診断結果は恋煩い





繁盛期が漸く終わり、今日は久しぶりにお休みをいただけた。しかも連休。よくがんばったねと、女将さんは労いの言葉も一緒にくれた。大変だったけど、がんばって良かったなとしみじみ。

久しぶりに実家に顔を出せたと思ったら、ちょうど良かったと言わんばかりに秀作お兄ちゃんへ届ける荷物を押し付けられた。お兄ちゃんのところに行くおつかいは喜んで引き受ける。しかしわたしも帰ってきたばかりなんだから少しくらい休ませてくれても良くないかな。わたしも結構疲れてるんだよ。こう見えてきちんとお仕事がんばってるんだよ。そんなに急ぎ?お兄ちゃんの為?なら仕方ない引き受けよう今すぐ行こう休憩なんぞ後回しだ。

というわけで、わたしは今忍術学園に向かっている。今まではお兄ちゃんに逢う為だけに行ってたけど、今はもうひとつ、目的というか願望が出来た。当然、留三郎さんだ。偶然見掛けられたらいいな、運良く逢えたらいいな、などなど、道中は彼のことばかり考える。お兄ちゃんに逢うのも勿論楽しみなんだけど…お兄ちゃんのことよりも考えてる。ごめんね。

学園に着き、荷物を一旦下ろす。どすん、と音がして砂ぼこりが少し舞う。結構重量があったらしい。気にならないくらい考え事してたのかな。楽になった腕を伸ばしてから、いつものように軽く戸を三度叩いた。


「はーい」

「お届けものでーす」

「朔名!いらっしゃい」


荷物を見せながら言うと、いつものように秀作お兄ちゃんは笑顔で出迎えてくれた。


「はい。今日は少し重いから気をつけて」

「ありがと朔名。いつも助かるよ」

「いいえー。なんともないよ、これくらい」

「ね、朔名。これから暇?」

「うん。どうかしたの?」

「時間あるなら覗いていかない?六年生、今日いるよ〜」

「…もう、お節介」


名前こそ言わないものの、留三郎さんのことを言ってるのだろう。でも正直嬉しい。反対するどころか理解してくれて、こんなに後押ししてくれて。一度手紙の配達を間違えてとんでもない事態を引き起こしたけど、それはもうチャラにしてもお釣りが来るくらいの協力態勢。


「じゃ、入門票にサインだけしてってね」

「はーい」


というわけで、お兄ちゃんの手引きで学園に侵入。門番のお兄ちゃんの許可を得ているし、ちゃんと手続きしているから大丈夫だとは思うけど。…留三郎さん、逢えるかな。






「うーん…いないなー…」


一通り回ってはみたが留三郎さんの姿は見当たらない。授業中かな、いやでも居るよって言うくらいだから、それはないだろうし。だとしたら委員会かな。…あれ、用具委員会さんってどこで活動してるのかな。

…あの日以来、留三郎さんには一度も逢えていない。手紙のやり取りだけが辛うじて続いている。でも…実際、面倒に思われていないか、義理で続けてくれてるんじゃないかという不安は拭い切れない。わたしは職業柄、一日に何人もの人とお話する。そのお陰か、目や表情を見ればその人の気持ちはだいたい解るようになっている。だから直接逢って、目を見てお話すれば、留三郎さんがどう考えているか知ることができると思ってた。

………というのは、恐らく建前。どう思われていてもいい。いや、嫌われていたり、良い印象を持たれていないのも嫌だけど。とにかく逢いたい。あーあ。まさか自分がこんなに強欲だったなんて思わなかった。


「…逢いたかったな」


そしてこんなにも涙腺が弱いだなんて知らなかった。まさか留三郎さんに逢えないってだけで愚図るだなんて。ほんとに視界が滲んできて、鼻の奥がつーんとしてくる。子供かよ。


「はあ…」


やばい本格的に泣きそうだ。気遣ってくれたお兄ちゃんには悪いけど、情けない姿を晒す前に帰ろう。門に向かって歩こうとした瞬間、足になにかがぶつかった。なんか転がってきたみたい。視線を落として拾い上げてみたら、なんとまあ人間の頭蓋骨……………頭蓋骨?


