やあ皆こんにちは。私はいわゆるトリップ夢主というやつだ。
トリップという言葉はほとんどのみんなが知っていると思うので、説明を割愛する。気がついたら異世界にやってきていた系のあれだ。
私はどこにでもいるタイプのOLをしていた20代後半の女性だった。別に探偵でもなんでもない。幼馴染で同級生の女の子と遊園地へ遊びに行ってもいない。
黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃した覚えもない。
しかしいつも通りに眠り、目が覚めたら……体が縮んでしまっていた!そのうえ若返っていた!
布団でいつものように自室で眠ったのに、気がつけば森の中に倒れていて、せせらぎの音が聞こえる川を覗き込むと、なんと若い姿になっていたという話だ。どこのコナン君だろうか。呆然としながら己がセーラー服を着ていることに気が付きさらに仰天。勘弁してほしい。30歳間近の女がたとえ若返っていたとしてもセーラー服を着て思う感情は「わあ!懐かしい!」とかではなくもはやコスプレじゃね?やばくね?なんだよ。
あ、そっかこれ夢かーと無理矢理納得させようとしたが一向に夢が覚める気配もない。どうしたものかと思っていれば、モノローグみたいな吹きだしが突然空間に出てきた。
「なになに、あなたはあるアニメの夢小説の世界にトリップしてしまいました。元の世界に帰りたくばキャラクターの一人と結ばれて、夢小説を完結させるしかありません……ほおー」
体験型夢小説……?香ばしすぎる。なんだその設定。絶句しつつも私は受け入れが早い性格なので、そっかーそういう設定なのかーと納得し、あれやこれやしているうちにいろいろあって、山で遭難しているところを忍術学園の人たちに助けてもらい、今は忍術学園にいるということなのだ。この状況を説明するまでに700文字使いました。難しいって簡潔に説明するの。
学園の前に置かれたでっかい看板の「忍術学園」という文字にこれ忍たまの世界だー!と気が付いたのだ。これでやってきたのが明治の時代に金塊を探す話だとかそういうシビアな世界でなくてよかったなと思う。恋愛どころか普通に死ぬ死ぬ。
国民的アニメで流血表現NGの世界なら私もまあ、死ぬことはないんじゃないかな。意外と大丈夫なんじゃね?みたいな楽観的思考になれた。存外私は楽観主義者である。
ところで私は昔は忍たま乱太郎をちゃんと見てました。国民的アニメなのでいつの間にかアニメを見てたし乱太郎きり丸しんべヱに関してはばっちり。土井先生と山田先生の名前たまにごっちゃになるけど顔はまあ、覚えてるかなって感じで、学園長先生とヘムヘムもばっちり。あと冷えた八宝菜もばっちり(正解は稗田八方斎)
っていうかそれくらいしかキャラクターを知らない。ほとんどミリしらで友人がなんか好きだったなーなんだっけ、あの双子?のキャラ好きとか言ってたなーとか思いながら転がり込んだ学園で、面白いこと好きな学園長になんか気に入ってもらえてお世話になることになった。見知らぬ服を着ている明らかに怪しい人間に対し、みんな警戒を抱いているのは確かだった。学園長の客人として一応招かれたので邪推な扱いはされないが、という申し訳程度の認識だ。
何もしないままお世話になるのも社会人経験をした身としては心苦しく、っていうか信頼を勝ち取らないとどんどん息苦しくなっていきそうでもうへいこら頭を下げて愛想を振りまきまくった。サービス業で働いてたこともあるんだ、愛想は完璧だからね。
そんな風に過ごすこと数日。忍たまたちが私の話をしている場面に出くわした。こっそりと聞き耳を立てながら話を聞いているとさんざんな言われようだった。
「なんかあやしくない?」
「変な服着てたし」
「髪もすっごい短いし」
「なんかの妖怪だったりして―」
ちくしょーーーーー!私だって来たくて来たんじゃないやい!!!!!!
