お月見日和


「月が綺麗だね」

そう言ってはにかむ彼女に、僕は未だ返す言葉を持ち合わせていなかった。

「……うん、そうだね」

表情を見られないように、だけど不自然にならないように、あの忌々しい月を見上げてそう答えるのが精一杯。綺麗だなんて一度だって思ったことはない。

いや、グレイバックに噛まれる以前の僕なら、じっと見とれたこともあったかもしれない。まぁ、そんな昔のことを覚えているはずもないけれど。



「やぁムーニー、夜のデートは楽しかったかい?」

談話室に戻るや否や、僕に気付いたジェームズがにやにやと笑いながらそう問いかけた。それを一瞥するだけに留め、談話室を通り抜けて男子寮へと向かう。彼はやっぱり笑みを浮かべたまま僕の後ろを着いてきた。

「なんだ、振られたのかい?」
「……なんで嬉しそうなんだよ」

ため息混じりにそう返せば、ジェームズが「僕が嬉しそうだって? まさか!」とおどけたように笑う。彼のいつものそれに内心うんざりしながら寮に入ると、そこには既にシリウスとピーターがいた。2人はピーターのベッドに座って、1枚の羊皮紙と睨めっこしている。僕とジェームズが部屋に入ってきたことに気付いてちらりとこちらを見たけれど、2人とも特に何を言うでもなくまたすぐに羊皮紙へと視線を戻した。どうやら忙しいらしい。今日出された課題になのか、次の悪戯の計画になのかは分からないけれど。

「ここ最近、よく2人でいるだろ。すごくお似合いだと思うけど」
「天文学を教えてるだけだよ。前のテストが悲惨だったってさ」
「天文学なら僕の方が成績は上だ。でも彼女は君に頼った────どういうことか分かるだろ?」

そう言ってじっとこちらを見てくるジェームズに軽く首を振る。もしかしたらそうかも、なんて期待は多少なりとも僕にもあった。けれども、もうそんな淡い期待を抱くことも難しくなってきたのだ。

「彼女は多分……気付いてる。僕の秘密に」

僕の落とした言葉で、途端に部屋の空気が重苦しいものに変わった。気付けばシリウスとピーターも羊皮紙から顔を上げてこちらを見ている。シリウスはまるでブラック家の話をしている時のような険しい顔をしていて、ピーターは分かりやすく心配の色を浮かべている。ジェームズはと言えば、きょとんとした顔で首を傾げていた。三者三様のその表情に、自分はどんな顔をしているんだろうと少しだけ気になった。まぁ、あまりいい表情でないことには違いない。

「どうしてそう思うんだい?」
「……よく月の話題を出すんだよ。それも2人の時に限って」

名前は同じ学年のハッフルパフの子だ。ホグワーツには珍しい東洋人で、おかげで彼女の黒髪は良く目立つ。入学前に両親の仕事の関係で日本からイギリスに引っ越してきたらしく、マホウトコロではなくホグワーツに通うことになったそうだ。

彼女とは薬草学の授業でたまたま同じグループに組み分けされて、その日をきっかけに仲良くなった。成績は全般的にあまり良いとは言えなくて、しばしば勉強を教えて欲しいと僕のところにやってくる。最近は天文学に手こずっているらしい。僕は僕で、彼女から聞く日本の話が面白くて好きだった。長期休暇の時には祖父母に会いに家族揃って日本へ帰国するらしく、その度に買ってきてくれる日本のチョコレートが楽しみの一つになっていた。

名前に会う前の日本人のイメージは"真面目で冷たい人達"というもの。だけど彼女はいい意味でそれを裏切ってくれた。親切で思慮深い、とても優しい子なのだ。そんな彼女と過ごす時間は穏やかで心地いい。好きになるのもあっという間だった。まぁ、彼女のオリエンタルな外見と、とっつきにくそうに見えて(これはナマエがシャイなせいだ)案外人懐っこいところに惹かれている男は僕だけじゃない。つまり僕にはライバルがたくさんいて、今はただ彼女の"友達"の枠にいるだけだ。