「◎%∞¥#§〜!!!!!」


それを骸骨だと認識した途端、不思議なことに、意識が遠退いていくのがはっきりわかって。そのまま目の前が真っ暗になった。













「……」


見知らぬ天井が視界に入った。身体がぬくい。不思議なことに、ご丁寧に布団が掛かっている。ここは、一体……ん、薬くさいっ!え、本当にどこ?

自分の置かれている状況がわからない。取り敢えず、一度起き上がってみよう…よっこらせ。


「あ、良かった。気がつきましたか」


ひとり、部屋に居た方が、優しげな顔つきでこちらに振り返った。…装束の色からして六年生の方かな。


「えっと、あの、ここは…」

「忍術学園の長屋の一室です。僕は善法寺伊作と申します。先程はうちのコーちゃんが大変失礼致しました」


善法寺伊作さん。そう名乗った方はわたしに向かって頭を下げ、こちらが恐縮してしまうくらい何度も丁寧に謝ってくれた。

善法寺さんによると、先程わたしが見たものは骨格標本、つまり偽物。本物の頭蓋骨ではなかった。取り敢えず安心。それを認知したうえで改めて標本を拝見した。…やっぱり凄い、本物っぽい。いや本物の骸骨見たことないけど。ていうかコーちゃんて。骨格標本のコーちゃんて。


「でも大事に至らなくて本当に良かったよ」

「あ、いえ。こちらこそ、大変ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。…あっ、わたし、小松田朔名と申します」

「…噂通りだ。全然似てないね」


あら。この反応、やっぱり知られているのか。…そういえば善法寺伊作さんって、確か留三郎さんと同室の方のはず。ということは、此処は善法寺さんと留三郎さんのお部屋…だよね。


「…あ、あのっ」

「留三郎なら、もう少しで帰ってくるよ」

「え…っ」


質問する前に的確な答えが返ってきた。どうしてわたしが留三郎さんのこと聞こうとしたのが解ったのだろう。ひょっとして六年生にもなると超能力でも使えるようになるのかな。


「えっと、どうして…」

「わかるよ。朔名ちゃん、あからさまにきょろきょろし過ぎ」

「あ、す、すみませんっ!」


うわあああ!恥ずかしい!初めましての人にバレる挙動不審さってどうなのわたし!!焦るわたしとは対照的に、善法寺さんはそんなわたしに穏やかに笑いかけてくれた。


「ふたりは似た者同士だね」

「…それってもしかして…わたしと、留三郎さんですか」

「うん。でも留三郎のが凄いかな。朔名ちゃんの名前出されるだけで動揺するくらいでさ。ほんと、からかい甲斐があって」


昨夜もわたしの名前を出しただけでお茶を吹き出したと、善法寺さんは笑いながら暴露。…そんなに、わたしの存在知られたくなかったのかな。


「実は、ここに朔名ちゃんを連れてきたの、留三郎なんだ。朔名ちゃん抱えて凄い剣幕で入ってきて、すぐに診てくれって。僕が診察してたときも、ずっと手握ってた。余程心配だったみたい」

「あ…」


そういえば、右手が随分汗ばんでいる。…留三郎さんが握っててくれたのかな。


「しかもその後も頭打ってないか、どっか骨折してないか、もともとの病気はないか…とにかく全部確認してくれって」

「…お優しい方ですね」

「大事な子なんだよ。その証拠に留三郎、朔名ちゃんからの手紙、本当に楽しみにしてるみたい。でも文章考えるのには慣れてないみたいで、昨夜も返事書くのにほぼ徹夜じゃないかな」

「て、徹夜?それは…申し訳ないことを…」

「あ、ごめんね!そういうことじゃないんだよ。慣れてないから時間掛かるっていうのもあるだろうけど」

「いえ。でも結局、無理させてしまってるんですよね…」

「そんなことないよ。裏を返せばそれだけ集中してるってことだ。それに六年生にもなると徹夜くらいどうってことないさ」

「でも…」

「とにかく僕が言いたかったのは、留三郎にとって、朔名ちゃんは大切な人なんだろうなってこと」

「……本当、ですか」

「うん。絶対そう。朔名ちゃん抱えてきたとき、焦りようが本当に凄かったよ。あんな必死な留三郎見たことなかったもの。驚いたよ」


わたしが、留三郎さんにとって大切…か。だったら嬉しいな。留三郎さんと付き合いの長い善法寺さんが仰るなら、期待してもいいのかな。つい、自分に都合のいいように解釈してしまう。


