もしもの話(ベリアン/悪魔執事と黒い猫)
夢を見た。
ある日突然、私に悪魔の力を開放する能力が無くなって、デビルズパレスに新しい主が来て、皆が新しい主を笑顔で囲んでて……。私はその様子を、少し離れたところから見ている。
すると、新しい主と楽しそうに会話していたベリアンが私の方を振り返って、軽くお辞儀をした。
「今までありがとうございました。さようなら」
「え……?」
ベリアンたちは、新しい主と一緒にどんどん遠くへ歩いて行ってしまう。
「………っ! 待って、ベリアン……! みんな……!」
追いかけたいのに、うまく足が動かなくて、どんどん皆の姿が小さくなっていく。
「お願い、行かないで……っ!!」
そこで目が覚めて、私はガバっと起き上がった。
「……っ、はあっ、はあっ……」
バクバクと早鐘を打つ胸を、大きく深呼吸をして落ち着かせる。
「……」
もし私に主としての力が無くなったら……。
もうみんなと一緒には居られないの?
夢の中の出来事を思い出すと、胸がきゅっと苦しくなる。
いつかみんなから必要とされなくなる日が来るかもしれないなんて今まで考えたこともなかったけど、想像すると涙が出そうになるぐらい辛かった。
このままもう一度寝る気にはなれず、すやすやと気持ちよさそうに寝ているムーを起こさないように、私はそっとベッドから降りて部屋を抜け出した。
***
深夜の薄暗い廊下を私はとぼとぼと歩く。
(ベリアン、まだ起きてるかな……)
階段を降りて地下のベリアン部屋の前に行くと、ドアの隙間から光が漏れていた。
コンコン、とノックすると扉が開き、ベリアンが顔を覗かせた。
「主様? こんな時間にどうされたのですか?」
ベリアンは様子を窺うように私の顔を覗き込む。
「……顔色があまり良くないですね。何かありましたか?」
「その……ちょっと夢見が悪くて……」
「なるほど……。どうぞお入り下さい。紅茶をお淹れしますね」
いつもの優しいベリアンの笑顔に、ほっと安心する。
ベリアンは手際よく紅茶を入れて、私に出してくれた。
「安眠効果のある紅茶です。どうぞ」
「ありがとう、ベリアン」
ベリアンの入れてくれた紅茶を飲んで一息つく。温かい紅茶を飲むと、心まで少し温かくなるような気がした。
「……こんな時間に急に来てごめんね。お仕事してたんだよね?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。主様に会えるのはいつだって嬉しいですから。差し支えなければ……どのような夢を見たのか教えてもらえますか?」
「うん……」
私は夢の内容をベリアンに話した。
「――、っていう夢をみたの……」
「なるほど、そうだったのですね……」
「……もし、もしもだよ? 私が悪魔の力を解放する能力を失ったら……私のことはもう要らなくなるの?」
「主様……」
こんなことを聞いてもベリアンを困らせるだけだと分かっているのに、思わず聞いてしまった。
もし私に主としての力がなくなったら、このデビルズパレスに居る必要もなくなる。
そんな事は考えればすぐ分かることなのに……。
「そんな顔をしないで下さい、主様」
ベリアンは、不安そうな表情で俯く私の手を取り両手でそっと包み込むと、優しく微笑んだ。
「もし、主様の特別な力がなくなったとしても…。あなたが私にとって大切な人であることには変わりありません」
「ベリアン……」
「もちろん、私だけでなくこの屋敷のみんなもきっと同じ気持ちです。この先もずっと、なまえ様のことを大切に思っています」
ベリアンの言葉で、不安だった気持ちがすうっと消えていく。
「それに……」
「それに?」
「もし主様の力がなくなって、この屋敷の主様ではなくなることがあったとしても……その時は、執事と主という関係性ではなく、もっと違う関係性になるのも良いかもしれませんね」
「!? ち、違う関係性って……」
ベリアンはあたふたする私の様子を見てクスッと笑う。
「ふふ、随分顔色が良くなりましたね。もう寝られそうですか? 部屋までお送りしますね」
ベリアンに差し出された手を取り、私は椅子から立ち上がる。
さっきまで不安な気持ちでいっぱいだったのに、ベリアンの一言でドキドキに変わってしまった。
いつだってベリアンは、私の不安な気持ちを消し去ってくれて、幸せな気持ちにしてくれる。
「……ベリアン、いつもありがとう」
「こちらこそ、主様にはとても感謝しています。私で良ければ、いつでも頼ってくださいね」
「うん。この先もずっと、よろしくね」
繋がれた手の温もりを感じながら、優しいデビルズパレスのみんなとずっと一緒に居たいと思うと同時に、主ではなくなる未来も悪くないかもと思えたのだった。
2023.7.31
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