たどたどしく、じぶんらしく






「………っと、まあ…そういう訳だ」


小松田さんのまさかの手違いから、朔名のことが大々的にこいつらに知られてとんでもないことに。今朝から夕方までずっと質問責めに遭っている。主な質問者もとい拷問執行者は仙蔵と小平太。小平太はなんでも興味本位で、多分悪意は無い。が、問題は仙蔵。こちらは誰が見ても悪意の塊。根掘り葉掘り暴いてやろうという魂胆が見える。長次と文次郎は傍観者だが一緒に居るので話は筒抜け状態。頼むから止めてくれお前らの同室だろ。伊作はにこにこ聞いているだけかと思いきや時々有り得ないタイミングで有り得ないことを聞いてくる。流石長いこと俺の同室やってるだけあるよ。ある意味一番厄介で下衆い。


「まあ結局、お前は彼女の外見が好きなわけか」

「それは断じて違う!……まあ、抜群に可愛かったのは事実だが」

「やっぱり外見か」

「だから違うと何度言えばわかる!?そりゃあ、確かに可愛い顔してるし、きっかけのひとつであったことは認めるが、外見しか見てないなんて絶対ない!!」

「じゃあどこが好きなんだ?」

「どっ……こだ…?」

「ほら見ろ。やっぱり顔だ」

「……ああそうだよ顔も好きだよ!だからなんだよ!!」

「うわ、開き直ったよ」


あの太陽みたいな笑顔にやられたことは甘んじて認めるが、断じて顔だけじゃない。おっとりした雰囲気、のほほんとした話し方、少し高めでふんわりした声…マイペースに見えてそそっかしいという矛盾すら魅力的だと思う。考えれば何個だって出てくるが、もっとこう、直感的に惹かれるものがあったんだ。

一目惚れしたと正直に話してしまった後にこんなこと言っても理解は得難いだろうが、まあ別に理解を求めている訳ではないので深く言わない。この感覚はきっと俺にしかわからない。寧ろわからなくていい。俺だけのものだ。

それにしても朝からずっとこんな調子だ。いつまで続くんだこれ!?


「で、どこまでいった?」

「なにが」

「ほら、手を繋いだとか、抱き締めたとか、くちづけたとか」

「…は?」

「……そんな答えにくいか?」

「まさか…もう全部済み?」

「寧ろその先まで…」

「うわー留三郎不潔!」

「勝手に話進ませるな!!逆だ逆!!なんもしてねえよ!!そもそもまだなんも始まってすらねえっての!!」


必死の抗議に全員が驚いた表情を浮かべた。再び全員の視線が突き刺さる。超痛い。…やばい、これ自爆した系だ。


「なにも始まってないとは、どういうことだ?」

「だから、その…っ、まだ俺が一方的に彼女を好きなだけだ」

「…まじか」

「当ったり前だろ!あのさ、俺ってそんな信用ないかな!」

「男はみんな狼って言うじゃん?」

「お前らよりは理性や良識もってるつもりだが」


そんながっついて引かれて、嫌われてはそれこそ本末転倒。少しずつでいいから、なかよくなりたい。本当にそう思っている。


「で、彼女、名前は?」

「えっと……って誘導尋問すんな!絶対言わねーっつの!」


解りやすく舌打ちする一同。このやり取りも本日何度目だ。しかし伊作の野郎、やっぱり上手いな。うっかり口を滑らせるとこだった。


「でも小松田さんの妹なんだろ。なら小松田さんに聞けば良くないか」

「ばか小平太。留三郎本人から聞き出すからこそ面白いのだろうが」

「それもそうだな!さすが仙蔵!」


ほんと流石だよもうお前ら全員下衆の極みだよ。


「でもさ、向こうから手紙来たってことは少なくとも脈有りなんじゃない?」

「ほんとか!?なあ伊作、ほんとにそう思うか!?」

「食い付きっぷり半端ねえな気持ち悪い」

「ちょっと文次郎は黙ってろ」

「なんか腹立つな今の」


文次郎を無視して伊作に詰め寄るも苦笑いしか返してこない。伊作から吹っ掛けてきたんだからなんとか言えよ、もっと強く肯定してくれ頼むからほんとに。

しかし、とうとう伊作は答えずじまい。解散するときに仙蔵に「ま、せいぜい嫌われないようにがんばるんだな」と嫌味たっぷりに言われた。忠告ありがとう言われなくともがんばりますけど。超がんばりますけど!








