霞む世界のなかに君



「くぅ、あ〜〜〜効く〜〜〜⋯⋯!」
「ハハ、ジジくせえ声」
「⋯⋯せめてババと言ってよお」
「いいのかよ?」
「うん」
「ババくせえ声」
「やっ、やっぱジジで! ババはなんか精神的ダメージがおっきかった!」
「何だそれ」


 事の発端は、就寝前に名前が何の気なしに呟いた「なんか最近肩凝るなあ」の一言だった。「んじゃあマッサージしてやろうか?」「えっ、いいの?!」から始まり、「ついでだし背中やら腰やらもやってやるよ。ちょっと横んなれ」とベッドにご案内され、全身の凝りをほぐされていた。


「やっぱ肩が結構凝ってんな」
「運動不足かなあ」
「いや乳じゃね?」
「ちっ⋯⋯え?」
「この間ブラ新しくしただろ。アレのせいだよ」
「⋯⋯え?」


 思いもよらなかった返答に、名前はきょとりと陣平を見返した。
 
 
「なんでわかるの?」
「? この間脱がせたから?」
「そ⋯⋯それはそうだけどそうじゃなくて⋯⋯一体何からツッコんだら⋯⋯」


 確かに先日、そのブラジャーを着用していた時に“そういう”雰囲気になり、陣平に衣服すべてを引っ剥がされた。しかしだからと言って、分かるものだろうか。当の本人である名前さえ気付いていなかったのに。


「コイツ(・・・)支えんのに紐しっかりキツくしないといけねえのは分かんだけどな」
「ん⋯⋯っ、ちょ」


 コイツ、と言いながら陣平の手が乳房を揉む。「柔らけえなあ」なんて満足そうな声で衣服の上から下着ごと揉みしだかれ、困ったように眉を下げ陣平を振り返る。


「マッサージは⋯⋯?」 
「マッサージのお決まりってモンよ」
「そんな決まりないもん⋯⋯」


 口を尖らせる名前の首筋に、背後から口付けが落ちる。服の中に入ってきた指に背中の真ん中をつつ⋯⋯となぞられる。優しいタッチで皮膚を撫でる指先は、自然に胸元もまさぐりだす。気付けば息が荒くなり、上擦った嬌声が溢れていた。ババくさい声とは程遠い。双方の耳を淫らに乱すには十分な嬌声だ。

 いつしか仰臥位にさせられていた名前の服はすっかり肌蹴ている。たくし上げられた服と、乳房が溢れるように下げられたブラジャーと。膨らみの先端を丁寧に愛撫され、名前からは濡れた声が止めどない。

 そんな折だった。
 
 
「っ?! な、っに⋯⋯?」
「一回使ってみたかったんだよな」


 不意に響いたのはカチッという機械音。それとほぼ同時に鳴り出したのは振動音だろうか。ブブブ⋯⋯と異質で細かな音がして、慌てて足元の陣平を見る。ころんと丸い、ピンク色。手のひらにすっぽりと収まるそれと、陣平の悪戯な笑みとを見比べる。

 初めて見る。でも、知っている。それが誰をどう悦ばせるための機械なのか。

 途端に期待をしてしまった。このあと陣平がしてくれることを思い描いてしまって、胸の奥がぎゅんと締まって疼き出す。
 

「バイブも吸引すんのも買ってきたんだけどよ、まずはこれからな。名前用にちょっと強弱いじっといたぜ」
「⋯⋯なんて?」


 阿呆みたいな声が出てしまった。逸っていた心拍が、ずっこける。思わずツッコんでしまった名前を、陣平の双眸が不思議そうに見返してくる。


「コレじゃなくて他のヤツ使ってみてーのか?」
「そ、そうじゃなくて、強弱を⋯⋯なに?」
「ああ、名前の好きそうな振動になるようにちょちょっといじっといたけど」
「⋯⋯」


 どうやら聞き間違いではないらしい。
 いや、陣平ならちょっと分解して改造することも朝飯前なのかもしれないが、そんなことより──わたしの好きそうな振動って何?