「だから朔名ちゃんさえ良ければ、今まで通り、留三郎と仲良くしてやってほしいな」

「…ありがとうございます。善法寺さん」

「どういたしまして。……おっと、ようやく帰ってきたかな」


善法寺さんが振り返った直後、静かに戸が開いて、誰かが入ってきた。…あ、あの顔は……うん、間違いない。留三郎さんだ。


「おかえり留三郎」

「おう。学園長先生に事情説明して許可貰ってきた。暫く休ませてやってくれ」

「大丈夫。もう元気いっぱいだよ」

「もう?……朔名!!」


わたしに気付いた留三郎さんは血相を変えて凄い勢いで近付いてきた。肩をがっちり掴まれて、物凄く顔色を伺ってくる。ち、近い!


「大丈夫か?怪我ないか?どこか、痛むか」

「え?う、うん。平気…だよ」

「そうか。…熱も無いな」


しまいにはおでこに手を当ててきた。わたし風邪じゃないよ。善法寺さんも半分呆れたような口調で、留三郎ったら心配性って溢した。

留三郎さんからの問いに軽く答えて、善法寺さんは委員会があるからと私たちを残して立ち上がった。出ていく間際、善法寺さんはちらっと目配せして控えめに手を振ってくれた。優しい方だ。

それより…今、ふたりきり、か。なんか緊張してきた。なんて話せばいいのかな。久しぶりですね?大丈夫だから心配しないで?……どれもしっくり来ないな。あれ、わたしってこんな口下手だったっけ。


「本当に、大丈夫か」


留三郎さんの声に、思考が止まる。彼の方を向くと、心配しているような目でわたしを見ていた。


「あ、はい。善法寺さんが丁寧に診てくださって。異常無しだそうです」

「そうか。にしても、驚いたよな」

「はい。いきなり骸骨が足元に転がってきて、一瞬、本物かと、思っ……」

「えっ!?ど、どうした!?」


留三郎さんが慌てふためく。そりゃそうだ、いきなり目の前の人間が泣き出したら誰だって驚くだろう。もっと言えば、わたし自身が一番驚いてる。


「大丈夫か?やっぱり怖かったか…?」

「ごめんなさい…、わたし、ああいうの苦手で…っ」

「誰にだって苦手なもんのひとりやふたつある。気にすんな」


いきなり泣き出して迷惑極まりないにも関わらず、気にするなと優しい手つきで目元を拭ってくれる。確かに頭蓋骨は凄く怖かった。それは否定しない。でも、今こうして涙が出るのは違う理由。


「でも…」

「ん?」

「留三郎さんに逢えない方が、もっとやだ…」


逢いたかった。ただ単に、本当にそれだけ。顔が見られて心底ほっとした。


「だから今、逢えて嬉しいんだ。今日、学園中捜してたけど、留三郎さん見付からなくて…」

「朔名…?」

「だってわたし…留三郎さんのこと、好きだもん…っ」


涙よりも気持ちが溢れて。気付いたら口走っていた。まだ言うつもりはなかったけど…一度言ってしまったら仕方ない。それに、好きなのは事実だ。お友だちじゃない、男のひととして、好き。お兄ちゃんたちに向けるような気持ちと違う『好き』であることには気付いてる。

上手く言えなくてもいいや、こうなったらとことん伝えてしまえ。


「…最初、秀作お兄ちゃんは、留三郎さんは好戦的で短気っていうから、どんな乱暴な人にぶつかっちゃったんだろうって、凄く心配だったけど…」


何度か話をして、思っていたより気さくで安心した。それどころか、気遣いをしてくれる、優しい人だと思った。


「でも…実際話してみたら、聞いていたことと全然ちがくて…声掛けても嫌な顔しないでくれたし、まだよく知らないうちから、わざわざ家まで送ってくれたし…、いつもわたしの話聞いてくれて、お手紙だって徹夜してまできちんと返してくれて…」

