はざまに立っている



「ったく最近の高校生はよ⋯⋯」


 陣平は溜め息混じりに零していた。
 改札から地上へと続く駅の長い階段。仕事を終え草臥れた身体に最後の鞭を打ち、これを上りきればビール、と見上げた先で、ひらりと揺れた制服のスカート。この長い階段の高低差があってもなお下着が見える丈というわけではないのだが──つまり、まぁ一応は一般的な女子高生のスカート丈なのだろうが──、その際どいラインに無性に苛ついてしまった。


「もっと自重しろ、自重をよ」
 

 名前の姿に重なって、苛ついてしまったのだ。

 その時、壁の掲示物でも気になったのか、彼女が横を向いたことで横顔が目に入る。その瞬間、陣平は足を掛けたばかりの段差を踏み外しそうになった。


「って、似てると思ったら本人かよ」


 鞭を打たねばならなかったはずの草臥れた身体で、大股で段を飛ばしながら駆け上がること数秒。瞬く間に名前に追いついた陣平は、気付けばその後頭部に手刀を落としていた。

 
「ざけんな馬鹿」
「痛っ?!」


 上がったのは小さな悲鳴。それからすぐに、後頭部を押さえ振り返った名前。その顔には突然の手刀に対する恐怖と、そして「すぐに大声で叫んでやります!」というおっかなびっくりとした気合いが浮かんでいた。

 目が合って、ぱちくりぱちくり。
 
 まるで陣平が本物であることを確認するかのように何度も瞬いた名前は、それからようやく口を開いた。
 
 
「え⋯⋯あれ、陣平くんだ」
「おう。何してんだよ、こんな遅ぇ時間に。一人で危ねぇだろーが」
「今日塾の日だもん」
「あ? そーだっけ」


 確かコイツの塾は金曜日⋯⋯と思い出してはみるものの、そもそも今日が何曜日なのかぱっと出てこない。頭の中でカレンダーを立ち上げ始めた陣平を見上げ、名前は口を尖らせた。
 
 
「今日の曜日は結構どうでもいいんだよ。そんなことより、ほんとにびっくりしたんだからね、絶対不審者だと思った⋯⋯せめて先に声かけてよぉ」
「いやなんか、腹立って」
「な、何に⋯⋯?」


 ただ歩いてただけなのに、と納得できなさそうに眉を寄せる名前を見下ろして、陣平は陣平で眉を寄せる。ぴしりと人差し指でスカートを指した。


「ソレ。短過ぎ。前はもっと長かったじゃねぇか」
「そう? みんなこれくらい、っていうかわたしは寧ろ長めだけど⋯⋯」
「それで長めとか基準がオカシイんだよ、長ぇっつったらスケバンくらいじゃねぇと」
「? スケバンって何?」
「はぁ? 知らねぇのかよ?!」
「うん、初めて聞いた」
「マジで」


 これがジェネレーションギャップか──言うほど歳は離れていないが──、と内心で頭を抱える陣平を余所に、名前はぶつぶつとひとり零す。

 
「うーん、短いの、可愛いかなぁって思ったんだけどな」
「あん?」
「⋯⋯ううん、こっちの話」
「?? ⋯⋯ま、とにかくアレだ、最初の振り返りざまの今にも叫び出しそうな心構えと面構えはよかったぜ」
「彼氏が警察官で日々教育を受けてますから。まぁ犯人もその警察官の彼氏だったんですけれども」
「犯人とか言うな」
「陣平くんのせいだもん」
 

 けたけたと笑う名前の頭に、荒っぽくぼふっと手を乗せる。ついでにひと撫でしてから、思いつきを口にしてみた。

 
「そーだ、受験勉強の息抜きになんか食ってくか? 帰り送るし」
「えっ、ほんと?! わぁい!」
「あ、でも塾の日は駅まで親が車で迎えに来てくれるんだったか」
「うん。でもまだ家出てない時間だから、寄り道するって連絡したら大丈夫! ね、ね、向こうにこの間出来た夜パフェのお店行きたい! カップル限定メニューあるんだって!」


 反射的に「夜パフェだ?」と口を衝きそうになった。性分なのだ。しかし、うきうきとした名前の表情を前に既で踏みとどまることが出来てよかったと思う。この笑顔を例えいっときでも曇らせることがなくて、よかった。 


「嬉しいな、こんなに格好良くスーツ着た陣平くんと制服でデートなんてドキドキしちゃう」
「俺は捕まるんじゃねぇかヒヤヒヤしちまうわ」
「大丈夫だよー、やましい事してないし、陣平くんが警察官なんだから」
「いや警察関係者ってとこがヤバいポイントなんだよ」
「ふふ」

 
 可笑しそうに笑う名前の顔に、陣平はいつしか、己の肉体に鞭を打つどころか疲れを忘れていることに気が付くのだった。


*
 

 名前の望んだ店で席に着こうとした、その時のことだ。陣平は思わず名前を二度見していた。そして咄嗟に制止をかけていた。

  
「うおいコラ、ちょい待て」
「ん?」
「もっぺん屈んでみろ」
「? こう?」
「ざけんな馬鹿、アウトだアウト」
「えっ、何???」


 指示に従ってみた途端、本日二度目の「ざけんなばか」である。訳もわからず罵られた名前は、巫山戯てもいなければ馬鹿でもないもん、と唇を尖らせ上目で陣平を睨める。そんな名前を負けじとじっとり見遣ってから、陣平は自身のワイシャツの首元を指差した。