 などと考えている間に、腿の付け根のあたりに、極軽く、触れるか触れないか。微細な刺激が走る。一瞬感じた擽ったさがすぐに快感へと変貌する。身を捩る。その身体をやわく押さえられ、自由を奪われている感覚にも別の快楽を覚える。

 そして下着の上から中心へとゆっくり近付いていたローターが、ちいさな突起へと辿り着く。


「⋯⋯んっ、ぁ」
 

 振動とともにびりびりと快感が昇り、背が撓る。人間では生み出せぬ微細さ。その無機質さに寂しさを感じる一方で、機械に喘がされている事実に興奮もする。
 
 最初は最も弱い振動だったのだと思う。次第に強度が増していき、とあるところで名前はちいさな悲鳴を上げた。
  

「⋯⋯っひ、ぅ、あ」
「やっぱこんくらいがいいか?」
「ん、ぁ、んんんっ、」


 突然襲いきた桁違いの快楽。あまりにも気持ちよく、ただただ頭を左右に振る名前を見下ろして、陣平は口角を上げて呟く。

 
「ここに一段階増やしといて正解だったな」


 どうやら陣平が“ちょちょっといじっといた”ところにまんまと嵌ってしまったらしい。いや、もうそれでもいい。絶妙な塩梅過ぎる。すごく、気持ちいい。これでは、すぐに──


「⋯⋯っ、ぁ、だめっ、イっちゃい、そ──⋯⋯っ、?」


 不意の出来事だった。
 甘美な刺激を与えてくれていたものが、呆気なく離れていってしまう。あと少し。あと少しだった快楽を取り上げられ、困惑と切なさの入り交じった顔で陣平を見る。
 

「⋯⋯イイ顔」
「⋯⋯っ」


 笑んだ中に見え隠れする興奮と、欲情と、好戦的な意地悪さと。その表情と濡れた声、そして頬にあてがわれた手のひらの温度に、鳩尾がぎゅっと苦しくなる。

 
「⋯⋯じんぺーくん」
「ん、次はコッチ使ってみっか?」
「え⋯⋯や、やだよ⋯⋯」


 体躯に縋っていた。腕を背に回して引き寄せ、きゅ、と陣平の衣服を掴み、首元に頬を擦り寄せる。

 
「陣平くんのじゃなきゃやだもん⋯⋯」
「そりゃ俺だってなあ──」


 今すぐブチ込みてえに決まってんだろ、とキレそうになる気持ちを抑える。もっと、もっと、限界まで可愛がってみたいという嗜虐心との間で揺れる。

 揺れて、名前を見下ろして。

 陣平をじとっと見つめてくる名前の表情に、揺れていた心が一息に傾ぐ。なんと呆気なく崩れる理性だろうか。しかしそんなこと今はどうでもいい。

 名前の頬に、些か強めに手のひらを当てる。


「⋯⋯んな顔しやがって、知らねえぞ」
「ん、んぅ、──〜〜〜〜っ!」


 名前の喉の奥で、音にならない悲鳴が上がる。深く口を塞がれるのと、ずぷりと陣平が沈み込むのが同時だった。びりびりと肌が粟立って、先程遠ざけられたエクスタシーが一瞬にして戻ってくる。挿れられただけで、身体の奥で何かが爆ぜてしまいそうだ。
 
 奥を激しく突かれながら、胸の先端にローターが充てがわれる。名前の瞳孔が僅かに開く。敏感に硬くなっていたそこへの刺激は、あまりにも強い。瞬く間に迫り上がる。


「────っ!!!」


 身体が痙攣様に震える。全身を駆け抜ける快楽に意識が霞む。しかし陣平の動きは一向に止まる気配を見せない。

 快楽を逃す時間も与えられぬまま新たな悦楽に呑まれ続けた名前の意識は、いつしか朦朧と言ってもいい状態となっていた。


「っは、ぁ、あっ」
「ッ、締め過ぎんな⋯⋯、」
「はっ、っ、ぁ」


 はくはくと覚束ない呼吸を懸命に繰り返す名前に、陣平の言葉も届いているのかいないのか。ぐちゅぐちゅと濡れた音を出し続ける蜜壺の上、ちいさな蕾にローターを充てがえば面白いくらい簡単に絶頂へと達するようになった名前が可愛くて、そして嬉しくて、ついやり過ぎてしまったと反省し始めた、そんな時だった。
 

「⋯⋯っ、ぁ、だ⋯⋯だめ、出ちゃ⋯⋯何か、⋯⋯っひぅ、ぁああっ」


 すっかり掠れてしまった声で訴えた名前との結合部から、透明な液体。飛び出たそれはふたりとベッドをしとどに濡らし、キラキラと反射する。


「⋯⋯っ、ごめ、⋯⋯なさ⋯⋯っ」


 同時に達していたのか、びくびくと身体が震えている。自由の利かない両手で懸命に真っ赤な顔を覆う名前の声は、今にも泣き出しそうに震えている。その身体をキツく抱き締める。


「お前⋯⋯これ以上俺のこと喜ばせてどーすんだよ」
「⋯⋯っ?」


 せっかく反省し始めた陣平だったが、初めての潮吹きにまた別のスイッチが入ってしまう。そろそろ解放してやんねーとな、なんてよぎっていた考えも何処へやら。

 長い夜は、まだまだ終わらない。
 

[霞む世界のなかに君] 

宵恋番外篇、おもちゃを使った裏夢