朝って案外遠くてさ



「よしじゃあいくよ、最初はグー、じゃんけんぽん!」


 ちいさな拳と。ゴツゴツの掌。
 突き合わされたその組み合わせに、名前は頭を抱える。
 

「ま、またあいこ⋯⋯?!」
「ラッキー。ほら、早く入ろうぜ」


 可笑しそうに笑った御幸は、早々にシャツを脱ぎ始めている。バスルームの前で佇む名前は、その鍛え上げられた肉体を前にして考えていた。 

 なぜ数ヶ月前の自分は、こんなルールに軽い気持ちで同意してしまったのだろう。
 
 ホテルに来ると毎回、互いにシャワーの順番を譲りあってしまうから、じゃんけんで勝った方が先にシャワーに入り、あいこの場合は一緒に入る、だなんて。

 だって確率的には等しくバラけるはずなのだ。なのに。

 なんと今日まで、全戦あいこである。

 
「ねぇ何か細工してるよね?!」
「じゃんけんで何をどう細工すんの?」
「それはほら、わたしが寝てる間に暗示かけてるとか、常人離れした動体視力でわたしの動きを見切って常人離れした反射神経で同じの出してるとか⋯⋯」
「二個目のは細工じゃなくてただの俺の力だろ」
「えっ、じゃあほんとにわたしの出すのを見切ってるの?」
「さあ?」


 だなんてとぼけてから、一向に服を脱ぎ始めようとしない名前に「どーする? 脱がせてやろうか?」と意地悪な笑みを向けてくる。


「いえ! 遠慮します! 今日も先に入ってて! 目瞑っててね」
「はいはい。じゃ、待ってるぜ」


 憚りもなく衣服を脱ぎ去り、さっさとバスルームに入っていってしまう。閉まったドアを見つめて、むうと唇を結んでいた。いつも手玉に取られているようで、悔しい限りである。




  
「お邪魔シマス」
「どーぞ」


 バスタブの中で名前を待っていた御幸は、ばっちりと両目を開けてにこやかにこちらを見ていた。「約束が違う!」と騒いでいると、腕を掴まれ、引き寄せられる。
 
 ちゃぷ、と滑らかな水が肌を滑って。弾力のある筋肉に後ろからやさしく包まれる。腹部に両腕が回って、頭に顎が乗る。

 思わず、深い吐息を吐き出していた。

 なんて心地よく、落ち着くのだろう。何だかんだ言っても結局絆されてしまう。いや、何だかんだ言いながら、結局は名前も“あいこ”を期待しているのかもしれない。


「なあ、今日はこれ使ってみようぜ」
「⋯⋯ローション?」
「そう。初めて?」
「うん」
「俺も」


 御幸の掌に、とろりと。無色透明で粘稠度のある液体が流れ落ちる。それを纏った五指が、そっと名前のうなじを撫でる。
 

「⋯⋯っ!」


 びくんと身体が跳ねてしまった。普段得ることのない感覚だ。酷く擽ったくて、それなのに性的な快楽でもあるのだ。

 うなじから鎖骨、脇、そして乳房へと少しずつ滑っていく指先は、絶妙な力加減で名前の肌を撫でていく。


「⋯⋯ぁ、⋯⋯んぅ」
 

 自覚がある。

 名前は、その手が膨らみの中心の最も敏感なところに触れてくれることを、今か今かと待っているのだ。このとろりとした液体を纏わせて触れてもらえたら。どんなに気持ちいいのだろう。

 待って。焦れて。
  

「んんっ⋯⋯! ぁ⋯⋯やだ、きもちい⋯⋯っ」
 

 上擦った声が溢れる。
 押されたわけでも、摘まれたわけでもない。ただ表面をやさしく撫でるように触れられただけ。それなのに、物凄い快楽が走った。触れただけでこれなのに、もっと愛撫してもらえたらどうなってしまうのか。
 