時は流れて夜。授業の予習も復習も終わらせ、後は寝るだけ。…のはずだった。今までは。


「……うーむ…」


授業や宿題を遥かに凌ぐ難題と睨めっこ。机の上にあるのは、筆と墨、まっさらな紙、朔名が送ってくれた手紙。そう、俺は今まさに返事を書こうとしている。説明口調乙。

しかしせっかくこうして手紙をくれたんだから、きちんと返事を出したい。朔名の厚意に応えたいし、俺自身も朔名のこと知りたい。周りにバレてしまったのは想定外だったが、朔名の行動と気持ちが嬉しかったことに変わりはない。

だが返事を書こうにも、どうにも言葉が思い付かない。なにを書いたらいいか、わからない。…俺ってこんなに文章力乏しかったか?普通に語学系の成績は上のほうなんだけどな……


「んー…」

「なにさっきから唸ってんの」

「伊作…」


衝立の向こうから寝ていたはずの伊作が顔を出した。薄暗い部屋では表情は見えにくいが…呆れてる?


「うるさくて眠れやしないよ」

「あ、悪い。気を付ける」

「別にいいけど……なに?返事、書けないの?」


図星を突かれてびくっとしたのが自分でもわかった。…ちくしょう、こいつはなんでもお見通しなのか?


「へえ。案外不器用なんだねぇ」

「…仕方ねえだろ。はじめてなんだよ。女の子と文通なんざ」

「嘘だー。留三郎モテるだろ。恋文の十や二十、貰ってないのか」

「いや流石に十は無えよ」


そりゃ今まで全く貰っていないとは言わないが……返事を書こうとか、自分から惚れてこんなに仲良くなりたいと思ったのは朔名がはじめてだ。


「どんなこと書いてあった?」

「そうだな…彼女自身のことを、さらっと書いてくれてた」

「じゃあ、留三郎も改めて自己紹介したら?」

「…そ、そうか…!」


そうだよな、俺のこと知ってほしいって言ったんだもんな。重くないだろうし、気軽に読めるだろう。そいつは名案だ!すげーな伊作!


「な、他にはどんなこと書いたらいいか?」

「え、僕に聞く?」

「仕方ないだろ全く思いつかねーんだよ。頼む、知恵貸してくれ」

「……僕だって詳しくないんだけど?」


同室だから仕方ないか、なんていつも俺が言う台詞を口にして笑ってた。伊作が特段慣れているというより俺が緊張して頭が回らないだけだと思うが、それでも冷静な第三者目線の助言は有難い。お陰でなんとか方向性が掴めてきた。


「…よし、だいぶ固まってきたな」

「もう大丈夫そう?」

「ああ。助かったよ、ありがとな」

「いいえ。じゃ、がんばって」

「おう」

「もう唸らないでよ」

「……気を付けます」


伊作が寝たのを確認して、再び作業に戻る。頭の中で文章を作るが、いざ筆を取って清書し始めると緊張で手が謎の痙攣を起こす。なんだこれ新手の病気か?

そんなこんなで悪戦苦闘しつつも拙いなりに少しずつ言葉を繋げて、一応読める文を作っていく。一年生の作文より酷い。そして書き終わる頃には空が若干薄明るくなってきていた。そんな時間経ってる感じはしないのに。人間の集中力半端ない。

なんとか完成し、少しだけ寝ようかと横になったときにふと気付いた。この手紙、朔名からだとすぐわかったものの、差出人も届け先も、なんも書いてねえ。返事要らなかったのか?それとも純粋に書き忘れか?まあ、小松田さんの妹だ、十中八九後者だろう。…小松田さんとこ相談に行こう。



