世界のほとんどを知らない僕らは



 知らなかった頃に戻ることはできない。そんな当たり前のことを、最近よく思う。
 
 高校を卒業してからようやく実った恋。

 初恋だった。
 
 
「っ、ぁ、こんなの知らな⋯⋯っ」


 戻ることはできないのに、どんどん知ってしまう。人肌のぬくもりも。ひとりの寂しさも。

 こんな、快楽も。

 
「⋯⋯っ深、ん、んぁ⋯⋯っ」

 
 片足を肩に担がれ、開いた脚の間に御幸のものがずっぽりと入り込んでいる。奥深くにまで届く圧迫感に思わずぎゅっと目を閉じ、その辺に落ちていた御幸の服を鷲掴みにする。

 名前のものとは違う、服の香り。

 鼻腔に叩き込まれるその芳しさに目眩すら覚え、浮かされたように目を開く。間接照明だけが仄かに灯る寝室の中、名前の身体を貪る御幸の姿が浮かんでいる。
 

「⋯⋯っ、ぁ、」


 その姿を視認してしまって、心臓が軋む。御幸が名前を抱いている。その事実を改めて認識し、酷い興奮に見舞われるのだ。

 掴んでいた御幸の服で顔全体を覆う。


「はは、またやってる」
「っ、だって、かっこい⋯⋯っぁ」
「顔見てぇんだけどな」
 

 もう一方の足も肩に担がれ、持ち上げられるように腰の位置が高くなる。そこに、上から打ち付けるように御幸の腰がぶつかる。思わず両手でシーツを掴む。顔が顕になる。御幸の魂胆にまんまと乗せられてしまった。しかしそれどころではない快感が、腹の奥から響いてくる。


「ひぅ、ぁ、やだっ⋯⋯だめ」
「苦しいか?」
「ううん⋯⋯っでも、だめなのぉ⋯⋯っん、んぁ」
 
 
 しっかりと支えてくれているし、体勢が辛いとか苦しいとかではない。ただ、あまりにも身体の内部──日常生活では決して刺激が加わらない箇所だ──への刺激が強すぎて、慣れていない身体が反射的に忌避行動を取ってしまう。

 これに慣れたら。
 また、知らない何かを知ってしまうのだろうか。

 でもその前に、御幸がいつまでも元気なおかげ(?)で名前の体力的な限界が来るほうが先かもしれない。

 だって、今日、二回目なのだ。

 
『ちょ⋯⋯ちょっと⋯⋯休憩をいただいても⋯⋯?』
『うん』
『? ⋯⋯ゴム着けてるように見えるけど⋯⋯』
『? うん、この間に休んでて』
『休憩時間みじか⋯⋯何のインターバルトレーニング⋯⋯?』
『そうか? じゃもう少し休むか。水持ってくる』


 なんて会話が少し前にあったとは誰も思うまい。
 
 こうして一度の吐精では終わらないたびに、そして終始へばることなくピンピンしている御幸を見るたびに、思う。

 アスリート、基礎体力がレベチ過ぎる。
 



 
 額に汗がじんわりと浮かんでいる。
 忙しなく胸を上下させて息を整えていると、頭からズボッと何かを被せられる。感触と、匂いとでわかる。御幸のティーシャツだ。情事のあとはいつも下着を拾い集める元気が残っていない名前に、いつからかこうして着させてくれるようになった。「オーバーサイズだから隠せるし」、「あとは俺のシュミ」だそうだ。
 
 被せられたそのシャツだけを着て、御幸の腋窩に挟まるようにくっつく。あっついな、汗かいちゃった、でも幸せだな、と思ったところまでは意識がある。もしかしたら声にも出していたかもしれない。が、次の瞬間には眠りに落ちていた。

 勿体ないことをした。
 
 一番優しいのだ。ピロートークの間、頭を撫でてくれる大きな手。名前が知る御幸の中で最も優しい手つきをしているから。



 

 ふと意識が浮上した時には、カーテンの脇から光が漏れ出ていた。ついさっき寝たばかりのような感覚。随分とぐっすり寝ていたのだろう。
  

「⋯⋯ん、⋯⋯」
「お、起きた」
「うん⋯⋯おはよう」
「おはよ」
「⋯⋯ふふ、触ってる」


 目覚めた時には後ろから抱き抱えられていた。側臥位を取っている名前の背中に、御幸の胸板が密着している。そして、腹側へと回っている手のひらがやわやわと乳房を揉んでいた。

 ふくりと隆起している乳頭は、まだやわらかさを残している。そこをぷにぷにと押され、くにくにと捏ねられる。途端に硬くなってきてしまったことが自分でもわかる。恥ずかしい。だけど、気持ちいい。昨晩の逢瀬の記憶が刻まれた身体が、容易にその準備を整える。

 じゅん、と腿のあいだが疼く。下着も履いていないそこから、思い出したように溢れてくる。あたたかくとろみのある愛液。そこに、熱すぎるほどの熱を持った御幸のものが沿うようにして当たっている。


