阻!?早速想像御懐妊ですか!!ちょっとお待ちを、今お背中を…」

「あほ。胸焼けだよ」

「それはそれで大変です。どちらにしろお背中さすりますのでその邪魔な寝間着を取っ払うとこから始めましょう…」

「そろそろまじでやめて。朝からこの会話は流石に重い」

「葵先輩」

「なに……っ」


ふにっ、とくちびるに柔らかいものが当たる。今までの下衆い会話からは想像つかない程、優しい感覚。…これは、ずるい。


「おはようございます。葵先輩」


おふざけ無しで、そう言って笑う三郎。どんなに呆れ返っていても、この顔を見るたびに毒気を削がれる。


「…おはよ。三郎」


そして、なにも無かったかのように、受け入れる。いつしかわたしの一日は、こうして三郎に絆されて始まるようになった。







「さて。ぼちぼち準備しますか」

「お着替え、喜んでお手伝い致します」

「手つき自重」


三郎は器用に両指の第一関節のみを動かす。その手つきは完全にいやらしいもの。無駄なところで無駄に器用。


「ふざけない。それより三郎。ひとつ頼んでいい?」

「はい!なんなりと申し付けください」

「着替えてるうちに、化粧品の用意しといてくれる?」

「ご希望の色味は?」

「三郎に任せる」

「承知しました」


ただ突っぱねるんじゃなくて、代わりにちょっとした頼み事をすると素直に従ってくれる。三郎の扱いには随分慣れたとつくづく思う。なんだか嬉しいやら悲しいやら。

苦笑いを堪えながら着替えを進めてく。…で、三郎は真面目に化粧品選んでくれてるっぽいし、覗こうというそぶりは一切ない。ほんと、そういうとこあるよね、おまえは。だから信用できちゃうんだよ。


「決まった?」

「はい。本日の気分で橙系統にしてみました」

「三郎がちゃんと選んでくれたなら、それにする。ありがと」

「とんでもない。報酬は是非おさわりで…」

「メリケンサックあったかな」

「それはご勘弁を…雷蔵の顔に傷が付くのは…」


顔前提かい。狙うなら肩か背中のがダメージは………まあいいや。わたしも本気じゃないし。それは多分、三郎もわかってる。


「おさわりは後回しにするとして。代わりに、ひとつ私からも頼みごとをしても?」

「それは未来永劫後回しだね。まあ…言うだけ言ってみ」

「葵先輩の髪、今日は私が結ってもいいですか」

「それくらい別に構わないけど…急にどした?」

「急にやってみたくなりました」

「…なんでもいいけど。上手にお願いね」

「お任せください」


たまには任せてみるのも面白いかも。三郎、手先は器用だし、まあ…信用してるし。

三郎が髪を結ってくれている、その間に化粧が出来る。なんて楽ちんで効率的。あれ、なんだかわたしばかりが得してるような…いいのかな。三郎がこれでいいなら、別にいいか。




「……っと。これで如何でしょう?」

「どれどれ?」


鏡に写ったのはいつもの髪型では無く。でも、ちょっと可愛らしい。


「……お団子?」

「今日、朝から実技でしたよね。一纏めにした方が楽かなと思いまして」

「よく憶えてますこと」

「葵先輩が教えてくださったことですから。…それで、如何でしょう?」

「……悪くない」

「光栄です」


寧ろ、気に入ったりして。がさつな部分が多いわたしも、これで少しは可愛く見えるかな。てか、やっぱり三郎は器用。なにをやらせても上手い。ちょっと悔しい。


「……うーん…まずい」

「な、なによ。自分でやっといて今更似合わないって?」

「いえ、逆です」


三郎は自分の頭巾を取って、わたしの首にするする巻き付ける。どうしたというのか。


「苦しくないですか」

「え?あ、ううん、大丈夫だけど…いきなり、どうしたの」

「すみません。お団子にしたはいいのですが、その…よくお似合いなうえに、うなじが強烈に色っぽくて……私以外の男に晒すのは癪だなあと」


せめて朝食済ませるまでは、と頭を下げる。三郎にしては珍しく真面目な頼み方。しかし、わざわざ隠すのは、しかも三郎の頭巾ってのが、これまた…逆に、やましいことしましたアピールのような気がしないでもない……まさか狙ってる?