私はその場所から駆け出し、すれ違う土井先生が「ど、どうかされましたか!?」とびっくりした様子で声をかけてきたが、止まらずに走り続けて自分に与えてもらった部屋に逃げるように帰って布団にダイブした。
っていうかもう推しに会いたい。コナンの映画だって楽しみにしてたし、メダリストのアニメだってワクワクしながら見てて原作で好きだったシーンをアニメで見れるの楽しみにしてたし、まだまだ推しとか知りたいことがいっぱいだし、はよ推しを浴びる生活に戻りたい。何のために苦しい社会人やってると思ってんだ。推しに貢ぐためだったんだぞ。くそ……!
見る人が見ればうらやましがる展開を体験しているわけだが、私にとっては未開拓ジャンルゆえにキャラがいるーー!すごーーい!とかになることは無理だった。っていうか現代との文明に差がありすぎて泣いてます。どないすんねん。ネットのない環境に発狂しそうだった。
「うぅ……会いたい、会いたい…………」
推しに会いたくて会いたくて震える。日中はなんかお手伝いさんやりながら、毎日夜に布団にもぐりこむたびに現代に戻りたくて泣いてた。しくしくさめざめと。この年齢になってこんな風に不安で涙を流す日々を送る羽目になるとは思いもしなかった。
これがなんか勘違いを産んだらしくて、学園のみんなが私を見る目が暖かかった。疑問に思っていると、ここにやってきたときに見たようなモノローグの吹き出しが出てきた。
(なになに……?監視の名目で彼女の部屋の天井から何度も見ていたが。最初こそ気丈にふるまっていたものの、布団の中で泣きながら誰にも涙を見せず夜を明かす彼女の姿に、心根が優しい彼らは胸を痛めた……何か事情があって帰れずに故郷が恋しくて泣いているのだろう、と。彼らは誓った、少しでも彼女が安心できるようにふるまい方を変えようと)
っていうか泣いてるところ見られてたんかーーい!部屋の中めっちゃ見てるんかーーーい!
自分が監視されていたことにびっくりした。忍者怖い。忍者。
びっくり仰天していると、吹き出しに文字が追加される。
(ところでお忘れではないですか?元の世界に帰りたくばキャラクターの一人と結ばれて、夢小説を完結させるしかありません、ということを……)
そうだった。
いきなり放り出された先が室町時代とか恋愛どころじゃねーわ、ってなって現実を逃避してたがそういう設定だった。
え?私、小学生の子とはさすがに恋愛無理なんだけど……?と倫理観から冷や汗が出た。10代に手を出す20代後半の女現代では無理すぎるだろ……。事案だよ。になりどうしたもんか。と腕を組んで真剣に考えた。
私が元の世界に戻るにはこの世界のキャラクターと恋愛をして、なんか両想いにならないといけないっぽい。つまり、恋愛を、するということで……。
山田先生は論外。年上のおじ様すきだけど既婚者はちょっと……。後ろ指を指されるような恋をするのは人として憚られる。学園長先生はなんかもう普通におじいちゃん!ってかんじだし。
ならば土井先生――――と思ったのだが、なんと彼、きり丸とほぼ親子みたいな関係だということがですね、一緒に過ごすうちに発覚しまして……!
いや、手を出しづらいだろ!!!子連れの男の人みたいなもんじゃん!!!!!まだちいちゃいこがいる状態でその子を放って恋愛してる暇とかないじゃん!!!!!目の前の子供のことに必死だし、子供優先してほしいじゃん!!!!!
そう思うと土井先生もアタック候補から外れるわけで……。
そうなるともうね、ほぼ既婚者だらけで女性の影がなさそうなのといえば、もう学園の中でアタックできそうなの六年生くらいしかなかったんですね。私の中では。
15歳ってこの時代は成人男性くらいの認識らしいしギリ私の倫理観誤魔化せば、いける……か!?と葛藤し、もう自分の元の世界に戻るために悪いが利用させてもらいますわ。みたいな開き直る方向にチェンジした。すみません。これも修行と思ってください。
頭の中で申し訳なさから合掌しながらも、ここはフィクション、ここはフィクションと割り切って利用するものは利用することにした。私は今ゴールデンカムイに出てくる登場人物くらいの役者になれ。っていうかもう鶴見中尉みたいに劇場作る勢いでいけ。私は鶴見。私は鶴見。いや、普通に嫌だな……。
現代における推し。人心掌握が完璧な推しを頭の中で思い浮かべながらいかに男を落としていくかを考えた。鶴見中尉は男性たちの心をつかむのがほんっとうにうまかったから、多分真似したらいけんじゃね?そんなわけあるかい理論を頭の中で展開させてた。なりふり構っていられなかったのである。
静かな夜風が、忍術学園の庭を吹き抜ける。私は木の根元に座り込み、わざとらしくため息をついた。こうすればさすがに誰か声かけてくれるのではないか?と予想したのである。さあ、さあだれか声をかけてきてくれ……優しい善法寺伊作くん辺り来てくれ!善法寺来い!善法寺来い!!!!