「っん⋯⋯、なんか、いつもよりあつい⋯⋯?」
「そう? 寝起きだからかな」
「──っ」 


 骨盤がくいっと引き寄せられ、お尻が少し突き出るような体勢になる。先端が、きっちりと入口に充てがわれて。


「いい?」
「うん、──ぁ、あ⋯⋯っんぅ」

 
 うしろから、濡れた音とともに一気に入り込んでくる。びりびりと走る快感に背筋が撓る。それを御幸の腕が抱き留める。

 首筋に、ひとつキス。


「急に悪いな、少しこのまま──」
「ん⋯⋯動いて、くれないの?」
「──、」
「ほしい⋯⋯もん⋯⋯」
 

 身体を気遣ってくれてのことだ。確かに昨晩の情事から数時間しか経っていない腟内は、十分に濡れていても違和感がある。しかし今は何よりも、御幸がほしい。その欲求が止めどない。

 ──ずっとこうしてたい。

 そんなことさえ思う。どこまでも求め合って、言葉にできない何かを分かち合う。こんな行為があることを知ってしまったら、そう簡単に手放せない。


「ふ、ぁ⋯⋯っきもち、い」

 
 枕に縋りながら律動を受け止めているうちに腹臥位へとずれてきていた名前の身体に、御幸が覆い被さる。閉じたままの大腿の間、窮屈な場所に屹立が出入りする。臀部に腰が何度も打ち付けられて。後ろ頭を枕に押さえ付けられると、名前の中のマゾヒズムが顔を出し、どうしようもない快感を覚える。

 もっといじめてほしい。

 もっと、わたしを貪って。

 そんな気持ちが伝わるのか、はたまた嬌声に変化でもあるのか。御幸も応えてくれるのだが、その表情が恍惚としていることを名前はまだ、知らない。


「──っや、ぁ、やん⋯⋯っぅあ」
「激しくしろって、お前が言うから」
「言ってな⋯⋯っ、ひ、ぁ、おかしく、な⋯⋯っ」
「なっていいんだぜ」
「ん、っは、⋯⋯ぁ、あぁ、イっちゃ、⋯⋯っっ!」

  
 呆気なくおおきく痙攣する腟壁が、ナカを掻き回していた屹立を締め付ける。は、と御幸の口から吐息が落ちて。「俺も」と呟いた直後、ズルリと抜かれる。

 数秒、荒々しい吐息が乱れて。

 
「⋯⋯まだ一緒にいたいのに⋯⋯なんでわたし、今日大学あるんだろう⋯⋯しかも一限から」
「時間は⋯⋯もう無理か」
 

 その含み笑いに、「もう、何言ってるの」と笑う。女の子は色々と支度に時間が掛かるのだ。というか昨夜に引き続き朝から二回もしたら、名前の体力も尽き果ててしまう。今も許されるのなら二度寝したいのに。御幸の昼夜問わずの体力には感嘆するしかない。

 シャワーに入ろうと怠い身体を起こしながら、呟く。


「はぁー、どうしよう、ちゃんと授業集中できるかなぁ」
「? なんで?」
「こういう日は思い出しちゃうんだもん。夜のことも朝のことも。そしたら身体はむずむずしちゃうし、なんだか会いたくて寂しくなっちゃうし⋯⋯困ったな」 


 刹那、身体が傾いで。御幸の腕の中に引っ張り込まれる。すっぽりと後ろから抱きしめてくれている。首を捻り見上げる。その表情を見た瞬間、名前は思わず息を止めた。

 そんな目、しちゃうの。

 ぎゅっと胸が切なくなる。
 御幸がこんな瞳をするなんて、知らなかった。名前だけがいい。こんな顔を知っているのは、世界に名前だけがいい。

 きゅ、と唇を結ぶ名前の首筋で、御幸がぽそっと呟く。


「⋯⋯やっぱもっかいしとかねぇ?」
「えっ?」
「離したくねぇし⋯⋯つーか大学で火照った顔なんてされてたら俺も困るんだけど」
「も、もっかいしたところで思い出さなくなるわけじゃないです⋯⋯! ていうか顔には出さないし!」
「どーだか」
「しゃっ、シャワー浴びてくる! 遅刻しちゃう!」


 ぱっと腕を抜け出し、浴室へと駆ける。途中、思い直す。言い方が少し悪かっただろうか。拒否しているわけではないのだと伝えたほうが良いだろうか。

 寝室の出掛けではたりと足を止め、おずおずと振り返る。

 
「⋯⋯わたしだって、これでもなけなしの理性で頑張ってるんだよ」


 小声でぽそっと告げ、逃げるように浴室へと向かう。御幸が可笑しそうに笑いながら、「かわいーやつ」だなんて口にしているとも知らずに。
 
  
◆世界のほとんどを知らない僕らは◇
 

ちゃーちゃん様より、付き合いたての二人の刺激のあるおはなし