愛が語りかけてきた


「可愛いねえ」
「ああ」


 愛娘の寝顔をやわらかく見つめながら、陣平と小声で会話を紡ぐ。寝る前のこの時間が、名前はとても好きだ。


*


 今日は、名前と娘、二人で買い物に繰り出していた。土曜日だが陣平は仕事だ。不定期な非番は暦の休日と被らないことも多い。大型ショッピングモールの中を、母と子二人、手を繋ぎ歩く。

 そんな折、ふと店頭にディスプレイされている洋服が目に付き、名前は明るい声を上げた。
 

「わー、見て見て、大人と子どもでお揃いのデザインだ! 可愛い!」
「ほんとだー! ねえママ、いっしょにきよう?!」 
「もちのろーん! 喜んで!」
「きゃはは、また“はぎ”のまね」
「ふふ」


 服を買う予定はなかった。が、きらきらした眼差しで見上げられ嬉しそうに言われると、脊髄反射のように返答していた。

 別に教え込んだわけでもないのに、成長とともに自然とファッションに興味を示し出した娘との買い物は、とても楽しい。


「あ! みて、こっちにおとこのひとようのもあるよ、おそろいの! おとうさんにいいんじゃない?」
「うわほんとだ! 買おう!」
「あ、でも⋯⋯このあいだ、やだっていわれたんだった⋯⋯おそろい、やなのかなあ」


 しゅんと俯く娘の頭を撫で、名前は穏やかに「ううん、多分ね──」と言葉を紡いだ。






 
 娘の就寝後に帰宅した陣平に、「見て見て、今日買ったの! お揃い可愛いでしょ」と店を広げる。

 ふうん、と流し目で名前の掲げる衣服を捉えた陣平は、そのまま視線を彷徨わせ何かを探す素振りを取った。
 
 
「⋯⋯? どうかした?」
「今回は俺のはねえの?」 
「え⋯⋯だってこの間、水族館でみんなでお揃いの靴下買わない? ってなった時、速攻で『俺はいい』って言ってたから、嫌かと思って⋯⋯」
「そりゃオッサンがあんなきゅるんきゅるんなイルカの靴下履いてたらひくだろーが。別に揃ってんの自体が嫌なわけじゃねえよ」
「えー?」
「⋯⋯まあ、ちょい恥ずいけど」
「ふふ」


 少し不貞腐れた表情の陣平に笑みを向ける。おおかた面映さと、靴下を買わなかったことによる思いもよらなかった疎外感との間で戦ってでもいるのだろう。

 ──可愛い人だ。

 陣平に内緒でほっこりと胸をあたためてから、名前は隠していた包を引っ張り出した。

 
「⋯⋯なーんて、今日はちゃんと陣平くんのも買ってありまーす!」
「⋯⋯は?」


 きょとりと目を開く陣平の反応に笑いながら、「ね、開けてみて」と包を渡す。

 昼間、店の陳列棚を前に俯いた娘に、名前は言ったのだ。


「お父さんはね、お揃いが嫌なわけじゃなくて、ただ小っ恥ずかしいだけなのよ。それに、この間のはちょっと可愛いデザインだったから」
「? 恥ずかしいの?」
「あ、うーん⋯⋯“恥”っていうより、照れちゃうって言ったほうがいいかな。お父さん、ほら、素直が苦手だから」
「すなお?」
「可愛い! 好き好きだ〜〜い好き! ぎゅー! ちゅ〜〜〜! とか」
「はー、それはおかあさんだ」
「あはっ」 
「じゃあおとうさんのもかってくれるの?」
「うん」
「やった!」


 刹那、ぱあっと咲いた笑顔に、名前までもが自分のことのように嬉しくなったものだ。

 その時を振り返っている名前の横で、陣平は中身を見て「お、普通に着れるな」と若干安堵した顔をしている。
  

「次のお休みの日に皆で着てどこか行こうね」
「⋯⋯おう」
「あはは、やっぱりいざとなるとちょっと照れちゃうんでしょ」
「ワリーかよ」
「ふふ、いいえ、とても可愛いと思います──あいてっ」


 脳天に軽い手刀。茶化すなと言われているのだ。返事代わりに肩を竦めてみせてから、「そろそろ寝ようか」と寝室に移動する。

 すやすやと寝息を立てる娘の顔を囲む。前髪をそっと払うと、細く柔らかな髪がするりと動く。まあるい額が愛くるしい。自然と笑みが落ちる。陣平の方へ視線を動かすと、彼もまた、特別仕様の穏やかな瞳で娘を見つめていた。
 

「こんないいヤツに育ってんの、名前のおかげだよな。職場で話聞いてっと、『おとうさんいらなーい』だとか『ままはなんでぱぱなんかとけっこんしたの?』だとか、散々に言われてるヤツ結構いてよ。名前は絶対そういうこと言わねえし、態度にも出さねえから、コイツも言わねえんだよな」
「いやいや、陣平くんのおかげだよ。陣平くんがいつもわたしとこの子を大切にしてくれるから、だから⋯⋯」
「いーや。お前のおかけだね」
「いーえ。陣平くんです」


 ばちりと目が合う。ばち、ばち。数秒無言で火花を交えて、それから同時に肩を揺らす。
 
 
「ふふ、相思相愛みたいで照れちゃう」
「バァーカ」


 恋とは違う。
 この気持ちは、紛れもなく愛だと思う。

 この記憶を持って歳を重ねられることは、とてつもない幸福だ。名前の人生において家族の記憶はあまりにもぬくく、大き過ぎる。愛に満ち満ちていて、幸福で胸が張り裂けそうだ。

 まだふっくりと幼児の名残のある頬をそっと撫でる。
 

「可愛いねえ」
「ああ。名前に似てる」
「え⋯⋯え?!」


 よく分からない小さな唸り声をあげてしまった。それはつまり、言外に名前も可愛いと言ってくれているってことですか。合ってますか。赤らんだ頬で陣平を見るものの、澄ました顔をしており当人は全く意識していなさそうである。

 それはさておき、娘が可愛いという点に関しては、何百回と口にしたか分からないが双方完全同意だ。
 
 
「⋯⋯この子が小学生になったら、わたし仕事辞めて毎日学校まで送迎しようかな。米花町を一人で歩かせるの不安すぎるよお、なんせこんなに可愛いから⋯⋯」
「俺が毎日やるぜ? パトカーでよ」
「はい採用〜〜〜!!!」
 

  
[愛が語りかけてきた]

「宵恋を編む」if、娘が出てくるおはなし