 
「ここ、てっぺんまできっちり締めとけ。谷間見えんぞ」
「えっ、わっ、そうだった、移動中暑くて開けてたの忘れちゃってた! 屈んだ時危なかった?!」
「アウトだっつったろ。気を付けろ」
「ひ〜〜んごめん、学校ではこんなことないから⋯⋯!」
「どーだか」
「ほんとだもん〜〜〜」


 慌ててボタンを留める名前の焦りようは、本当に失念していた様子に見える。日頃陣平があれこれ口酸っぱく注意をしているからか、普段の名前は、陣平がいないところでも気を付けてくれているのだろう。

 俺だってまだ見てねぇのに、他の男の目に晒されて堪るかよ。

 こんな陣平の本心に、名前が気付いているかは定かではない。





 カラン。軽やかな鈴の音に見送られ店を出る。名前はゆっくり夜空を見上げて、ぽそりと呟いた。
 

「あーあ、せっかく会えたのにもうバイバイの時間かぁ」
 

 まるで陣平を引き留めでもするように、ぎゅ、と名残惜しそうに腕が絡む。こういったことに関しては案外控え目な名前にしては珍しいスキンシップだ。

 すると当然のように、やわらかい──非常にやわらかい──胸がむぎゅ、と陣平の二の腕にあたる。その感覚に反射的に視線を遣ると、先程きっちりと閉じたはずのブラウスの胸元が、服の上からでも分かるくらいむぎゅりとかたちを変えていた。

 先程見てしまってから脳裏にこびりついている、もっちりとした谷間が嫌でも想起されてしまって。
 
 陣平は無言で天を仰いだ。

 
*
 

「──ってなことがここ数ヶ月、会うたびあってよ」


 故意的なのか、遇発的な産物なのか。
 名前の言動からはどちらとも取れてしまって、悶々としてしまう。したところで何も変わらないのに。気持ちが勝手にヤキモキしてしまうのだ。

 そのせいか普段の仏頂面に輪を掛けた陣平のことを、警察学校時代の同期達が物珍しそうな表情で囲んでいる。

 とある行きつけの居酒屋の一角だった。


「何の話かと思ったら」
「な、珍しい」
「で、それ、陣平ちゃん的には何が問題なわけ? 周りの男の目? それとも外でムラムラしちゃうのが困るっつーしょうもない話?」
「はあ?」
「だってただ名前ちゃんが可愛いって惚気話をしたいわけじゃないだろ」 


 話の本質を待つ皆の目が、陣平を見つめている。些か躊躇してから、それでも陣平は口を開く。

 
「⋯⋯俺はアイツが未成年のうちは何もしねぇって決めてんだよ。なのにアイツ、俺の気も知らねぇで──」


 その瞬間、同期達がめいめいの表情を作る。「松田が?!」「我慢してるのか?!」「ワハハ、どこにそんな理性隠してやがったんだよ」「エッ、ちゃーんと大人やってんじゃん、偉いなー」などと好き勝手口々に言うものだから、陣平の堪忍袋の緒は容易に切れた。
 

「オイ、全員その顔のまま一列に並びやがれ。順番に殴ってやる」
「俺もう殴られてんだけど⋯⋯」


 問答無用でただひとり拳を食らっていた萩原を苦笑いで宥めてから、諸伏と降谷が順に口を開く。


「まあまあ、落ち着いて。茶化されるって分かってんのに俺らにこんな話するってことは、相当参ってるんだよな、松田も」
「あ、さてはお前、彼女に言ってないだろう。未成年のうちは“そういうこと”をしないって」


 これを頬杖をついて聞いていた伊達が、片手で枝豆を摘み上げながら言う。

  
「あー、それで彼女も痺れを切らしてきてるかもってワケか。年頃の女の子だしな」
「班長はワザとだって思うのか?」
「その可能性も十分あるよなってだけだ。まぁまずはちゃんと話すこったな。相手のこと大事にしてるっつーことなんだからよ」
「⋯⋯」


 名前が大事だ。大切に思っている。
 だからこうして、同期に柄でもないことを打ち明けてしまうくらいには懸命に我慢しているのだ。

 兎にも角にも、こうなったのも全て。
 
  
「⋯⋯アイツがぴちぴちもちもちしてんのが悪りぃんだよ」
 

 ぴちぴち、もちもち。
 陣平からは到底出なさそうな擬音に、全員が揃って笑う。少し辛抱したものの笑いは一向に収まらず、終いには目尻に涙さえ滲ませている萩原の額を、陣平のデコピンが弾く。


「笑い過ぎだっつの」
「ハハ、ワリーワリー。ま、俺らはここまでちゃんと頑張った陣平ちゃんの理性、応援してるぜ」
「やる時はやる男だよ、松田は」
「へーへー、ありがとよ」


 いらないネタを提供してしまった気もするが、それでもコイツらに話したおかげで、最後まで守れんだろうな。

 そんなことを、思うのだ。


[はざまに立っている]
 

高校生ヒロインの言動に悶々とする警察官彼氏松田のおはなし