「……はぁ。」
ため息をわざとらしく吐くこと数回目。すぐそばで立ち止まる気配がする。狙い通り、善法寺くんがこちらを気にしてくれたようだ。彼は優しいし、押しに弱い。情に訴えれば何とかなるはず……私はゆっくり顔を上げ、できるだけしおらしく彼を見つめた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「善法寺くんだっけ……大丈夫だよ、どうかしたの?」
私は弱々しく微笑みながら、彼をじっと見つめる。私は誰にも相談できずに自分で抱え込もうとする女ですよアピールだ。きっと大丈夫といえば彼は心配して踏み込んできてくれるだろう。すると、彼は困ったように眉を下げた。よし、順調だ。
「そうは見えないけれど……何か悩みがあるなら話してくれないかな?」
キターーーーー!
あくまで相手が自分から聞き出しに動いたというのが大事ですよ〜〜〜!相手からの行動があって、初めて頼ったというのが大事なんですね〜〜〜〜!
「そんな、大丈夫……ううん私、今……すごく不安で……」
彼の優しさに訴えかけるように、わざと声を震わせる。善法寺くんは、戸惑いながらも私の話に耳を傾ける姿勢を見せた。
「この世界に来てから、どうしていいかわからなくて……。みんな優しくしてくれるけど、それでも……ひとりでいるのが、すごく寂しいの。何も知らない世界にきちゃって……ずっとここにいるわけにもいかないし……帰る場所が無くなっちゃった」
「そんな……大丈夫ですよ、学園のみんなはあなたを放り出したりしませんよ」
彼の表情がみるみるうちに困惑から同情へと変わっていく。よしよし、予想通り。彼はこういう話に弱そうだと思っていた。
「善法寺くんは……優しいよね。えへへ善法寺くんのそばにいると、私、ちょっとだけ安心できる気がする。ここにいてもいいんだって……思える気がするから」
少しずつ距離を詰めながら、そっと彼の袖を掴んでみる。びくっとした彼の反応を見て、私は確信した。いける。
「だから……もう少しだけ、何も言わなくていいから私のそばにいてくれない?」
「僕でよければ、もちろん……」
彼は完全に戸惑いながらも、逃げることはなかった。押しに弱い彼なら、ここからゆっくり攻めていけば……。私は、まだ何も知らない彼を見つめながら、内心でガッツポーズを決めた。ふふ……善法寺くん、私は帰らなきゃいけないの。だから、ちょっとだけ付き合ってね?お姉さんちょっとあなたがちょろすぎて心配です。
自分に頼れる人はお前しかいないんだ。そう思わせることが大事だって鶴見中尉もあの手この手でやってたもんね……。恋愛とは人心掌握。相手の心をつかめばいいように持っていけるのだ。人としてそれはどうなのかと思う思考のまま、こうして女は善法寺をターゲットにすることに決めた。
保健室の窓から差し込む光が、静かな午後を演出している。私は手際よく薬草をすり潰しながら、隣で黙々と作業を続ける善法寺くんにちらりと視線を送った。
「ねぇ善法寺くん、いつもお疲れ様。おにぎり作って来たけど食べる?」
彼が顔を上げると同時に、満面の笑みを浮かべる。重要なのは“特別感”だ。誰にでも見せる笑顔では意味がない。“あなたがいるから私はこんなに幸せ”という空気を出さねばならない。
「えっ、あ、うん……ありがとう?」
案の定、戸惑う善法寺くん。しかし彼は優しいので、「善法寺くん優しい♡迷惑かけてごめんね」とか言えば「そんなことないよ」と言いながらもまんざらでもない様子だ。チョロい。敬語はやめて気さくに話してほしいな♡とお願いしたら最初はぎこちなかったが敬語をやめてくれた。やべー、10代の子に手を出してるの犯罪感が否めねーーと内心冷や汗を流しながら絶対10代の子に不健全な行為はしないから許してくれ。と謝罪を続ける。
彼の隣に座りにこにこと笑って「おいしい?」とおにぎりをほおばる姿を見て尋ねれば、うん……と顔を少し赤くしながらもうなずいてくれた。
それからというものの、私は善法寺くんの保健委員の活動に積極的に関わるようになった。荷物運びを手伝い、患者の世話をし、時には巻き込まれてケガをし――。
そう、何かと不運に見舞われる。善法寺伊作やばい。呪われてんのか?ってくらい不幸に見舞われる。大丈夫?お祓いいく?
