リチャードは寛大なドンである。
その圧倒的なカリスマに惹かれ、ファミリーに入りたいと願う人間は少なくない。
少なくとも行き場のない“ワケあり”な人間にとって、ここは魅力的な場所だった。
たとえマフィア、犯罪者集団と警察に睨まれようが、国家では救えない事情のある者たちにとって、そんなの些細な問題でしかないのだから。

「また新しい子犬が増えたそうだよ」

葉巻を咥えながらヘルマが言う。
いつものように飄々と、さっぱりした口調だ。
ヘルマはこう見えて案外、世話焼きな女である。
家族が増えるときはいつだって彼女はご機嫌で楽しげだ。

「へえ、どんな新入り? 子犬っつーくらいだから若いんだよな?」

「ああそうさ。お前さんより五つ若いくらいの、別嬪な女だよ。磨きがいがある」

だがロバートは、今日のヘルマに違和感を覚えた。
ほんの少しだけ混ざっている、いつもの彼女とは違う言葉の抑揚。
暖炉の炎を思わせるその赤い瞳もどこか不安げ……というか、何か思うところがあるようだ。

「……どうしたんだよ、ヘルマさん。あんまりらしくない顔してるけど」

「相変わらずロバートは敏いねえ。なぁに、大したことないさ」

子犬が余計な詮索するんじゃないよ。アンタはただでさえお節介で、しなくてもいい気苦労も多いんだからねぇ。
そういう風に続けたヘルマだが、答えを聞くまでロバートがもやもやと考え続けることも知っている。
まっすぐで不安そうな彼の眼差しに負けてか、ヘルマはゆっくり口を開いた。

「ただ……ひとつ、気になることがあってね」

裏切り者だとかスパイだとか、そういうのじゃないよ、という前置き。
正直に言えば余計なお世話を焼くまでもないのさ。本人の問題だからねぇ。
ここがマフィアだって分かった上で来たんだから、彼女にも覚悟はあるのだろうけれど。
けれど、気にかけてやらないってのも気が引ける。
アタシも女だからねぇ、とヘルマは言ったが、ロバートは首をかしげるばかりだ。
それが一体、何だっていうのだろう。
ヘルマの性別なんて10年前から知っているし、女マフィアだってそこまで珍しいわけじゃない。
何かと気が合うジジだって女性だし、ヘルマが性別を理由に考えることがあると、ロバートには思えなかった。

「分かんないって顔してるね、ロバート。お前さんは鋭いんだか鈍いんだか、たまによく分からなくなるよ」

「そりゃあどうも」

ぽかんとしながら答えれば、ヘルマはからかうように笑った。
彼女にとってはロバートでさえも子犬で、しどけないガキなのである。
ふうと葉巻を吹き、白い煙で二人の輪郭がぼやけた頃、ヘルマはようやく口を開いた。

「……その子はね、多分。男のことが嫌いなのさ」

お前さんだから話すんだ、他の連中には言うんじゃないよ。
本人が隠そうとしてることを公言する趣味はないからねぇ、なんて、付け加えて。

新入りのカワイコチャン
新しい子犬は、
どうやら危なっかしいやつらしい。


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