「…なんか違う意味で誤解されそうな……」

「奇遇ですね。私もちょうど同じこと思いました」

「ああ、やっぱり?」

「以心伝心ですね。じゃあ…」


ぐいっ、と引っ張られ、三郎との距離が一気に縮まった。………気のせいかな、なんか嫌な予感。


「なんなら作っちゃいます?既成事実」

「………はっ!!!?」


嫌な予感当たっちゃったよちくしょおおお!!


「いいですよね?どうせ隠すんですから」

「いやいやいやいやいや!!朝食済んでも取れなくなるじゃん!!あんた頭巾どうすんのさ!?」

「一日お貸しします。部屋戻れば頭巾の替えなんざ幾らでもありますから。遠慮なさらず使ってください」

「お前が遠慮しろ!!」

「葵先輩。じっとして…」


一瞬で抵抗できない体勢に持ち込まれてしまった。相手は年下でも男、更に認めたくないけど天才野郎。力勝負になれば絶対に勝てない。やばい、これは流石に阻止しなきゃ…!!





「お邪魔しまーす」

「「ぎゃああああああ!!!!!」」


すぱーん!と戸が勢い良く開く。流石の三郎も驚いたのか、咄嗟に飛び退いた。助かった!でも誰かに見られた!?詰んだ!!


「やあ。おはよ、おふたりさん」

「り、里緒!!?」


絶妙なタイミングで、三郎を越える天才登場。でもそうだよね、三郎が気配察知出来ないのなんて、この学園では里緒くらいだろう。どうしようまじ救世主!!


「なーに朝からいちゃこらしてんの」

「もお、野暮ですよ師匠。もう少しで葵先輩の白い首筋まで辿り着けたというのに……」

「あーちゃん、師匠権限で、こいつ始末しよっか?」

「何卒宜しくお願いします」

「師匠に本気出されたら私確実に消し炭でしょうね、勘弁してください。それより師匠、ご用件は?」

「あーちゃんのお迎え。今日の実技は朝イチからだし、ご飯食べながら打ち合わせしようって言っちゃったから」

「………あ」


そうだった。今回、久しぶりに里緒と組めることになって。しっかり作戦立てて臨みたいって、わたしから言ったんだ。里緒の足を引っ張ることは絶対にしたくないから。そしたら里緒は当日の朝に時間作ると言ってくれた。里緒にも都合があっただろうに、わたしの我儘を優先してくれた。


「…それでは…私は今日の朝は、葵先輩とご一緒できない…ということですか…?」

「うぐ…っ」


三郎が絶望に満ちた目で見てくる。なんだこの精神攻撃。どこで覚えやがった、そんな姑息な手法。…これに幾らか罪悪感を覚えるようになったわたしが、いちばん変わったとは思うけど。


「…里緒……」

「あーちゃん、悉く鉢屋に甘くなったね」

「後の反動が怖いのよ。察して」

「……鉢屋。おとなしくできるなら、一緒においで」

「はい!!お約束します!!」

「復活早っ。…そだ、あーちゃん」

「ん?」

「お団子、似合ってる。鉢屋プロデュース?かわいい」


普段は表情筋を殆ど動かさない里緒が、ふんわり笑った。この子の笑顔は、ほんとに反則だ。もともと整った顔立ちなのも相まって破壊力抜群。こりゃ伊作も落ちるわ。女のわたしが既に落ちてる。……と見惚れていたのも束の間。里緒はいつもの無表情に戻り「先に行くね。三人分の場所取りしとく」と、さっさと行ってしまった。おやまあ、気が利くこと。


「葵先輩」

「ん?」

「さっきの続きは是非夜に…」

「しないよ」

「えっ」

「その心底驚いた顔は一体なんなの」


お前は一体なにをする気だった。聞くだけ野暮だけど。……前に学園内で、一線を超えるつもりはないと言ってたけど、万が一心変わりすることがあるかもしれない。


「……夜とは言わず、帰ってくれば時間作れるから。いつもみたいに出迎えてくれればいいんじゃないの?」

「…っ!!はい!!」


どすっ!と音を立て、遠慮なく三郎が引っ付いてきた。骨いったんじゃないかと思うくらい衝撃が凄い。痛い。歩きにくい。最高に邪魔くさい。

でも…今は三郎と一緒に居る時間が、楽しくて、落ち着いて、しあわせで仕方ない。里緒が言う通り、わたしはつくづく三郎に甘くなったと思う。





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