そして、この恋心もそろそろ潮時なようだ。

「直接言われたのかい?もしかして狼人間なの?って」
「まさか。君達だってそんな聞き方はしなかっただろ」
「リーマスの勘違いじゃないの?僕が見る限り、怯えているようにも見えないし」
「……半信半疑なのかもね。だから月の話題を出して、僕の反応を見ているんだよ」

────月が綺麗だね

この一ヶ月だけでもおそらく3回は言われただろうか。2人で夜空を見上げ、僕が星の名前と位置を教えて、そうして話が途切れたその隙を狙うように彼女はその言葉を吐くのだ。

消灯時間なんて来なければいいのに、とか。少しくらい彼女に触れてもいいだろうか、とか。そんな下心がむくりと顔をもたげた時に限って、その言葉は落とされる。まるで一線を引くように、僕を突き放すように、はにかんだその唇から残酷な言葉が紡がれる。

「注意するに越したことはないけど……話題に困って天気の話をするようなものかもしれない」
「それならいいんだけど。でも、どちらにせよ隠し続けるのは厳しい」

それは皆も薄々感じていたことだったらしい。誰も異を唱えなかった。

「分かってたことだろ。僕に恋愛なんて無理なんだよ」



名前の「勉強を教えて欲しい」をやんわり断るようになって、どれくらい経っただろうか。最初は5回に1回断って、少しずつその頻度を増やしていった。ジェームズ達の悪戯に付き合うのが忙しかったこともある。というか、彼らはわざと高頻度で誘ってくれていた。その証拠に、僕が名前に話し掛けられた時を狙うように「今日の夜、よろしくな」なんて口を挟んでくるのだから。

彼らは僕と名前を引き離すためというより「満月の日だけ用事があるのも不自然だから」敢えて彼女の前で僕が忙しいことをアピールしているらしかった。というか、本人達がそう提案してきたのだ。僕が一番恐れていることを、ジェームズ達はよく理解してくれている。彼女と離れてしまうことより、秘密がバレて彼女に避けられる事の方が僕にとっては堪える。いや、それだけならまだいいだろう。秘密が広まればこの学校にいられなくなる可能性だってあるのだから。


「今日はマネ妖怪ボガートについてだ」

その日は朝から闇の魔術に対する防衛術の授業があった。ハッフルパフと合同のそれにはもちろん名前の姿もある。ジェームズ達と陣取った一番後ろの席からは、彼女の後ろ姿がよく見えた。

「さて、ボガートが何か分かる人は?」

先生がガタガタ揺れるキャビネットを指さして、ひとりひとりに目線を配るように教室内を見回した。隣でシリウスが大きな欠伸をしているのを横目に、エヴァンスの「ボガートは形態模写妖怪です。人が一番怖いと思うものに姿を変えることが出来ます」と言う説明に耳を傾ける。

「よろしい。グリフィンドールに5点」

先生が満足そうに頷く。

「ボガートは暗くて狭いところを好む。このボガートは昨日、流し台の下に入り込んでいた奴を捕まえた。君たちには今からこれと対峙してもらう」

その言葉にクラス内が一気にそわそわし始めた。それまでつまらなそうな顔をしていたシリウスまで目を輝かせている。やっぱり座学よりは魔法を使える授業の方が皆好きなのだ。それも動かない物相手に魔法を掛けるより、魔法生物と対峙できる方がずっと面白い。

先生がボガートについて一通り説明をして、呪文の正しい発音や杖の動きについて教えるのを皆前のめりで聞いていた。その練習だっていつもより熱心だ。ここで憂鬱な気分に浸っているのは多分、僕くらいのものだろう。"人が一番怖いと思うもの"────それが何かなんて、ボガートが扮してくれなくとも分かる。あの忌々しい、青白く光りながら空にぽっかりと浮かぶ、あれだ。もしも皆の前でボガートが満月に姿を変えたら────そう思うと気が気ではない。「なんであんなものが怖いんだ?」と嘲笑を受けるだけならいいけれど。

