万華鏡の夏


 「追憶」の元となった短い短いおはなしです。
 もともとは、【700字以内で「石段を駆け上がった」で始まり、「どうか許さないでください」で終わる物語を】というお題からうまれたものです。
 「追憶」で一日だけ外出したときのひとまきです。





*

 石段を駆け上がった彼女が、てっぺんでふわりと振り返った。夏らしい生地の白いスカートが、軽やかに翻る。

 こんなにも暑いけれど、あのスカートの裾のあたりだけは涼しいのだろう、と。ふと思った。


「んふふ、わたしの勝ち」
「……チョキとパーだけで無理矢理勝ったくせに」
「やだ、だあれ? そんなことしたの」


 やはり、んふふと肩を揺らして彼女は笑った。さら、流れた髪に反射した真夏の木漏れ日が、やけにまぶしい。

 こんなに眩しいのに。
 喉から出てきた自分の声は、ひどくかさついていた。


「……本当に、今日で最後なんですか、俺たち」
「そうだよ。きょうで、最後。わたしたちは、ね」


 目を細めて枝先を見上げてから、彼女は右手の小指を差し出した。美しい唇が誘うように動く。


「京治。やくそく」
「約束……?」


 ──二度とこの夏を思い出さないで。


 なんて酷いひとなんだろう。そう思った。俺をこんなにしておいて。こんなに、あなたを好きにならせておいて。

 小指を絡めながら、言葉をのみこんだ。


「このまま、」
 ──ここで壊れてしまえばいいのに。




*

 もう遠い、万華鏡のような夏の記憶だ。
 くるくる形を変えて、目に痛いほど煌めく。いつまでも手は届かなくて、でももし触れてしまえたのなら、あっけなく壊れてしまう。万華鏡のような。

 あのひとはまだ、壊れずに元気でいるのだろうか。もし万が一そうであるならば、あの約束をまだ、右手の小指に結び付けたままの俺を。あんなことを願ってしまった俺を。

 ──どうか許さないでください。














 
 万華鏡の夏 + 粉々で、きらきらで

 終

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