緑を青と呼ぶわけを



 類稀なるオフの日の昼下がり。
 青心寮五号室にはどこかだらけた、しかしそれでいて特別な空気が流れていた。野球をしていなくてそわそわしてしまう気持ちと、滅多にない貴重なこの時間を如何に有効的に活用してやろうかという意気込みとが混ざり合うような。

 そんな折、倉持のスマホにメッセージが一通。それを確認した倉持は、徐ろにベッドから起き上がる。床に転がり漫画を読んでいた沢村の脇腹を爪先でつついた。


「沢村お前、ちょっと出てけ」
「⋯⋯はい?」
「いーから出てけオラ」
「イテッ⋯⋯何すか人がせっかく寛いでんのに?!」
「オメーはいつだってどこだって寛いでんだろ。一人になりたくなったんだよ、いーから出てけ」


 話している最中に威力を増した爪先にゴリゴリと脇腹を抉られ、「横暴! 暴力反対!」と騒ぎ立てる沢村を見下ろして、冷たく一言。

 
「夜飯まで帰ってくんなよ。帰ってきたらマジブッコロ」


 まさに人ひとりくらい簡単に殺められそうな倉持の形相に、沢村は従うより他なかった。





 ノックのあと、倉持の返事を確認してから開いたドア。先程のメッセージの送信者である名前は、「お疲れさまー、ちゃんと休養日してますかー?」と顔を覗かせた。そして、ベッドの上に寝転んでいる倉持の姿を認め、安堵の息を吐く。

 よかった。ちゃんと休んでる。

 休養日なのに、放っておいたらすぐに自主トレだの何だのを始めてしまう部員たちが多くいる。今日は肉体的な回復を図る日なのだ。ほいほいと自主トレなんてされては──そしていつもの癖でつい追い込んでしまいでもしたら──休養日の意味がなくなってしまう。

 だから、“ちゃんと”休養日をやっているかと問うて入ってきたのだ。
 
 
「⋯⋯って、あれ? 沢村くん不在?」
「おう、追い出した」
「あ、そうなんだ(?)」


 返事をしてから数秒後、“追い出した”というワードに違和を覚えたものの、同室者同士のあれこれにはあまり首を突っ込まないことにしている。ゆえに、「沢村くんの分もお菓子買ってきたんだ、あとであげてね」と言うに留めた。

 そんな台詞を吐く名前を、ベッド柵から顔を出した倉持が呆れた眼差しで見遣る。

 
「ハァ、呑気なもんだよな」
「? 何が?」
「教えてやるからちょっとこっち来い」
「うん?」


 手招きされるがままに、倉持の居座るベッド上に手を付いた、その瞬間だった。


「⋯⋯っ」


 くるりと視界が反転して。
 瞬きの合間に、覆いかぶさる倉持の腕の間に収められていた。思いがけず真面目な表情をした倉持が真上にいて、名前は静かにこくりと喉を鳴らす。
  

「沢村の分もって、お前、どういうつもりで来たんだよ」
「どう、いう⋯⋯って⋯⋯」


 倉持の言わんとすることはすぐに理解できた。なぜなら、名前だって。多少なりとも期待していたから。でも同室者がいるから。そもそも寮だから。そうやって心に保険をかけて、あたかも「純真な気持ちで遊びに来た」姿を装って。

 そんな己の深層意識に今更ながら羞恥心を刺激され、頬にじわじわと赤みが集まってくる。脳裏を巡るのは多忙な日々だ。毎日会える。話せる。触れようと思えば触れられる。けれど。“名前と倉持の関係”が求める距離には程遠い。
 
 そういう場所で毎日を生きている。

 “そういうつもり”がないわけ、ないではないか。

 気付けば真っ赤に染まっていた頬ごと、両手で覆う。だが、顔全体を隠した手は倉持により難なく解かれてしまう。形ばかりの抵抗をみせながら簡単に組み敷かれていく。
 
 この場を支配しているのは、紛れもなく若さ故の性急さだ。しかしどちらもその存在にすら気が付かず、そのくせ“それ”に興奮が昂っていく。
  
 ばさりと脱ぎ落とされる倉持のシャツ。惜しげもなく露わになった肉体を見上げて、ぽつりと呟く。
 

「⋯⋯身体、おっきくなったねぇ」


 腹筋すごい、と。
 軽く撫でられた指先に、倉持を駆け巡ったのは確かな快感。擽ったさにも似た感覚のくせに、どうしようもなく男根を疼かせてくる。舌打ちをしたくなる。否、無意識にしてしまっていたかもしれない。お返しとばかりに、呑気な首筋に軽く歯を立ててやる。名前はびくりと身体を震わせた。

 
「っん、」
「感心してる場合じゃねぇぞ。つーかいつも見てんだろ、アンダー替える時とかよ」
「だって、こんな近距離でまじまじと⋯⋯ていうか何か話してないと、恥ずかしくて⋯⋯」


 照れ隠しで無駄に口数を増やしてしまう。求めているのに。甘美な雰囲気に心が妙にざわめいてしまって、誤魔化すように、言葉を発してしまう。

 もっと可愛く素直に甘えられたら。

 そう思ったりもするけれど、何分慣れていないので仕方がない。そう自分に言い聞かせている。

 そんな心地で目線を下げる名前に、倉持は隈無く口付けを落としていく。それは文字通り、くまなく、だ。頬も、額も、耳朶も、首筋も。恥じらう名前も可愛い、なんて。とても言葉にはできないから。だから。
 
 倉持とて、名前の気持ちはわかるのだ。それこそ手に取るように。きっと名前がこういうふうになっていなければ、逆に倉持が無駄に口数を増やし、必要もないからかいなどをしてしまうのだ。


「っあ、ん⋯⋯や、ぁ」
「声出すんじゃねぇぞ、どこに誰いるかわかんねぇんだから」
「ん⋯⋯っぅ」


 一気に背徳感に包まれる。
 その感覚により一層欲情を掻き立てられているのだとも知らずに。
 
 暑い部屋の中、濡れた肌がどろどろに溶け合うように身体を重ねた。日頃の隙間を埋めるように。
 
 しかし現役男子高校生、それも鍛え抜いた強豪野球部の体力に、名前の身体は耐えられない。

 何がどうなったのか、途中からよく覚えていない。だが確かに愛されたのだという痕跡だけが、ただひたすらに残っている。


「⋯⋯⋯⋯休養日なのに⋯⋯」


 辛うじて絞り出した恨めしそうな呟き。くたりと力の入らない身体を横たえて見上げると、「? 休養日だっただろ。体力ねぇな」なんて普段通りの調子の揶揄が飛んできて、呆れながらも笑みを落とした。
 
 
 
 

◆緑を青と呼ぶわけを◇

オフの日に五号室でイチャイチャするおはなし