21.きみがみた幻日


「──、」


 微かな声が聞こえた気がして、意識の中に細い光が射し込む。しかし眠気が強い。その光に気付かないふりをし、意識に蓋をする。


「⋯⋯名前」


 まただ。また、閉じた意識に光が射し込む。何だろう。いや、誰だろう。まだ寝ていたい。というか起きられない。瞼が重い。身体が怠い。あと半日は余裕で寝られる。


「──名前」


 何度もわたしを呼ぶ声。そしてむにりと頬を潰される感覚に、わたしは不機嫌に「んん⋯⋯」と唸りながら辛うじて片目だけを数ミリ開けた。

 その隙間から、光が網膜を刺激する。
 眩しい。何故こんなに眩しいのだろう。まるで太陽の光にでも照らされているみたいだ。


「名前」
「⋯⋯か、ず⋯⋯?」


 目の前にあったのは一也くんの顔。わたしは漸く両目を開き、眩しさに目を細めながらぱちぱちと瞬く。


「⋯⋯ふふ、一也くん。そっかまだ夢なんだ⋯⋯いい夢」
「は⋯⋯、夢?」
「夢の中で夢を見てるってこと、たまにあるもんね。おかしいくらい眠いし、きっとまだ夜中⋯⋯夢ならちょっと甘えてもいいかなあ⋯⋯ね、ね、抱っこして、一也くん」
「ぷ、くく、寝惚け過ぎ⋯⋯名前のことならずっと抱きしめてるし、つーか夢じゃねぇし」


 額にこつりと触れたのは彼の額だった。やけにリアルな感触だ。そう、夢にしてはやけにリアルなのだ。

 ここでひとつの疑念が浮かぶ。
 ⋯⋯もしかすると、もしかしなくても。夢じゃ、ない?

 恐る恐る彼の双眸を覗き込む。わたしの不安を感じ取ってか、目が合った彼は面白そうに笑んだ。


「おはよ」
「おは、よう⋯⋯ていうか、え⋯⋯朝⋯⋯?」


 視線を巡らす。自分の部屋だ。太陽を受け、カーテンの端から光が漏れている。ああ、この感覚。これは確かに、現実だ。

 意識が現し世にリンクしたところで、自分の身体へと意識を向ける。

 身体がぬくもりに包まれている。見ると彼の太い腕に腕枕をしてもらっていた。お互い見える範囲の素肌は出ていて──というかこの感じ、わたしは服をひとつも纏っていない──、酷く重たい頭で寝る前のことを懸命に思い出す。

 ⋯⋯そうだ。あのあと寝ちゃったんだ、たぶん。体感としては、あれからまだ三十分くらいしか経っていない。そう思うほど身体に眠気と怠さが残っている。しかしカーテンの明るさは確かに朝なのだと告げている。

 現状把握に苦戦するわたしのこめかみに、彼の手のひらが重なる。そのまま後頭部に向けゆっくり撫でるように髪を梳かれた。心配そうな視線を向けられる。


「⋯⋯昨日は無理させちまったな」
「ううん⋯⋯すっごく幸せだった。でもそれを台無しにするほど盛大に寝惚けたのが恥ずかしい⋯⋯」
「ぷぷ、うん、そうだな。なぁもっかい言ってみろよ、抱っこして〜〜〜って」
「くぅ⋯⋯」


 やめてほしい。恥ずか死ぬ。とても顔など見せられなくて、素肌のままの胸板に顔を押し付ける。彼は笑いながら、わたしに回した腕に力を入れぎゅうと抱き寄せてくれた。

 きっと、こうして、ずっと。
 わたしのことを、抱きしめていてくれたのだろう。


「⋯⋯一也くん、ずっとここにいてくれたんだね」
「俺がいたかったんだよ。あんな可愛い寝顔見せられて寮戻るとか無理だし」
「ふふ、やだ、わたしよだれとか寝言とか⋯⋯」
「ああ、それは大丈夫だったけど」
「⋯⋯けど?」


 そこに何かしらの含みを感じ、再度恐る恐る顔を上げ、彼の瞳を窺う。これは、何事かをしでかしてしまったに違いない。一体何をやらかしたのか、自分の事ながら聞くのが怖い。


「お前、寝相悪りーな! はっはっはっ」
「ひぃ⋯⋯」


 恐れていた事実がついに露呈してしまい、わたしは両手で顔を覆った。寝相の悪さに関しては幼少期からのお墨付きなのだ。


「つ、ついにバレちゃった⋯⋯」
「前一緒に寝てた時は名前熱出してたしなー、具合悪くてそれどころじゃなかったんだろ。寝相にそれどころとかあんのか知んねぇけど」
「高校生になっても全然直んなくて⋯⋯ほんとごめんね、怪我しなかった? 蹴られたとか殴られたとか」
「はははっ」
「いや笑うんじゃなくて⋯⋯」


 質問には答えてくれず、彼はお腹を抱える勢いで笑っている。こんな反応をされては、逆にどんな寝相だったのか聞くのが怖い。


「あー、思い出すだけで笑えるわ。はは」
「もう⋯⋯じゃあ辛いときにでも思い出してあげてね。わたしの寝相も浮かばれるし」
「そーする。それはそうと、だいぶ目ぇ醒めてきたか? 無理に起こして悪かったな。好きなだけ寝かしといてやりたいとこなんだけど、朝練行けなかったらお前ヘコみそうだし⋯⋯女の子は準備に時間かかんだろ」


 俺たちは起きて顔洗って着替えるだけだから、五分もあればお釣りくるぜ。

 そう言う彼に笑ってから、ぬくぬくの掛け布団から腕を出し、スマホを手に取る。一回目の目覚ましが鳴ったあとだったようで、目覚ましの音で彼を起こしてしまったのだと知る。

 まったく、自分は起きなかったくせに。


「この音で起こしちゃったんだね。わたしいつも一回じゃ起きれなくて、十分くらい戦うんだよ。一也くんは寝起きいいほう?」
「俺? んー、どうかな、悪くはねぇと思うけど。俺らは同室者いるから、そのへんの兼ね合いもあるしな」
「そっか、確かに⋯⋯あの、ところで一也くん。つかぬことをお聞きしますが」
「ん?」
「その⋯⋯コレは⋯⋯」


 先程からわたしの太腿に当たっている彼のモノに、ついにごにょごにょと言及する。だって、硬いのだ。どう考えても通常状態ではない。

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