竜となれ!


勝負の行方


『…くっ!!こんな筈では!!!』
私達は完璧な敗北に打ちひしがれていた。

帝光文化祭、将棋部での事。

私達は、バスケ部主将二年の赤司征十郎に、完膚なまでに叩き潰されて苦い敗北を味わっていた。

私は苗字名前。将棋部副部長三年。
親は棋士だ。その影響で、私は幼い頃から将棋に親しんできた。
私自身はプロ志望ではないが、これでも腕は将棋部では一番との自負があった。

部長、副部長とも見事に撃沈され、賞品も根こそぎ持って行かれてしまった…
部長は気弱な視線を向けた。
「…どうしようか?苗字さん。バスケ部の二年にやられたとか評判が出回ったりしたら…」
『…このままでは…我が部が弱いと評判になって、存続すら危ういですね』

実際の赤司君は、プロ顔負けの腕前だった。
あれだけの腕前の彼に負けても、決して恥にはならないし、こちらが弱いからでは無い。
でも、外野はそうは見ない。
素人に負けた弱小将棋部。

そんなレッテルを貼られたら、次の新入生が入るだろうか?
もうすぐ引退する身として、最低限の落とし前だけは付けなくてはならない。

私は決心した。
将棋で負けたら、同じく将棋で汚名を雪ぐしかない。

『部長、将棋部の面子にかけて、リベンジして来ます!』

※※※

そして後日、今私は、バスケ部の部室棟にいる。
『…さすが帝光男子バスケ部。部室だけで幾つあるのよ…?』

確か、三軍まであるんだっけ?
で、どの部室にいるのかな?

勢いだけで来てしまいはしたが、何も考えていなかった事に気付く。
…ダメじゃんw…こんな、冷静さを失った状態で勝てる相手かよ?

私が落ち込んで、壁に頭を押し付けていた時。

ゴロゴロゴロ…

何?…この奇妙な音は?
私が廊下を見やって、不可解な光景に息を飲んだ。

何で赤い大玉が、こっちに向って転がって来ているの???
今、運動会じゃないし!!?

よく見ると、後ろにいる背の高い眼鏡をかけた緑色の髪をした少年が、それを押して来ているのだと分かった。
……それにしても、シュールにも程があるだろ…

その大玉は、私の手前まで迫って来た。
…ちょっと待て。

明らかに、そのまま立っていたら、私はその大玉に轢かれてしまう。
私は、回れ右して反対方向に走り出した。

大玉は自然に勢いが付いて転がり出した。
緑髪の少年は止めようとしたが、どんどん勢いは早くなってくる。
彼も駆け出した。

「止まれ!!!そこは行き過ぎなのだよ!!!」
無論、大玉に言っても止まる訳がないのだよ!!!!

『うぎゃーーーーーーーーーっっ!!!!!!!!』

洞窟の奥から、大岩が転がって来るアドベンチャー映画があったな、等と記憶が掠めて過ぎる。
てか、何で学校で、こんなトラップにかかっているの!!??私!!??

恐るべし、帝光男バスケ部!!!
侵入者避けの仕掛けまであるとはっっっ!!!
いよいよ、廊下のどん詰まりまで来た。
そのままだと、私は潰されてしまう!!!

私は自棄になって、近くのドアに体当たりした。
「のわっ!?」
予想に反して、ドアは内側に呆気無く開き、私は中に倒れ込んだ。

ドンッ!!
鈍い音がして、私は恐る恐るドアから覗いた。
その大玉は、廊下の突当りでやっと止まった。
緑髪の少年は、それを押えて息を軽く乱しながら「…やっと止まったのだよ」と言った。

『あの…』
私は躊躇いながら彼に声をかけた。

彼は私に構う事無く、元の場所まで大玉を転がし始めた。
……侵入者撃退のトラップじゃなかったのか…?
私は、彼の後を付いて廊下を戻った。

その少年は、さっき私が立っていた場所の、近くのドアを開けて、それを押し込もうとした。
しかし大玉のサイズがドアより大きい為、どうしても入らない。
彼は、茫然と立ち竦んでいる私を見て言った。
「そこに突っ立っていないで手伝え」

な に を ?

いやいや、つか、どー見ても無理だろ!!!

でも、私がやっと言えたのはこれだけだった。
『…その大きさでは入らないよ』
それともぶった切るとか。…でも、それをやったら、学校の備品だから大目玉食らうは必至だけどな。

「むぅ…」
『どーしても中に入れないといけないの?』
「出来ればな。今日の蟹座のラッキーアイテムなのだよ」
どんなラッキーアイテムなんだよ???

大方、おは朝辺りがそんな無茶ネタを出しそうだが。
私はいつもネタだと思っていたけど、マジで信じてるヤツいるのか?あれ。

『無理に入れると壊れるよ?』
彼は溜息を吐いた。
「仕方ない。廊下に置いておくしかないか」
…迷惑だな、おい。どー見ても超絶に邪魔だろ、それ。

でも、そのまま置いておくと、勝手に転がってしまう。
彼は、部室の中から椅子を出して大玉の横に置いた。
その要領で、大玉を囲う様に椅子を置いていく。
仕方なく、私も彼に促されてその作業を手伝う。

