ベリアンに罵られたい(ベリアン/悪魔執事と黒い猫)


ある日のこと。

暇なので本でも読もうかと書庫を訪れると、そこにはベリアンがいた。
何か調べ物をしているようで、集中していてこちらには気づいていないようだ。
私は彼の邪魔をしないように、本棚からそっと適当な本を手に取り、ベリアンとは少し離れた距離にある椅子に腰掛けた。
ベリアンはというと、真剣な表情で本を捲りながら時折ノートに何かを書き込んでいるようだった。

「……」

私は本を広げながら、こっそりベリアンの様子を眺める。
ーー美人の真顔は怖いというが、ベリアンも例外ではない。
普段は優しく微笑んでいるベリアンだが、仕事や天使の研究で集中している時のベリアンは無表情で少し怖さを感じる。
だが私は、ベリアンのその表情が好きだ。
ノートにペンを走らせるベリアンを眺めながら、あの冷たそうな表情最高だな…と思う。
普段の優しいベリアンからは考えられないが、あの冷たい目に見下されて、蔑まれたら……と想像すると、ゾクッとした快感のようなものを感じた。

……もしベリアンにお願いしたら、やってくれるだろうか?
そんな事を考えながら彼の事をしばらくじっと見つめていると、視線を感じたのかベリアンが顔を上げた。
そして私の姿を見つけると驚いたように目を見開いた。

「……! 主様、いらっしゃっていたのですね。気づかず申し訳有りません」

頭を下げるベリアンに、気にしないでと伝える。

「こっちこそごめんね、邪魔しちゃって」
「いえいえ、大丈夫ですよ。主様は、読書ですか……?」
「まぁ、そんな感じかな」

私がそう答えると、ベリアンは眉を下げ少し困ったような表情を浮かべた。

「あの、主様……。失礼ですが、本が逆さまになっているようです」
「え゛っ!!」

自分の手元を確認すると、本が上下逆になっていた。ベリアンの顔ばかり見ていて気づかなかった。

「あ、あははは……。実は読書せずにベリアンの顔をずっと眺めてました、ごめんね」

私が正直に伝えると、ベリアンは頬を赤くして照れた様子を見せた。

「わ、私の顔ですか……? もしかして、私の顔に何かついてますか…?」
「ううん、真剣な表情してる時のベリアンの顔が好きだなあって思って……。あ、もちろん普段の優しい表情のベリアンも好きだよ」
「そ、それは……。主様にそう言って頂けて光栄です。ありがとうございます」

ベリアンは照れつつも、嬉しそうな表情を浮かべている。
先程までの冷たい表情とのギャップもあって、とても可愛く見えた。

「ところで、ベリアン。ちょっとお願いがあるんだけど……」
「はい、何でしょうか?」

ベリアンはふわりと微笑んで首を傾げる。
私は先程考えていたことを、思い切ってベリアンに言ってみた。

「ちょっと私の事を罵ってみてくれない? 真顔で」
「……えっ!?」

ベリアンは驚いた表情で固まっている。
それもそうだろう。こんなことを主に頼まれるなんて思ってもいなかったはずだ。

「あ、主様を、罵る……?」
「うん。ベリアンはいつも優しいから、たまには違うベリアンも見てみたいな〜って思って」
「し、しかし……主様を罵るなんて……で、できませんよ……」
「そこをなんとか!」
「そ、そう言われましても……」

さすがのベリアンも困惑しているようだ。

「……ダメ?」

と、上目遣いで訴えてみる。

「う、うーん……」

いつもなら主のお願いであれば二つ返事で聞いてくれるベリアンだが、今回は流石に難しいらしい。
押して駄目なら引いてみる作戦だ。私はしょんぼりと肩を落としてみせた。

「……そっか、分かった。ごめんね、無理なお願いして……」
「あ、主様……」

ベリアンは少し慌てた様子でしばらく考え込むと、やがて決心したように口を開いた。

「わ、わかりました。他ならぬ主様の頼みです……。やってみますね」
「ほんとう!? やった!!」

ベリアンには申し訳ないが、ワクワクした気持ちが抑えられない。
浮かれている私に対して、ベリアンは悩ましい表情を浮かべている。

「ですが……うーん……褒め言葉は思いついても罵倒する言葉というのは難しいですね……」
「じゃあ、『何度教えてもマナーを全然覚えられない駄目主』っていう設定で!」
「な、なるほど……畏まりました。ではーー」

ベリアンは大きく息を吐くと、椅子に座っている私の目の前に立ち、腕を組み、冷たい瞳で私を見下ろした。

「主様」
「は、はい」

普段より少し低い声で呼ばれてドキッとする。

「何度教えれば分かるんです? いつもいつも同じミスばかり……。主様には学習能力というものが無いのでしょうか。まったく……本当にどうしようもない人ですね」

いつもとは違う厳しい口調。
そして、冷たい視線。
私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
いつもの優しいベリアンも大好きだが、これはこれでアリかも……と思っていると、急にベリアンの顔が近づき耳元で囁かれる。

「……主様? ちゃんとお聞きになっているんですか?」

息がかかるほどの距離で話される。

「ひっ……」

思わず変な声が出てしまった。

「……申し訳ございません。少し調子に乗ってしまいました」

くすりと笑うベリアン。

さっきまでの冷徹な雰囲気は無くなっていた。いつものベリアンだ。

「どうでしたか? ご満足頂けましたでしょうか?」
「うん、なんか凄かった……」
「それは良かったです。あと……先程言ったことはあくまで演技ですので、もし主様が何度ミスをされたとしても、怒ったりしませんのでご安心下さいね」

そう言って微笑むベリアン。
私はそんなベリアンの笑顔を見て、やっぱりベリアンは優しいなと思った。

「ありがとう、ベリアン」

主のくだらないお願いを聞いてくれる優しい執事を持てて、私は幸せものだ。

(……さて、次はどんな風に罵ってもらおうかな)

なんて、心のなかで考えている事をベリアンは知る由もなかった。


2023.8.23



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