「ち、ちょっと待て。なんで徹夜って…」

「善法寺さんが教えてくれた」

「な…っ、あいつ…!」


留三郎さんは難しい顔で歯軋り。あれ、言わない方が良かったのかな…でも実際聞いてしまったことだし、それを聞いて嬉しくなったのも事実だった。努力してくださっているのは伝わってきてたけど、まさかそこまでしてくれていたなんて思わなかったから。


「…留三郎さんは六年生で、忙しいのはわかってるつもりでした。だけど、お手紙が届く度に嬉しくて、もっと留三郎さんと話したい、もっと知りたいって、欲張りなことばかり思うようになって……」


いつもすぐお返事をくださるのに、待っている時間が長くて堪らない。自分勝手なのは百も承知。それでも待ち遠しい。こればかりは、どうしようもないの。


「それで…気付いた。好きなんだって」


今日、ようやく顔が見られて、声が聞けて、逢えて確信した。やっぱりわたしは、この人が好きだって。


「…なんで無言なの」

「あ、いや…っ」

「わたしに好かれても嬉しくない?わたしなんか、やっぱりどうでもいいの…?」

「馬鹿言うな!」


先程までどもっていたのが一変、強い口調で否定した。そこで否定してくるってことは…やだ、変な期待しちゃう。


「朔名こと、どうでもいい訳ないだろ」

「……そうなの?」

「ああ。だから俺も、つまり、その…っ」


赤くなって俯き加減になる留三郎さん。…やめて、期待したくないのに…続きが気になってしまう。


「俺も、逢いたかった」


逢いたかった。たった一言だけど、胸が高鳴った。


「ほんと…?」

「ああ。俺だって、本当は朔名の顔見に行きたかったよ」


留三郎さんも、わたしに逢おうとしてくれていた。それがわかっただけで気持ちが浮き足立つ。ああ、これが舞い上がるということなんだ。


「だが、実際は、その…なかなか時間取れなくて。言い訳がましいのはわかってるんだが…本当に、悪かった」

「…ううん。忙しいのは、わかっています」

「朔名…」

「お気持ちを伺えただけで、充分嬉しいです」


幾らわたしがドジでばかで鈍いと言えど、人を見る目には自信があるんだ。留三郎さんが嘘を吐く人が否かくらいはわかる。彼は勿論後者。だからこそ、惹かれたんだ。


「…っと。忘れるとこだった」

「ん?」

「これ、渡そうと思って。俺も、朔名来てるって聞いて…捜してたんだ」

「あ…っ」


善法寺さんが言ってた、徹夜で書いてくれたお手紙かな。…手渡しって、なんか新鮮。


「ありがとうございます。帰ったらゆっくり読みますね」

「朔名。頼みがある」

「わたしに出来ることかな」

「おう。…朔名も忙しいだろうけどさ。返事、出来るだけ早く寄越してくれるか」


えっと、それは…返事の催促?わたしからの手紙を、待ってくれていると解釈していいのかな…


「…はいっ!」


わたしが返事すると、留三郎さんもふっと表情を緩めてくださった。…良かった。手紙、迷惑がられてないみたい。それだけでも知ることができて、今日は大収穫だ。

その後、普段手紙で話しているような普通の会話だったけど、直接顔を見て、相手の反応を見ながら話が出来た。普段逢えないからこそ、凄く貴重で幸せな時間だった。しかも帰り際にはまた食堂に行きたいと言ってくれて、次また逢う約束まで取り付けられた。今日、留三郎さんに逢えて本当に良かった。これでまた明日から暫く仕事がんばれそうだ。