「また転んじゃった……」
「ご、ごめん!僕がちゃんと見ていれば……」
「ううん、善法寺くんがそばにいてくれるなら、大丈夫♡」
甘い声で囁けば、彼の顔はみるみる赤くなる。予想通りだ。……うんうん、いい反応。これは順調にルート進行中ですね。私は恋愛シミュレーションゲームの主人公になった気分で、さらに攻める。
「僕は不運だから……その、巻きこんじゃってごめんね。気になるようなら少し離れていたほうが……」
「善法寺くん、あなたと一緒ならどんな目に合っても大丈夫、一緒にいることができてうれしい♡善法寺くんは私が一緒にいたら迷惑かなあ?」
彼の前に立ち、無邪気に首を傾げる。ふふ、今のは攻略率5%アップってところ?一緒だと楽しいよ、不幸も全部一緒に背負って生きていくから、二人でなら乗り越えられるよ!そういって相手の事を受け止めるのが大事だと、鶴見中尉も教えてくれた。数々の男たちの重い感情を彼は受け止めて見事信頼を勝ち取っていたじゃないか……。
「え、えっと……」
予想通り、彼は視線をそらしながらしどろもどろになる。
うんうん、押しに弱いねぇ〜善法寺くんは優しいし、基本的に強く拒めない。だからこそ、こんなふうに「自分が頼られている」と思わせれば、じわじわと距離を詰められるのだ。
さぁ、次のイベントはどうしようかな?
もはやゲーム感覚である。完全に相手を人間扱いしてなかった。
善法寺への恋愛感情はない。でも、そういうゲームだと思えば、私は自然に甘いセリフを口にすることができる。……善法寺くん、ごめんね?でもこれは、元の世界に帰るためなの。あなたも忍者ならわかってくれるよね。これが女のしたたかさってやつよ。
都合のいいことばかりを女は考えることにした。
しばらくたったある日の昼休み。学園の中庭で、私は目を細めて耳をすませた。
「最近の伊作、なんかぽけーっとしてねぇ?」
「わかる。鍛錬中も上の空っていうか……」
「まさか、色事にうつつを抜かしているのか……?」
キターーーーー!!!
皆さん聞きましたか!?私当選確定いたしましたーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!今回に限り!!!!なんと!!!!!!!!!!!??????????内心、ガッツポーズを決める。よしよし、ここまでくればもう勝ったも同然。善法寺くんが私の影響を受け始めているのは確実だ。このまま押せば、すんなり落ちるだろう。でも、ここで油断してはならない。最後の一押しこそが肝心。
さて、最終フェーズに入るとするか……。
もはや黒幕のセリフである。静かに作戦を切り替えた。<ちょっと距離を置いて、嫉妬心を煽る作戦>である。恋愛シミュレーションゲームでも、攻略対象がこちらに意識を向け始めたら、一旦距離を取ることで不安を煽るのは王道のテクニックだ。
今までは、彼の姿を見つけると即駆け寄っていた。でも、今日からは違う。彼から声をかけさせるのだ。私はまず、彼の友人と仲良くなることにした。ターゲットは……同室の留三郎くん。
彼は鍛錬に励む真面目な生徒、それでいて優しく誠実。何より善法寺くんと仲がいい。善法寺くんと一番近い距離にいる彼と親しくなれば、必然的に善法寺くんの目に留まる。しかも、善法寺くんにこちらが距離を取ると彼の中で「え、最近話してなくない?」という違和感が生まれる。完璧な布陣だ。
私はさりげなく鍛錬が終わった後と思われる留三郎くんの近くへ行き、微笑んだ。
「ねぇ、ちょっと相談してもいい?」
留三郎くんが目を瞬かせる。突然話しかけてきたので驚いたのだろう。読んでたよ!その反応はね!!!