「練習はこれくらいで大丈夫だろう。さぁ皆、キャビネットの前に一列に並んで────そう、一人ずつ行こう。最初は誰が行く?皆のお手本になって欲しい」

我先にと先頭に並んだのはシリウス、ではなくジェームズだった。先生がジェームズの肩に手を回し助言しているのを横目に、僕は名前の姿を探した。彼女は不安と期待が混ざり合ったような複雑な顔をしていて、友達とこそこそ話している。あまり自信がないのか、列の後ろの方に並んでいた。

「リーマス、君は一番後ろに並びなさい」

ふいに掛けられた言葉にびくりと震える。いつの間にか先生がすぐ傍まで来ていたのだ。どうやら僕の心配は既に想定していたらしく、気を回してくれたらしい。「後で私の部屋においで。個別でやろう」そう言って先生は僕の背中をぽんぽん叩くと、再びキャビネットの方に戻っていった。

授業は実に順調に進んでいた、と思う。ボガートはミイラや蛇、ゾンビに姿を変えては「リディクラス」の呪文と共に変な姿にさせられて、その度にどっと笑いが起こった。そろそろ名前の順番だな、と思って列の横から顔を出してキャビネットを覗き込んだ時、事は起こった。変身が連続して混乱したらしいボガートが逃げ出したのだ。

「あぁ、いかんいかん」

そう言いつつも先生はあまり焦ってはいないようだった。というのも、ボガート退治で一番有効なのは複数人で対処することだからだ。そうなるとボガートは何に変身していいか分からなくなって、「全く恐ろしいとは思えない」変な姿になってしまうのだ。

今この場にいるボガートもその通りになった。生徒達の横を通り過ぎながら大蜘蛛の足を持つトロールになったり、知らないおばさんの顔をした犬になったりと実にヘンテコな姿に変身し続けた。それまでずっと憂鬱な気分でいた僕も、下半身がナメクジになったフィルチを見て思わず吹き出してしまった。それでもボガートは逃げ続けて、それはついに僕の目の前にまでやってきた。

そうして、宙にぽっかりと満月が浮かぶ。

「っ、」

ぞわり。不意に冷水を浴びたみたいに、戦慄が身体を突き抜ける。すかさず先生が僕とボガートの間に入り、途端に満月は吸血鬼へと姿を変えた。「リディクラス」吸血鬼はメルヘンなメイドの衣装を身にまとい、教室にどっと笑い声が起きる。

「今日はここまでにしよう」

先生はそう言って、メイド服姿の吸血鬼をキャビネットへと押し込んだ。まだ授業の終わりまで時間があるためにあちこちで不満の声が上がったけれど、先生が撤回する様子はなかった。

クラスの雰囲気から察するに、誰一人あの満月を気にも留めていないらしい。それでも嫌な動悸が止まらない。僕はそっと名前の方に視線を移した。ほとんど無意識だったように思う。

そして、青ざめた顔をした彼女と目が合った。



それ以来、名前から声が掛かることは一切なくなった。恐れていたことが現実になってしまったのだ。意図して誘いを断っていた癖に実に自分勝手な話だが、それでも落ち込まずにはいられなかった。とは言え、彼女が周りに言いふらしていないだけでもありがたいと思うべきかもしれない。あの授業の後も、僕の周りでは何の変化も訪れなかったのだ。彼女の態度を除いて、だけれど。

これだけで済んで良かったんだ。そう何度も言い聞かせて、なんとか自分を慰める。そもそも、ホグワーツに通えただけでも幸運すぎるくらいなのだ。あまりに多くを望むのは、身の程知らずと言うものだ。ジェームズ、シリウス、ピーターという友人を得ただけでも身に余る幸福なのだから、そこで満足しておけば良かったのだ。