これで、廊下を塞ぐ迷惑オブジェの完成だ。

「それで?」彼は私に向き直った。
『…は?』
私は間抜けな声を出した。

「ここはバスケ部専用の部室棟だ。バスケ部に用があるのではないのか?」
『ああ、そうだった!!』
私はポンと手を打ち付けた。

大玉の衝撃で全部綺麗にかっ飛んで行ったよ。
『赤司君いるかな?』
「…赤司に何の用だ?」
『……将棋部副部長の私が、文化祭でのリベンジに来た』

私の挑戦に、彼は非情な宣告を下した。
「やめておけ。無駄だ」

『なんっ!!?』
「赤司は全てにおいて負ける事を知らない男だ。将棋と言えど、ヤツに勝てる腕前の者はそうはいない。諦めて帰るのだな」

その言葉は私の心臓を抉った。
将棋部存続どころか…無謀なのか。そんなにも。
『あんたは一体何なの?』

私の問いに、彼は眼鏡のブリッジを上げて答えた。
「俺は緑間真太郎。バスケ部副部長二年だ」

こいつ、二年かよ!?
三年の私を手伝わせるとか、バスケ部二年は生意気なのばっかか!?

私は手を握り込んだ。
血を吐く様に声を絞り出す。
『…それでも、負けたまま戻る事なんて出来ないのよ。私にも、なけなしのプライドってものがあるんだから!』

緑間君は、暫く考え込んでいた。
「……いいだろう」
『…え?』
「先ずは俺を倒してみろ。俺如き倒せない様では、赤司に挑戦しても到底勝てないぞ」

『倒す…?あんたみたいに大きい男を!?私が!??』
「大きさが関係あるか!!将棋でなのだよ!!!」

あ〜そうか。びっくりしたーww
てか、この人もかなり将棋出来るんだ…?バスケ部って…一体…?

「それで、お前の名前は?」
『苗字名前。三年よ』
「…苗字先輩、では早速始めるのだよ」

あ、一応先輩って呼んでくれるんだ?

その部室には将棋盤があった。
どうやら、趣味で時々やっているらしい。

私達は駒を並べた。
「では、行くぞ。先手は…先輩から始めるのだよ」
『「お願いします」』

※※※

『……嘘』
私はがっくりと俯いた。
「詰み、だ。勝負あったな」
緑間君は、眼鏡を直しながら言った。

『そんな…何でこんなに…っ!!』
「だから言ったのだよ。俺に勝てないヤツが赤司に勝てる筈なかろう」

どーなっているのよ!?
こんな…バスケ部に二人も強いのがいるなんて!!!
こんな金の卵、新入生の時に勧誘しておくんだった!!
今更の様に後悔だけが押し寄せる。

私は、緑間君の両手をがっしと掴んだ。
『お願い!将棋部に入って!!!』

彼は驚いて目を見開いている。
そして、私の手を振り払った。
「こ、断る!!」
『何で!?』
「俺は、バスケと勉学にかけているのだよ!!他の事をする暇は無い!!」

常勝バスケ部の副部長…
そうだよね、将棋部と天秤にかけたら、どう考えても無理だよね。
私は俯いた。
『無理言ってごめんね。…あまりにも緑間君まで強かったもんだから、つい欲が出ちゃった』

緑間君は軽く溜息を吐いた。
「言っておくが、俺は将棋では、赤司に一回も勝てた事がないのだよ」

その言葉に私は息を飲んだ。
「俺に一回でも勝てないなら、赤司に挑戦しても無駄だ」
『…緑間君に勝てない私が、赤司君に勝てる訳がない…よね』

…これはもう、諦めるしかないのかな。
腕に彼我の差が歴然としているのなら、俄かで訓練してもどうにもならない。
私は溜息を吐いて席を立ち、緑間君に微笑んだ。
『忙しいのに、時間を取らせてご免ね。緑間君…相手してくれてありがとう』

その時、彼は私の手首を掴んだ。
『!?』
「苗字先輩、ま…待つのだよ!」
『緑間君?』

そして、彼はそっぽを向いたまま、私に告げた。
「苗字先輩の将棋…まだ読みが甘い所があるが、筋は良いと思うのだよ。
…きっと、まだ伸びる余地がある。だから…」

だから?
私は目を瞠って、緑間君の次の言葉を待った。
「俺が指導すれば、もっと上達する。……それから赤司に挑戦しても遅くは無いと思う…のだよ…」

え…?
緑間君は、切れ長の瞳に真剣な色を湛えて、私を真っ直ぐに見た。
私の固まった反応に、躊躇いがちに続ける。
「…それとも…後輩に教えられるのはイヤですか?」

イヤどころか…願っても無い申し出だよ。
私はフリーズ状態からやっと解凍すると、緑間君に確認する。
『…いいの?』

緑間君は頷いた。
「勿論、俺も部活があるので、限られた日しか出来ませんが。それでも良かったなら」
『あ、ありがとう!是非お願いします!!』

私は緑間君に頭を下げた。
そして、お互いの連絡先を交換した。

ドアを出て、私は立ち竦んだ。
「どうしました?先輩」

『あのー…申し訳ないけど、この大玉が廊下を塞いで出られないんだけど…
君のラッキーアイテム、部室棟の入口まで転がしていい?』
「む…!」

仕方なく、入口先まで一緒に転がす羽目になった。
…どこまでも迷惑なおは朝である。

※※※

「のわっっ!?何だこの大玉!?」
「青峰か。今日の蟹座のラッキーアイテムなのだよ」
「デカ過ぎだろ!!!邪魔だ!片せ!!つか、通れねーだろーがっっ!!!」
「今日は新たな出会い運がある、と言ってたな。流石はおは朝なのだよ」
「聞いてんのかー!?コラ!!!」


page / index

|



ALICE+