おつきあい、はじめます
朔名との関係が正真正銘の恋人同士になって数週間。なんだか手紙のやり取りが前より充実してる気がしてならない。返事の待ち遠しさも、貰ったときの嬉しさも何倍になった。気持ちの問題だと思うが、こんなにも影響が出るとは。因みに余談だが、伊作からの「顔、にやけてるよ」という突っ込みも倍増したのはここだけの話。
しかし浮かれすぎも良くない。これで浮き足立って成績下降なんぞしたら、それこそあいつらに馬鹿にされる。そして万が一、そんなことを朔名が知ってしまったら、性格上絶対責任感じて落ち込むに違いない。巻き込むのは俺としても不本意。浮かれて勉強や鍛練をおざなりにするのは筋違いだと重々承知。両立してなんぼだろう。今日は天気いいし、外に出て自主トレでもするか。
外出届を貰って、小松田さんに提出して、いつもの自主トレ場所にいざ行こう。………と思ったら、なんだか門前が騒がしい。小松田さん、と…女の子の声?もしや小松田さんの恋人?へえ。のほほんとしてるように見えて、ちゃっかりしてんだな。だから朔名とのことにも寛容だったのかな。まあ、小松田さん穏やかだし、幸せにしては、くれそうだよな。……と、今はそれは置いといて。
「あの、お取り込み中すみません」
「あ、はーい」
「外出届、提出してもいいですか」
「はいはい。ちょっと待ってねー」
一応、事務の仕事はしてるし、門番としての役割は果たしてるし…うん、女子目線だと、小松田さんを選ぶのは、割と安牌な気がする。
「……はい。ごめんね、お待たせ。預かるよ」
「すみません、お取り込み中。……彼女、大丈夫ですか」
「それはいいけど、どちらかと言うと、これは留三郎くんの…」
「……はい?」
「あれ、留三郎さん?」
小松田さんの向こうからひょこっと顔を出す、小袖に身を包んだ小さい女の子。こちらをじーっと見てくるでっかい目と、可愛らしい声には憶えがある。
「…ちょっと、無反応ですか」
「……………え、朔名?」
「ちょっと!気づくのが遅いです!」
いやいやいやいやいや嘘だろォォォォ!!!?だって髪型も服も違うし!見慣れない格好してんだ、そりゃ反応遅れても仕方ないだろ。…って、言い訳がましいな。
「あーあ。お兄ちゃんにはフラれるし留三郎さんには気付かれないし。今日は散々…」
「本当にすまん!すぐに気付いてやれなくて…」
「…もう。これっきりにしてくださいよ」
口を尖らせる朔名。怒った顔も可愛…じゃなくて。
「そういえば、小松田さんにフラれたって、なんかあったのか?」
「うん。今日はお兄ちゃんと餡蜜食べに行くことになってたんだけど…」
「僕が急遽このあとも仕事入って、出られなくなっちゃったんだ」
「成程…」
「残念だけど、お仕事ならしょうがないよね」
仕事ならばと納得はしているものの、やはりどこか淋しそう。朔名、楽しみにしてたんだな。この兄妹、ほんとに仲がいい。
「本当にごめんね朔名。今度絶対埋め合わせするから」
「…わかった。絶対だからね?……確かに今日は残念だったけど、少しでも留三郎さんに逢えたし、来て良かった。じゃ、お兄ちゃん、また来るね。留三郎さんも、用事なのに引き留めてごめんね」
またね、と手を振って帰ろうとする朔名。俺も一瞬だけど、出掛ける前に逢えて良かっ…………ん?待てよ?