そう戒めるものの、そう簡単には気持ちを切り替えられないでいた。

「……はぁ」

談話室のソファに沈み、深くため息を漏らす。元々彼女のことは諦めていたつもりだったのに、どうやら本心では違っていたらしい。自分でも驚く程に今回の事は堪えていた。

「ため息つくと幸せが逃げちゃうわよ」

掛けられた言葉に顔を上げれば、目の前にエヴァンスが立っていた。彼女は僕の隣に座ると、近くにあったサイドテーブルを引き寄せてその上に雑誌を広げた。ちらりと見た感じ、どうやら通信販売のカタログらしい。既にいくつもの付箋が貼られているそれを、彼女は熱心に見つめていた。

「随分と買い込むみたいだね。パーティーでもするつもりかい?」
「ええ、今度の休みにハッフルパフの子達とね。名前に誘ってもらったの」

彼女の口から紡がれた名前に、途端に胸がざわついた。だけどそれを悟られないようになんとか平然を装う。

「それは楽しそうだね」
「ええ、とっても楽しみだわ!去年の冬から計画してたのよ!日本では秋にオツキミっていうのをするらしくって、名前が皆でやろうって言ってくれたの。彼女が準備してくれるそうなんだけど、全部任せるのも申し訳ないから私も何か持っていこうと思って……どれがいいかしら」
「……さぁ、彼女なら何でも喜んでくれると思うけど」

それからエヴァンスはカタログを捲りながらその"オツキミ"とやらについて教えてくれた。なんでも1年の中で最も空が澄みわたる季節に満月を眺めるという日本の行事だそうだ。

また月の話か、と嫌気がさしたのは言うまでもない。もちろんそれを顔に出す訳にもいかず、僕はなんでもないような顔をして「へぇ」とひとつ頷いた。

「名前から聞いたんだけど、日本人って月が大好きなのよ。月には兎が住んでいて餅つきをしているとか、月から来たお姫様の話とか、他にもたくさんあるの。面白いと思わない?」
「彼女から聞く日本の話は僕も好きだよ」

月の話で1人盛り上がり始めたエヴァンスに、どうにか話題を逸らそうとそう言葉を返した。しかし彼女は日本人と月について調べる事がここ最近の楽しみになっているそうで、良い話し相手が出来たとばかりに月の話を続けた。話を逸らすのではなく男子寮に行くべきだったと、そう気付いた頃には遅かった。

日本人は満ち欠けする月にこと細かく名前を付けているだとか。日本には太陽の神様がいて、その弟が月なのだとか。途中から僕が「へぇ」「ふぅん」「そうなんだ」だけで返事をしていることにも彼女は全く気付いていないようだった。

「それでね、私が一番好きな話があるんだけど、これがとってもロマンチックなの!日本の小説家が"I love you"を訳す時、何て言ったと思う?」
「……さぁ、なんだろう。それも月に関係するってことだよね」

エヴァンスは嬉しそうに「そうなの」と言って、それからうっとりとした顔で両手を組んだ。その顔はまるで恋する乙女、というか恋愛話で盛り上がる女の子のそれだった。彼女のその表情を見て、ジェームズがここにいたらきっと騒ぎ立てただろうな、とぼんやり考える。

「月が綺麗ですね、だそうよ」

────月が綺麗だね

名前の声が頭を過ぎる。いや、そんな、まさか。

「…………それは、日本では有名な話なの?」
「どうかしら?私は名前から聞いたから、知ってる人は多いんじゃないかしら」

エヴァンスの言葉に、勢いよくその場に立ち上がる。「ルーピン、どうしたの?」彼女がぽかんとこちらを見上げているのが分かって、ようやく我に返る。

「あっ、ごめん、……その、用事を思い出して」
「あら、そうなの?でももうすぐ消灯時間よ」

時計を見れば、消灯時間まであと30分もなかった。「ちょっと行ってくる」とだけエヴァンスに告げて、慌てて談話室を飛び出した。



近道のために隠し通路を駆使して、ようやくハッフルパフの寮の入口まで辿り着いたところで僕は途方に暮れていた。寮への入り方が分からないのだ。目の前の山積みになった樽を叩くということは知っているが、どれをどう叩けばいいのかまでは知らない。失敗するとビネガーを頭から被る羽目になるそうだが、もちろんそんなのはごめんである。するとそこへ1人のゴーストが現れた。太った修道士────ハッフルパフのゴーストである。