「相談?」
「うん……実は最近、善法寺くんに頼りすぎてる気がして……迷惑になってないかなって……」
わざと控えめなトーンで呟く。すると、彼は「そんなことはないと思うが……」と首を傾げながらも、きちんと話を聞いてくれる。真面目な彼は、こちらが真剣に悩んでいる風を装えば、まじめに対応してくれるのだ。うーん、いい子だなあ……だましてるのが申し訳なくなってきちゃったよ…………。
「負担になってないかなって思うし、それに、いつまでも善法寺くんに引っ付いてたらダメだと思って、彼以外の人とも仲良くなりたいなって思って……だから、留三郎くんとも、もっと話してみたくて」
ちょっとだけ距離を詰めて、控えめな笑顔を向ける。もちろん、これは演技。でも、演技であっても人の心を動かすのは可能なのだ。留三郎くんは軽く咳払いしながら、
「……まぁ、それはいいことじゃないか。っていうか名前」
「え?」
「いや、俺のことを名前で呼ぶんだな、と思って……」
「あ!いつも善法寺くんが留三郎って話に出してるから、えへへ、私も移っちゃったのかな……」
恥ずかしがってる感じで悪気があるわけじゃなかったんですよアピールだ。全然わざと下の名前で呼んだ。これには理由がある。この言い訳なら善法寺くんと仲のいい彼は俺の話を良くしてるんだなーと友情も実感できるだろうし、それほどまでに私に気を許してるんだな、と彼にいい感じに勘違いしてもらえそうだからだ。
よし、自然な流れで会話成功。ここから、徐々に善法寺くんと話す頻度を下げ、代わりに留三郎くんと話す姿を見せつけることで、善法寺くんに「最近話してないな……」という焦燥感を植え付けるのだ。そして自分よりも別の男の名前を呼んでる姿を見て比較させ、特別なのは自分だったのでは!?と焦らせるのだ。
私は、善法寺くんが遠くからこちらを見ていることを確認し、ふっと微笑んだ。
ふふ……気になってる、気になってる。
しかし女は忘れていた。鶴見中尉の展開した劇場は思っているより鶴見過激派たちを産み、彼をめぐって泥沼の劇場になっていったことを。
今日もまた、私はわざと善法寺くん以外の誰かと話していた。下級生然り、他学年然り、先生方然り。そうしてとどめに……キミに決めた!!
「留三郎くん、前に修理頼んでたもの、直してくれてありがとう!すっごく助かっちゃった!」
わざとらしくない程度の明るい声で話す。善法寺くんが、すぐ近くでこちらを気にしているのを知りながら。
「ああ、あの程度なら構わない、喜んでもらえたのならよかった」
「頼りになるんだね、留三郎くんは。あ、お礼したいから何かお礼の品考えておいて」
何度か話すうちに留三郎くんともだいぶ仲良くなった。現代心理学の顔を合わせまくって好感度稼ぐ単純接触効果に好意を明らかにしまくる返報性の原理、俺達趣味とか似てるくね?になる類似性の法則に自己開示をする社会的浸透理論、現代の恋愛テクニックをごりっごりに使用した。これは恋愛に限らず友情を築くのにもとても便利なテクニックなのだ。
そんなこんなで彼とも結構な交流を深めている。わははー
ちらっと視界の端で善法寺くんの反応を確認する。手に持っていた荷物を持ち直す仕草、わずかに伏せた視線、いつもよりゆっくりした歩調……これは、めちゃくちゃ気にしてるやつ。
ふふ……いい感じ、いい感じ。
効果はてきめんだった。それまで我慢していたかのように、しびれを切らした善法寺くんが、会話の途中で割り込んできた。
「あ、あの!」
私は“驚いたふり”をしながら、善法寺くんを見た。
「え? 善法寺くん?」
「伊作か、どうしたんだ?」
彼は少し眉を寄せ、戸惑ったように視線を揺らしている。そして、急かすような調子で言った。
「……用があるから、一緒に来てほしいんだけどいいかな?」
おおお〜〜〜〜〜〜!!!!!(内心ガッツポーズ)
ついに来た、待ちに待ったこの瞬間!!
