挑戦的な目に心を掴まれた。試すような強気な目で、でも自慢してくるようなムカつく感じじゃなくて、勝つとわかってるような優しく宥めてくるような不思議な目。
飲み会が始まってから遅れて駆け付けた彼女は、座った席に置いてあったビールのジョッキを持って乾杯に参加した。自分が持っている時はなんとも思わないのに、彼女が持つと重そうで酷く大きく見えて、この人じゃ飲み切れないだろう、と思った。もうだいぶ出来上がっている上司に絡まれながら、ニコニコと話を聞いて、小さく一口ビールに口をつける同じ職場の憧れの人。強引にメニューを押し付けると、大丈夫だよ、と言いながらレモンサワーを頼んで、その注文は彼女に合ってるな、と思った。酔うと人格が変わる男は彼女の同期らしく、ウザ絡みされて軽くかわす姿を隣で見守る。店員が彼女の注文した飲み物を持ってきたのを代わりに受け取って、そちらを見ると慣れた調子で同期の男をいじっているのが見えた。その様子が意外で楽しそうでなんか面白くなかった。
「ほら、レモンサワー届きましたよ。」
割って入った事に特に気にしてない様子の彼女は、受け取ってお礼を言いグラスに口をつける。そして上司に呼ばれてまた其方に向き直る。その隙に全然減ってないビールのジョッキを自分の方に引き取った。話がひと段落したのか、持ったままだったグラスをコースターに置いて、ビールがなくなってることに気付いた彼女が、ここに来て初めて俺を見た。
「抜け目ないね。さすが。」
「何がっすか?」
「ふふ。ありがとう。」
綺麗に微笑んで前を向き直って箸を手に取る。周りは相変わらず騒がしくて、俺にだけ聞こえるように囁かれたみたいでむず痒い。照れ隠しに自分のジョッキに少しだけ残っていたビールを一気に飲み干す。そういう所に気付くあんたがさすが、だろうが。
お酒は強くないのか、すっかり顔が赤くなっている。それでもいつもより少しノリが良くなっているくらいで、絡んだり体調が悪そうだったりはしない。
「赤くなってますね。」
「あ、やっぱり?顔に出ちゃうんだよね。」
両手で*を包みながら困ったように言うのが年上だけど可愛かった。そういえば、うちの職場の酒豪達によって開かれる飲み会でもよく見かける。
「見た目が変わるから心配されるんだけど、本人至って平気だから気にしないで。」
気を遣ってなのか事実なのかそう言って、俺を安心させるように微笑む。
「そうそう、この子これで意外と飲むのよね。」
「一回も潰れたとこ、見たことないかも。」
いつの間に席を移動して来たのか、彼女と仲のいい酒豪達が口々に言う。事実だったらしい。
「そこまで二人と同じようにはいかないけどね。」
笑顔を返しながらまたグラスに口を付ける姿に、そうなんすね、と返して自分も酒を煽った。
しかし会が進むにつれ、それは彼女が意識してそうしていた、というのが分かってしまった。何回か中身が変わったグラスの隣の烏龍茶が順調に減っていく。元々酒に強い訳ではないんだろう。自制してチェイサーを挟んでいるようだった。酒の入ったグラスは何度も変わるし、時には白ワインとかハイボールとかアルコール度数が高めの酒も飲む。注意して見ていないと酒が弱いと気付かないだろう。意外と強がりな部分を知り、目が離せなかった。飲み会らしく席を立って人が移動する。彼女の所には代わる代わる人が行ったり来たりするけど、特段自分から動く様子はなかった。俺も動かなかった。飲みの席で会うのは初めてじゃなかったけど、こんなにずっと隣にいるのは初めてだった。
「奈良くん同年代いないから、気が抜けないね。」
ずっと別の人と話していた顔が此方に向いた。テーブルにいた人は減っていて、騒ぎ声が遠くから聞こえる。今ここには二人しかいないんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
「もう慣れましたよ。静かに酒が飲めてありがたいっす。」
「頼もしいね?お酒弱いのもバレちゃったみたいで。」
店員から烏龍茶を受け取りながらそう言った。
「注文してくれたんだ?」
何か言いたげな少し挑戦的な目で見上げてくる。
「たぶん自分で思ってるより赤いですよ。首の辺りとか真っ赤。」
「あー、首か。顔は化粧で誤魔化せるんだけど、そこまで気付いてなかったな。」
残念そうに言って手で首元を摩る。その手を目で追って、手の少し先にあるVネックから普段見えない位置の肌が見えて慌てて目を逸らした。
「奈良くん大人すぎて、友達とバカ騒ぎしたり息抜きしたりすることあるのか心配になっちゃうよ、お姉さん。」
目を伏せて、自分でお姉さんと呼んで、完全に俺との間に一線を引く。まだ自分でも認めてない感情を、それは勘違いだよ、といつもの優しい声で言われてる気がする。
「まぁバカ騒ぎはしないですけど、バカな奴らと居るのは嫌いじゃないです。」
「そう?それは良かった。」
彼女が隣でグラスを置いて言葉が途切れた。そっと窺うように其方を見たけど、目が合うことはなかった。酒のせいで潤んだ目で真っ直ぐ見る先を追うと、少し離れた所に座る見慣れた人がいて、すとんと納得する。
「カカシさん、忙しそうですけど、会う時間とかあるんですか?」
「ん?んー、忙しいみたいね。昔みたいに皆でバカ騒ぎはできてないかな。」
皆で、とご丁寧に予防線を張られて、そういう関係なのかどうなのかはぐらかされる。
「奈良くんも忙しいんじゃない?ちゃんとお休み貰ってる?」
さらっと俺の話題にすり替えてくる。そういう一筋縄でいかない所が同年代の奴らとは違った。
「どうですかね。予定がある時は事前に申請するんですけど、それ以外は。」
「ふふ、デートとか?そういえば遠距離恋愛中だっけ?」
「誰ですか、そんな適当なデマ流してんの。」
「あれ違ったっけ?」
試すような強気な目でチラリと見られ、不敵な笑みに不覚にもドキっとする。目を逸らして動揺が悟られないように口を開いた。
「デートの予定があったら休み貰えるんなら、今週末付き合ってくださいよ。」
「いいよ、って言われちゃったらどうすんの?それ。」
「そりゃもちろんデートして貰いますよ。」
「ふふ、それじゃ休んだ気にならないでしょーよ。」
冗談だと取られたのか、俺の事を気遣うフリしてやんわり断る口調は、何処と無く先ほど彼女が見つめてたその人を彷彿とさせる。心が痛んだ。