顔が緩むのを自覚しつつ門へ向かうと、秀作お兄ちゃんがそわそわした様子で立っていた。せっかちとはちょっと違う様子。…あんなお兄ちゃん、見たことない。


「お兄ちゃん」

「あ、朔名!ちょっと、大丈夫なの!?倒れたって聞いたけど…」


あれ、そわそわの原因わたしか。


「うん。ちゃんと善法寺さんに診ていただいたよ」

「そっか。顔色も思ったより良いし…伊作くんが診てくれたなら安心だね」

「心配掛けてごめんね」

「心配するのは当然でしょ。で、僕こそ病み上がりのところごめん。サインだけくれるかな」

「うん」


これがお兄ちゃんの仕事だもんね。それに病み上がりでもサインくらい余裕。


「そうだ。留三郎くんには逢えた?」

「…うん!」


嬉しかった気持ちが抑えきれない。そんなわたしの様子が伝わったみたいで、良かったねと笑顔で言ってくれた。好きになれた人が居て、しかもそれなりに仲良くなれて、それを応援してくれる優しいお兄ちゃんが居て。わたしは贅沢者だ。




「朔名!!」


耳を疑った。さっき、またねってお別れしたはずなのに、後ろから留三郎さんの声がするなんて。振り向いて更に驚いた。着替えてる。


「留三郎さん!どうしたの?」

「送る」

「え、わ、わたしなら、大丈夫です!身体なんともないですし、夜道は歩き慣れてますし…」

「いいから」


送る、って…それだけの為に留三郎さんの手を煩わせるのは気が引ける。けど、もう少し一緒に居られたら確かに嬉しい。しかしこれ以上迷惑を掛けてしまうのは…でも留三郎さん着替えまでしてあるし本気で送ってくださるつもりだろう。これを断るとか空気クラッシャーもいいとこだ。…ああもう!どれが正解なの助けてライフカード!

ひとりでぐるぐる考えていたら、とんっと背中を軽く押された。


「留三郎くん、任せたよ」

「勿論です。…うし、行くぞ」

「は、はいっ」


有無を言わさず送られるフラグ成立。留三郎さんは先に門を出ていってしまい、慌ててついていく。またねーと暢気に笑うお兄ちゃんに見送られて、学園を後にした。

学園を出てから、留三郎さんは無言で歩いていく。しかも数歩先を。足の長さからして違うから、早足でないとすぐ離されてしまう。あのときは並んでくれたのに…もしかして、怒ってる?さっき、わたしが素直に応じなかったから……

心配になったそのとき。ふいに立ち止まって学園の方へ振り返った。


「だいぶ、歩いたか」

「えっと…そうです、ね?」


右手に違和感を覚え、思わず視線を落とす。自分の右手と留三郎さんの左手が繋がっている。これって…


「………嫌なら、言ってくれ」

「…ううん」


嫌なわけない。そりゃ驚いたけど。でも…勿論、嬉しい気持ちのが大きい。


「……悪かった」

「え?」

「歩くの、速かったよな。流石に小松田さんの前でやるわけにもいかないから、さっさと歩いちまって……今からは合わせる」

「あ、ううん!違うの。わたしがとろいから…」

「その方が好都合だ」

「え?」

「ゆっくり帰ろう。俺は幾ら遅くなっても構わないから。なんなら、寄り道したっていい」


繋いだ手をぎゅっと握られた。でもすぐ「悪い!痛かったよな」と謝られた。痛くなんてなかったのに。

…留三郎さんの手、おっきい。優作兄さんとも、秀作お兄ちゃんとも違う。緊張するけど、なんだか安心する。留三郎さんは…どう思ってるのかな?様子を伺いたくて、ちらっと盗み見るようにしてみたけど、さすが忍。わたしなんかのド素人の視線にはすぐ気付いたようで。目が合ったのは一瞬で、そっぽを向かれてしまった。…けれど、ちょこっと見える耳が赤い。留三郎さんも、もしかして…緊張してたりするのかな?結構さらっと握ってきたからてっきり慣れてるものだと思ったけど…


「なあ、朔名」

「はい」

「ひとつ、はっきりさせておきたいことがある」


そう言って立ち止まるから、なにか話があるのかなと構えていると黙ってしまった。急かす気は無かったけど、結構長い沈黙になってしまって。流石に気になって、どうしたのと口を開こうとした瞬間。彼の口から紡がれた言葉に、わたしはいとも簡単に撃ち抜かれた。



「先に惚れたのは、俺だからな」



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