でも、ここであからさまに喜ぶわけにはいかない。だから私は、わざと少しだけ困ったように目を瞬かせた。
「え、うん……わかった」
そして、留三郎くんに向き直り、にっこり微笑んで「またね、留三郎くん」と手を振る。
ここもポイント。名残惜しそうにしすぎるとただの小悪魔になってしまうので、あくまで自然に。
すると、善法寺くんはさらに急かすように私の手を取り、ぐいっと引いてくる。
「ちょっ……善法寺くん?」
驚いたふりをしながら、彼に引かれて歩く。わざとらしく彼の顔をのぞき込み、「どうしたの?」と問いかける。もちろん、心の中では「よっしゃ〜〜〜!!!!」と叫んでいたけれど。
完全に、私のことを意識してるね?善法寺くんの耳は、うっすらと赤い。歩くスピードは少し早いし、なんとなく焦っているのが伝わってくる。かわいい。
これであと一押し……さて、どう落とそうかな?
私の作戦は、着々と進行中。くく、エンディングまであと少しってところかな?
善法寺くんに手を引かれ、人気のない廊下まで連れてこられた。
普段は穏やかで優しい彼だけど、こんなに急かすように手を握られるのは初めてだ。
これは……かなり効いてるぞ……!
心の中ではガッツポーズだったが、表面上は何も気づいていないふりをする。
「……どうしたの? 何か用があるようだったけど?」
小首をかしげながら尋ねると、彼は一瞬だけ視線をそらし、少し間を置いてから、ぽつりとつぶやいた。
「……最近、留三郎と仲いいんだね。名前で呼ぶくらい…………」
よっしゃああああああ!!!!!(心の中でガッツポーズ)
ここで大事なのは、“すぐに否定しないこと”だ。私はわざと少しだけ間を置き、「え?」とすっとぼける。
「うん。きっかけがあってから仲良くなったんだ」
落ち着いた声でそう言うと、彼の表情が微かに曇る。
いいぞいいぞ、もっと気にしてくれ。そうしたんだ。
「とてもいい人だよね、留三郎くん」
わざと意味深な感じで言う。彼の表情がさらに沈むのがわかる。
そう……善法寺くんはきっと私のとって善法寺くんが一番だと思っていたのに、仲のいい友人に取られそうになっていると思わせるのが、今回の作戦なのだ……!
沈黙が落ちる。
彼はもじもじと視線をさまよわせ、迷うように唇を噛んだ。
「……僕じゃ、頼りないかな……?」
きたあああああああああ!!!!(心の中でガッツポーズ再び)
でも、ここで舞い上がってはいけない。私はあくまでも“何もわかってない”女なのだから。純真で世間知らずで何もわかってなさそうな馬鹿な女の方がウケがいいのだ。
「え? なにが?」
わざと無邪気な顔で首を傾げる。善法寺くんはぎゅっと拳を握りしめ、小さな声で言った。
「……君が、留三郎を頼ったり、笑いかけているのを見ると……なんだか、胸が苦しいんだ……」
言え! 言えええええええええええ伊作えええええええ!!!(内心大興奮)
心の中のノスタル爺も叫んでる。
でも、私はまだ“わかってない”フリをしなくちゃいけない。
「それはどうして?」
ゆっくりと、彼の目をのぞき込む。さあ、ここからが最終フェーズだ……!手に汗握るぜ、はいここ、今からノンストップで展開されますよーーー!