「朔名!ちょっと待った!」
「はい!」
「あのさ!餡蜜食いに行くの、俺とじゃ嫌か…!?」
確かに小松田さんみたいに甘党ではないが。でも代役に立候補するくらい許されてもいいだろ。だって……もう、俺たちは、恋人…だよな。
「ううん!嫌だなんて、とんでもないです。でも留三郎さん、用事は…」
「俺のは後回しにしても問題ない」
「本当?なら是非…………あ、待って!やっぱりだめです!」
「…嫌なら、はっきり言っていいぞ」
「違うの!あのね…今日はお兄ちゃんにご馳走になる気満々だったから、その…恥ずかしながら手持ちなくて…」
「んだよ、そんなことか。それくらい俺が出せばいいだろ」
「……ほんとに、いいんですか?」
「おう」
「じゃあ…お願いします」
今度こそ首を縦に振ってくれた。どうやら遠慮してただけで、本当に嫌だとは思われてなかったようだ。一安心。
「留三郎くん、いいの?予定あるんでしょ?」
「さっき言ったように、こちらは後回しで構いません。帰りもきちんと送りますので、安心してください」
「うん。頼んだよ」
「お任せください」
「お兄ちゃん、行ってきます!」
「行ってらっしゃーい」
元気に手を振る朔名に、小松田さんも笑顔で見送ってくれる。あの日、すぐに、きちんと付き合うことになったと報告したら「本当!?良かったね!朔名のこと、末永くよろしくね」と笑って祝福してくれたっけ。いい兄貴だ。
と、しみじみしている場合か。さっきから隣の朔名がどうも気になる。ちょっと今日はいつにも増して可愛い。まず、格好がいかにもお出掛けしますって雰囲気。兄貴と出掛けるらしかったから、めかし込んで来たのかな。なんか…悔しい。相手は家族、勝ち目があるわけないのはわかっているが。嫉妬するものはする。こればかりは、どうしようもない。
「…随分、可愛い格好だな」
「え?」
「兄貴と出掛けるときは、いつも洒落こむのか」
「……あ!これは、その…もしかしたら今日、運が良かったら、留三郎さんに逢えるかなーって…」
「……え」
「だから、逢えたときに恥ずかしくない格好でいようって思って…それでいつもより少しだけ、気合い入れてきたんです」
変じゃないかな?と、その場でくるんと回る朔名。変どころじゃない。似合ってる。すげー似合ってる。ていうか…なんだよそれ。つまり俺の為…ってか?嬉しいが、めちゃくちゃ恥ずかしい。勝手に早とちりして、勘違いして、身内に嫉妬心剥き出しにして。器ちっせーな。
「そうか。……疑って、悪かった。あと、よく似合ってる」
「…もしかして留三郎さん…妬きました?」
「そっ……んなわけあるか」
図星。鈍感そうなのに、なんでそういうことは鋭く指摘してくるのか。女の子怖え。ばつが悪くなって思わず顔ごと背けた。隣からくすっと笑い声が聞こえてきたのは、きっと気のせい。
「…あ、えっと、ここです。ちょっとばかし有名なんですよ」
「へえ…確かに、これは知らない店だ」
「ちょうど、この時間は混んでないんです。行きましょ!」
朔名に案内されるがまま、中に入る。すぐに空いている席に通され、品書きと茶が出された。作業が速い。
「お品書き、どうぞ。わたしは決まってますので」
「あー…俺はよくわからないから、朔名に任せていいか」
「じゃあ…これとこれ、半分こでいい?」
「おう。任せる」
ほんとに決まっていたらしく、すぐに店員を呼んですらすら注文する。朔名もさすが飲食店の店員、慣れてる。こーいうとこを見ると、小松田さんの血縁とは思えないくらいのしっかり者。ここは、ご長男の優作さんに似たのかな。
店内をくるりと見渡してみる。うん、綺麗だし、店員の愛想も良い。確かにこれなら評判は良さそう。しかし…なんか、座っていても落ち着かない。まあ、原因はわかっているのだが。
「なあ…朔名」
「はい」
「あのさ…俺、浮いてんのは、わかってんだけど……そんなに変か?さっきから視線が…」
周りの女子グループが、こっちを…特に俺をちらちら見てくる気がする。まあ、こーいう店で俺みたいなのは物珍しいのかもしれんが。なんか居心地悪い。他人の視線に敏感なのも、考えものだ。そう訓練してきたから、どうしようもないんだが。
「うーん……それ、多分、留三郎さんが普通に格好いいから…じゃない?」
「…は?」
「わたしにも妬みの視線が突き刺さってますので、すぐ気付きました。なんであんなちんちくりんが、そんな格好いい人といるんだーって感じですよ」
…そうなのか?朔名のその感覚は理解し難いが。まあ…妬みの視線は、わからなくもない。贔屓目で見ているせいもあるのだろうが、朔名は、くのいち教室や、そこらにいる女子と比べても抜群に可愛い。申し訳ないが、店内にいる女性客と比べても間違いなくいちばん可愛いと断言できる。俺が朔名を好きだから、そう見えると言われてしまえばそれまでだが。
だから、妬みに関しては、めちゃくちゃわかる。一緒にいると、すれ違う男連中殆どが、振り返ってまで朔名のことを見る。お前らのじゃねえから、もう俺のだから、って、そのたびに声を大にして叫びたい。やらんけど。
「……で?それで、お前はなんでそんなに凹んでる?」
「だって…周りは可愛い子ばかりだし、わたしより大人っぽいし……」
「心配か?」
「…全くしてないって言えば、嘘になる。わたし、子供っぽいってよく言われるから…ちょっと、劣等感…」
「先に言っとく。それ、全部取り越し苦労な」
気になっていたのは視線だけで、ぶっちゃけそんなところは全く気にしなかった。気にしてみたところで恐らくどうでもいい。俺は、朔名がいい。誰がなんと言おうと、一緒にいるのは朔名がいい。
「だから、心配すんな」
ちょっと照れくさかったが、腕を伸ばして小さい頭を撫でてみた。余程驚いたのか、一旦は目をでっかくさせたが、すぐ嬉しそうに、ふにゃりと笑った。……なんだそれ反則だろ。まずい。この子は本当に…可愛すぎる。
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