「小松田さん。お早う御座います」

「あ、おはよう留三郎くん。朝一で悪いけど、ちょっと聞いてもいい?」

「あ、はい」

「あのさあ、うちの妹と知り合い?どういう関係〜?」


おっと。随分単刀直入に来やがった。…実の兄貴に向かって、嘘はいけないよな。


「…今は、たぶん友人です」

「今?たぶん?」

「知り合ったばかりですが……俺は、好きです。妹さんのこと」

「……本気?」

「勿論です」


うちの子に手を出すなと怒られることは覚悟の上だ。自分の妹に好意を抱いてる男がいたら、父親のそれとまではいかなくても、多少なりともいい気はしないだろうし。…どんな言葉が返ってくるか、ちょっと…かなり緊張する。


「そっかあ!がんばってね!」

「……えっ」

「ていうかさ、逆に朔名でいいの?あの子、僕に似て結構抜けてるとこ多いよ?それでもほんとに大丈夫なら、応援するよ」

「あ、ありがとう、ございます…」


…え、嘘だろ、いつものきらきら笑顔でゴーサイン出ちゃったよ。寧ろ俺が心配されたよ。逆に俺がびっくりだよ。


「あ、そうだ。僕になにか用?」

「はい。それで……お手紙もらったのは、めちゃくちゃ嬉しいんですか…朔名、というか小松田さんのお宅の住所、教えてもらえますでしょう。なにも情報がなかったものですから、返事送ろうにもどうしたらいいか…」

「あらら。……ね?抜けてるでしょ」

「確かに、うっかりさんですね」

「ね。そしたら今回は僕が直接渡してくるよ」

「…いいんですか?」

「うん。僕も留三郎くんに迷惑掛けちゃったみたいだし。今日中に間違いなく渡すよ」

「すみません。お手数掛けます」

「ごめんね。ほんとにあの子、僕に似ちゃって」

「血は争えませんね。では、お願いします」


…とは言ったものの、正直、小松田さんに任せるのはちょっと心配。だが今は頼れるのがあの人しかいないのも事実。無事に朔名の手元に渡ることを、とにかく祈っておこう。……本当に大丈夫か?神頼みくらいやっとくか。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「留三郎くーん」

「…小松田さん?どうしました?」

「はい。お届けもの」

「えっ…」


渡された封筒に書かれていたのは、間違いなく昨日見た字。ということは、朔名の筆跡。渡したその日の夕方に返事が来るなんて、どんだけ仕事早いんだ。そんで、ほんとに小松田さん、今日中に届けてくれたのか。まじありがとうございます。

しかし昨夜あれだけ神経を使ったにもかかわらず、自分でもなにを書いたか憶えてないという体たらく。支離滅裂過ぎて幻滅しました的な内容じゃなければ良いのだが。震える手で、ゆっくり封を切った。



早速のお返事ありがとうございます。お忙しい中時間を割いてくださったこと、嬉しく思います。
あと、兄から聞きました。わたしの突然の行動のせいで、迷惑を掛けてしまったようで…勝手なことをしてごめんなさい。

それなのに、なにも無かったかのように振る舞ってくださり、その上これから宜しくと仰ってくださって、嬉しかったです。
なにかと至らないわたしですが、こちらこそ宜しくお願いします。そして少しずつで構いません。わたしにも貴方のことを教えてください。

最後に、差し出がましいかとは思うのですが…せっかくお友だちになれたのも、ご縁だと存じます。留三郎さんとお呼びしてもいいですか?




「……っ…!」


あんな拙い手紙に数々の可愛い言葉が返ってきた。特に最後の一文がやばすぎる。名前なんざ先生や同級生には当たり前のように呼ばれてきたはずだ。だが…今凄く、変な感覚。なるほど、萌えってこーいうことか。どうしよう俺暫く自分の名前言えない。脳内で朔名の声に自動変換される。


「……どうしたの」

「…小松田さん…ご家族は朔名のこと、どうやって育てたんすか…」

「はい?」

「ちょっと待って、なんすかこれ。どちゃくそ可愛い…」

「(あーらら、重症だ)」


なんか冷ややかな視線が終始ぶつけられていたような気がしないでもないが別に構わない。あーあ、今夜も返事書くのが大変だな。それよかこの手紙の隠し場所をどうするか考えなければ。






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