雲次くんに霊力供給してもらう話
「僕は雲次。この本丸の雲行きを見に来たってわけさ。よろしく」
一目惚れだった。
落ち着いた声。穏やかな雰囲気。
白金色のさらりとした髪に、朝焼けのような色をした綺麗な瞳。
心を奪われるって、きっとこういうことを言うんだろう。
新しく顕現した目の前の刀を、私はぼうっと見つめたまま固まってしまっていたらしい。
そんな私を見て、雲次くんは不思議そうに首を傾げる。
「……主?」
私はハッとして、慌てて言葉を紡ぐ。
「ご、ごめんなさい! ボーっとしてて! えっと……よろしくお願いします!」
真っ赤になっているであろう顔を隠すように、ぺこりと頭を下げる。
初対面でわたわたと慌てている私に彼は気を悪くすることなく、ふっと柔らかく笑ってくれた。
「ふふ、よろしくね」
その笑顔に、 また心臓がドキリと跳ねた。
***
雲次くんが顕現してから数ヶ月が経った。
政府から「頼れるお天気お兄さん」と紹介されるだけあって、彼は本当にしっかり者の刀だった。周囲をよく見ていて協調性もあり、性格も穏やか。仕事もテキパキこなす。けれど虫が苦手という可愛らしい弱点もあり、完璧すぎないところが逆に完璧まである。
畑当番を免除する代わりにという口実で、近侍についてもらう回数を増やした。
一緒に過ごす時間が増えるにつれて、私の彼への気持ちは日を追うごとに膨らんでいく一方だった。
本丸の主として、特定の刀に恋愛感情を抱くなんてよろしくない……そうは思いつつも、気づけばいつも彼を目で追ってしまう私がいる。
時々目が合うと、ニコッと微笑んでくれるものだから、その度に好きな気持ちが積み重なっていった。
そんなある日のことだった。
鍛刀を終え、執務室に戻る途中。
突然強いめまいに襲われ、私はぶっ倒れてしまったのだった。
「主!? どうしたの!?」
初期刀の清光が慌てて駆け寄ってくる。
比較的健康で風邪をひくことも今まで少なかった私が急に倒れたので、本丸中大騒ぎだ。雲次くんも珍しく焦った表情をしていて、こんな顔もするんだなあ、なんて、ふわふわする頭で考えていた。
***
「霊力不足ですね!」
布団で横になり、青い顔をしている私に、こんのすけははっきりと告げた。
「霊力不足……」
私は元々、霊力量が多い方ではなかった。それでもなんとか今までやってこれていたが、本丸の刀剣男士の数も増えてきて、霊力も足りなくなってしまったようだった。
「それって、しばらく寝てれば回復する……?」
「一時的には回復しますが……また足りなくなる可能性が高いです」
「じゃあ、どうすれば……」
「刀剣男士に霊力供給してもらうのがよいかと」
「そ、それって……」
噂には聞いたことがある。
霊力供給には、粘膜同士の接触が必要だということを。
「あ、安心して下さい! 審神者様の霊力不足の程度からして、接吻で十分補えます」
「……接吻……」
接吻だけで回復するなら、まだましな方だろう。
しかしそんなことを刀剣男士に頼むのは気が引ける。
私の考えを察してか、こんのすけは明るく続ける。
「大丈夫ですよ! 大抵の刀は快く引き受けてくれます!」
「そういう問題じゃないんだけど……他に方法はないんだよね……?」
「ないですね!」
「……分かった。こんちゃんありがとう」
お礼に油揚げを渡すと、こんちゃんは笑顔で口に咥えて帰っていった。
「はぁ……」
大きく息を吐くと、そばにいてくれた清光が声をかけてくる。
「まあ良かったじゃん。病気とかじゃなくて」
「それは、そうだけど……」
霊力不足も、十分深刻な問題だ。
このままでは本丸の運営に支障が出る。
最悪の場合、審神者引退――そんな未来すら頭をよぎった。
それだけは、絶対に避けたい。
こうなったら誰かに霊力供給をお願いするしかない。
一瞬、雲次くんの顔が浮かび、私は頭をブンブンと左右に振った。
さすがに雲次くんにそんなことを頼める訳がない。
申し訳ないけど、ここは気心の知れた仲である初期刀を頼ることにしよう。
「清光、悪いんだけど……霊力供給、お願いしても良い?」
清光におずおずと尋ねる。
「うーん、俺がしてあげてもいいけど……」
清光は少し悩む素振りを見せたあと、こう言った。
「雲次に頼まなくていいの?」
唐突に雲次くんの名前が出てきて、心臓がどきりと跳ねる。
「な、なななんで雲次くん!?」
「え、だって主、雲次の事好きでしょ?」
私のこの気持ちは誰にも話したことはなかった。清光にも。
まさかバレているとは……。
「な、な、なんで、知ってるの……!」
「そりゃあ、主の初期刀だからね。それに主結構分かりやすいし、他にも気づいてる刀いると思うよ?」
なんてことだ。しっかり隠しているつもりだったのに。
「……もしかして雲次くんにもバレてる!?」
「さぁね。とりあえず雲次に頼んでみたら?」
「む、無理だよ!! 絶対無理!!」
万が一断られたら立ち直れない。いや、きっと彼は優しいから嫌でも断らない気がするが、それはそれで申し訳ない。というかそもそも、そんなことをお願いしたら好きだと告白しているようなものだろう。
「まあ、寝てれば多少は回復するらしいし、もう少し考えてみたら?」
「……うん」
霊力不足で頭もうまく働いていないし、その日はひとまず寝ることにした。