 疼く。疼いて仕方がない。

 身体中が御幸を欲してもどかしい。早くこの疼きをぐちゃぐちゃに掻き回してほしい。そう願う一方で、もっとこの切ない快楽に溺れていたい気もする。


「は、あぁ⋯⋯っ、んぅ」


 執拗に乳首を愛され、気付けば腟内に指を咥え込んで、既に一度絶頂も与えられていた。

 だめだ。このままでは、名前ばかりが享受して、御幸に何も与えることのできぬまま精根尽き果て動けなくなってしまう。

 快感の波の合間を必死で抜け出て、理性を振り絞り身体に回っている御幸の腕を軽く押す。


「ま⋯⋯っ、待って⋯⋯」
「? どした?」
「このままじゃわたしだけ⋯⋯」


 背後を窺い見る。御幸の口元が、酷く意地悪に、それでいて愉快そうに弧を描く。「イイコトしてくれんの?」と言うような表情で、名前の言葉の続きを待っている。

 こくりと、唾を飲んでいた。
 

「その⋯⋯ここに座ってくれる?」


 おずおずとバスタブの縁を示す。御幸は抵抗なくざぶりと湯から上がり、名前の目の前に腰掛けた。

 思わず息を呑む。

 御幸に密着した時から腰に当たっていたから知ってはいたが、改めて硬く勃ち上がったものを目の前にすると、己の身体との差異に心臓が変に跳ねる。

 御幸のようにローションを手に取り、そっと大腿の内側に触れる。そこから陰嚢の裏深くからとろみを纏わせるように手を滑らせていく。少しずつ上へ。陰茎との境目で暫く勿体つけてから、陰茎を撫で上げる。まだ力は入れない。柔らかく先端までを包んで、それからローションガーゼの要領で掌で亀頭を刺激していく。前後左右、円を描き、それを何度も繰り返す。

 深い吐息が、落ちてくる。
 
 
「⋯⋯ッ、あー⋯⋯やべ」
 

 その色っぽい声に、とくりと鼓動が鳴る。気持ちよさそうにしてくれると、嬉しい。この屈強な体躯が、今だけは名前に好き勝手されているのだ。

 ──なんて、思ったのも束の間だった。

 痺れを切らしたのか、囁くように落ちてきた「舐めて」。声音とは裏腹に有無を言わさぬ動作で名前の側頭部に手を添え、陰茎に顔を近付けさせられる。断る理由はない。甘い香りのするローションごと、口に含んでいく。

 丹念に舌を纏わせ、吸い上げ、陰茎を握る手には律動的な力と動き。幾ばくかそうしていると、いつもよりもどこか切なそうな声が「名前」と呼んだ。
 
 
「──ッ離せ、もう出る」
「ん、んん」
「っ、こら名前」


 口で言うほどの抵抗ではなかった。口の中に広がる独特の味を感じながら、抗いきれない快感をあげられたのだと嬉しく思う。

 ただ、吐精中に引き抜かれてしまったので、頬にも白濁が掛かってしまったようだった。息を荒くした御幸が、頬と、そして口の端──そこからも溢れていたらしい──とを綺麗にしてくれる。

 そして、恨めしい目でじとっと見下されて。


「⋯⋯手付いて」

 
 ひょいと立たされ、ガラス張りの壁に手を付き腰を御幸の方に引かれる。思わず振り返る。たった今白濁を吐き出したばかりのそこは、今から行為を行うに何ら問題のない状態であることがすぐに見て取れた。どうなっているのだろう。その回復力に感嘆する。


「とろっとろ。ローションなのかお前のなのか分かんねぇな」


 膣口にぴたりと当たった先端が、何度か上下して。次の瞬間には、何の抵抗もなく一息に奥まで入り込んだ。


「んあぁ⋯⋯ぁ、っん」
「⋯⋯ッ」


 ──やばい。
 とても、とても仕上がっている。陰茎への纏わり付き方と、自身の感じ方で、自分でも分かるほどにオーガズムを迎える状態が仕上がっている。


「待っ⋯⋯ひぅ、ゃ、ぁ」
「待たねぇよ」
「こんな⋯⋯っ、ぁ」


 揺さぶられる身体が前に傾ぎ、胸部がガラス壁に密着する。押し付けられて乳房がかたちを変える。両手とも手首の上から押さえつけられ、軽い拘束感に鼓動が高鳴る。
 

「ガラスの向こうから見たらイイ眺めなんだろーな」
「何言っ⋯⋯ぁっ、んん」


 耳朶に、うなじに、舌が這う。ぞくぞくと快感が走り、あっという間に絶頂に導かれる。


「かず⋯⋯っ、ゃあ、わたし、も、イっちゃ⋯⋯っ」
「いーぜ、何回でも」
「んん⋯⋯──っ!」


 いつもよりも大きな痙攣。目を閉じ、指先まで行き渡る快感を受け止めている最中、再び後ろから穿たれる。思わず溢れる悲鳴のような声と、御幸の楽しそうな反応。
 
 まだまだ、夜は始まったばかりだ。





「名前、今日すげぇな」
「も、も⋯⋯っむり⋯⋯」
「いやいや、次はベッド行こーぜ♡」
「えぇ⋯⋯? もっ、もう体力ゼロだよ⋯⋯」
「ちょっと休憩すりゃ大丈夫だって」
「一緒にしないでぇ⋯⋯」


◆朝って案外遠くてさ◇

とにかくえっちなおはなし