「これはこれは、グリフィンドールの生徒じゃないか。こんな時間にどうしたんだい?」
「丁度よかった!あの、名前・苗字に用があるんど……良ければ呼んでもらえないかな?」
「あぁ、名前か。うん、いいだろう。ちょっと待ってなさい」

そう言って樽の中へと姿を消したゴーストを見送ったあと、僕はもどかしさのあまり寮の入り口の前を何度も往復した。消灯時間まであと二十分と言ったところか。話す時間として十分とは決して言えない。正直に言えば、僕自身は消灯時間を破ることには慣れている。だけど名前は規則を破るような子じゃないから、中途半端に話が終わってしまうかもしれない。いや、まず僕と彼女の間に変な壁が出来てしまっている以上、会ってさえくれないかもしれない。

というか冷静に考えれば、明日にすれば良かったのだ。その方が話す時間も十分に取れるし、卑怯な手ではあるけど待ち伏せすることだってできる。だけど、いても立ってもいられなかったのだ。

────月が綺麗だね

そう言って彼女がはにかんでいた理由がようやく分かったから。

しばらくして、樽の奥からごそごそと音が聞こえてきた。それに思わず心臓が跳ねて、どくどくとうるさい鼓動を自覚しながらじっと樽の山を見つめる。すぐにその内のひとつがぱかりと蓋を開いて、そこから名前がひょっこり顔を出した。

「良かった、来てくれないかと……」
「あの、リーマス、ごめんなさい。私、あなたに謝らなきゃいけないのに……」
「いや、むしろこれから僕が謝ることになる。ごめんね、先に謝っておくよ」
「……えっ、と?」
「行こう」

消灯時間を破ることになるから、というのは言わずにおいた。ずるい話だけれど、言ってしまったら来てくれないだろうと思って。困惑している彼女を他所に、その手を引いて歩き出す。「行こうって、どこに?」戸惑いつつも素直に僕の後を着いてきてくれる名前を振り返る。

「天文台だよ」



目的の場所に着いた頃には消灯時間まであと十分を切っていた。つまり、戻る時間を考えると門限破りはほぼ確定である。名前はそれを酷く気にしていたけれど、「隠し通路を知っているから誰にもバレないように送り届けるよ」と約束すれば少し安心したようだった。

「リーマス、私、すごく無神経で……本当にごめんなさい」
「どうして謝るの」
「だって、……あなたは月が、その、嫌いなのに。私ったら何度も」
「ううん、気にしないで。それよりも今は嬉しさの方が何倍も大きいから」
「えっ……もしかして、リリーから何か聞いた?」

彼女の言葉には分かりやすく焦りが滲み出ていて、思わず笑ってしまった。名前は「ねぇってば」と不満げな顔をしてみせたけれど、その表情には恥じらいの方が色濃く出ていた。そんな彼女を愛おしく思いつつも、そっと視線を外し夜空を見上げる。ここから星を見たことは何度もあるけれど、今日はいつも以上に美しく思えた。その星達の群れに混じって、青白く光る三日月が浮かんでいる。

今なら日本の小説家が I love youをなぜあんな風に訳したのか分かる気がする。好きな人と見る景色は、それがどんなに平凡なものだろうと美しく見えるものなのだ。そしてきっと名前も今の僕と同じように思ってくれたのだと思うと、これ以上ない喜びが身体を満たしていく。

「月が綺麗だね」

そう言って名前に視線を戻せば、彼女はとてもびっくりしたように目を丸くしていた。それからいつものようにはにかんで言った。

「えぇ、とっても」

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夢の通い路