***
翌日。
コンコン、と扉をノックする音が響いた。
「はぁい」
「入っていいかな?」
扉の向こうから聞こえた声に、私は弾かれたように顔を上げた。
「雲次くん!?」
あわてて布団から飛び起き、手ぐしで乱れた髪を大急ぎで整える。
「ど、どうぞ……!」
「失礼するよ」
部屋に入ってきた雲次くんは、いつものように穏やかな表情をしていたけれど、その瞳にはどこか心配そうな色が滲んでいた。
「主、大丈夫? 霊力不足なんだって?」
「う、うん……。寝て少し回復したから、昨日よりはましだよ」
「そっか。それなら良かった。……でも、無理はしないでね」
「うん」
「僕にできることがあったら、なんでも頼って」
雲次くんの優しさに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
その優しさに甘えてしまえたら、どんなに良いだろう。
でも――。
「雲次くんに、迷惑はかけられないよ……」
「迷惑?」
雲次くんは少し驚いたように目を瞬かせ、それから柔らかく笑った。
「そんなことないさ。主に頼ってもらえたら、僕はすごく嬉しいよ?」
「雲次くん……」
なんでも頼ってね、と言ってくれた雲次くん。
頼ってしまっても、いいのだろうか。
「ほ、ほんとに …… なんでも頼っていいの?」
「うん、いいよ。僕にできることなら」
「……」
私は今まで恋愛経験がなかった。
やっぱり初めてキスをするなら、好きな人としたい。
「じ、じゃあ、雲次くんに頼みたいことがあるんだけど……」
「なにかな?」
首を少し傾ける彼に、私は意を決して切り出した。
「その……霊力供給を、お願いしたくて……」
私は昨日こんちゃんから受けた説明を雲次くんにも伝えた。
途中で顔が火照っていくのが自分でも分かる。
雲次くんは私の拙い説明を、茶化すこともなく真剣に聞いてくれていた。
「それで……せ、接吻する必要があるんだけど……」
「うん、分かった。いいよ」
あまりの即答ぶりに、思わず目を見開く。
「い、いいの!? 嫌だったら全然断ってくれても――」
「まさか。僕を選んでもらえて光栄だよ」
「ほ、ほんとに!? 無理してない!?」
「してないよ。主こそ、本当に僕で良いの?」
「も、ももも、もちろん!!」
「そっか。……ねえ、主。ひとつだけお願いがあるんだけど」
「お願い? なに……?」
「霊力供給を、僕以外の刀に頼まないでほしいんだ」
「え?」
「主に霊力供給をするのは僕だけが良い。……だめ、かな?」
それって、それって……。
期待してしまっても、いいのだろうか。
朝焼け色の瞳に見つめられて、息ができなくなりそうだ。
「……だ、だめじゃ、ない」
私が必死に言葉を絞り出すと、雲次くんは目を細めて笑った。
「ふふ、ありがとう。……約束だよ?」
柔らかく微笑んだあと、彼はゆっくりと一歩、私との距離を縮める。
「それじゃあ、供給……始めてもいいかな?」
「う、うん …… お願いします…… 」
彼の手が、そっと私の頬に触れる。
包み込むような、大きくて、優しい手。
目の前には、息を呑むほど綺麗な雲次くんの顔がある。
私の心臓は、破裂してしまいそうなほど激しく脈打っていた。
「主、緊張してる?」
「そ、そりゃあ、するよ……」
「大丈夫だよ」
雲次くんの声が、耳元で心地よく鼓膜を揺らす。
「……目、閉じて」
言われるがまま、ぎゅっと強く目を閉じる。
そして――。
柔らかな感触が、唇に触れた。
触れ合うだけの、優しい口づけ。
それだけで、彼から伝わってくる温かな霊力が、じんわりと私の体内に流れ込んでくるのが分かった。
体の奥が、太陽の光を浴びたようにぽかぽかと温かくなっていく。
(これが……霊力供給……?)
あまりの心地よさと、大好きな人に触れられているという幸福感で、胸がいっぱいになる。
ゆっくりと唇が離されると、雲次くんの顔がすぐ近くにあった。
「……主、大丈夫? 体、楽になった?」
「あ、うん……。すごく、軽くなったと思う……」
「そっか、良かった」
そう言って雲次くんは安心したように微笑んだ。
けれど、 彼の手はまだ私の頬に触れたままで、離れようとしない。
長い指先が、私の頬を優しく撫でる。
「う、雲次くん……?」
「……霊力、もう足りてる?」
「……」
どこか少し悪戯っぽく、けれど甘く揺れる瞳で見つめられて、私は抗うことなんてできなかった。
「……足りない、かも」
小さく呟くと、雲次くんはふっと目元を緩めた。
「ロジャー」
短くそう応え、再び唇が重ねられる。
今度はさっきよりも少しだけ深く、包み込むような甘い口づけ。
重なる唇と流れ込んでくる温かな霊力に頭がふわふわと痺れて、私はすがるように彼の服をぎゅっと握りしめた。
やがてゆっくりと顔を離した彼は、満足そうに目を細めて笑った。
「さっきの約束、忘れないでね。……霊力供給は、僕だけだよ?」
……もう、私の心臓はずっと前から限界突破しっぱなしだ。
本丸のお天気お兄さんに、私の心はすっかり嵐のように乱されてしまったらしい。
2026.7.31
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