「君のことが、好きなんだ……」
善法寺くんが顔を赤らめながら、恥ずかしそうにそれでも真剣な眼差しで言った。
キターーーーーーー!!!!
内心ではもうガッツポーズを決めながらも、私は驚いたふりをする。
いや、ここで“驚く”だけではなく、“照れる”ことが重要だ。
つまり、顔を赤くする必要がある。
(ここで私の奥義……恋の呼吸!無呼吸!!!!!!!)
物理的に呼吸を止めることで怒責を起こし、頭に血が上げる。
呼吸を止めて一秒、あなた真剣な目をしたから──!!!
脳内で流れる昭和の名曲。
でも歌ってる場合じゃない。
(やばい、酸欠で死ぬ!死ぬ! これ、マジで死ぬやつ!!!!!!!)
しかし、ここは緩急をつけるべき……即答してはならない。
私は“戸惑ったふり”をしながら、数秒間耐えた。
息が……したい……!!!限界が訪れる寸前で、私は彼の胸に飛び込んだ。
「っ!」
善法寺くんが驚きに息を呑む。
でも、抱きしめ返してくれるのを私は知っている。
だって、今までのフラグ構築の流れからして彼は絶対に受け入れるしかないのだ!!
その瞬間。
抱きついた反動で思いっきり息を吸い込んでしまった。
うわあああああ!! 物理的に心臓バクバクしてる!!!
姑息極まりないこの作戦により、本当に心臓が跳ね上がるほどのドキドキを演出。
もはや演技ではなく、リアルな動悸。命かけてんだこっちはね!
「私……私も、善法寺くんのことが好きだから……びっくりしちゃった」
恥ずかしそうに言いながら、何なら呼吸留めてたせいで涙腺も緩んだからいい感じに涙ぐんでる演出できた。抱擁を緩めて笑顔を浮かべる。
もうアカデミー賞受賞でいいだろこれ!!!!内心私は賞を受賞しトロフィーを観客に向けて掲げる妄想を展開する。自分レッドカーペット歩けます!!!!
善法寺くんは、私の言葉にぱあっと顔を輝かせていた。ごめん、ほんとにごめん。10代の子供の純真な心を弄んでごめん。
「本当に……?」
「うん」
私は微笑みながら、彼の手をそっと握り返した。善法寺くんの手が、ぎゅっと私の手を握りしめる。えへへ、あったかいね、手。とか笑顔で笑う私は完璧にかわいい女のムーブそのものだろう。もう褒めてほしいまである。
その優しくてまっすぐな瞳を見て、私は確信する。これはもう……ゴール目前……!!!っていうか両想いになったんじゃね?これで帰れるんじゃね?
善法寺くんの温かな手が、私の手を優しく包み込んでいる。
その瞳には、私への真っ直ぐな想いが溢れていて、まるで少女漫画のヒロインにでもなったかのような気分だった。
やった……!! やったぞ……!!!!!
長きにわたる計画の末、ついに私は彼の心を射止めた。
恋愛シュミレーション、完・遂。
その瞬間、私の視界にふわりと吹き出しが出現した。
『そうして二人は両想いになった。』
……!!!?!?!?!?
突然の視界の異変に驚きつつも、その内容を確認し、私は全身の力が抜けるのを感じた。
よかった……これで戻れるのかも……本気でうれしくて、思わず涙が滲んだ。
長かった……ここまでの道のり、本当に長かった……。善法寺くんを落とすためにあれこれ画策し、酸欠寸前まで演技をし、計算しつくした恋愛工作の末の勝利だ。
あとは、このまま夢小説が完結すれば――――
――が。
『しかしこの後、二人に悲劇が降りかかるとは予想もしなかった……』
は?????
次の瞬間、追加された“吹き出し”の文章に、私は背筋が凍った。
(おい、どういう事なんだよ……)
まるでナレーションのような一文が、まるで映画の不穏な幕開けのように告げているこの後、悲劇が起こると。
いやいやいや、待て待て待て……!!! なんでだよ!?!? ハッピーエンドじゃなかったのかよ!!!!!ここ超Happyなほのぼのギャグ日常アニメの世界だよ!?ちびまる子ちゃんだって永沢君の家が火事になるくらいしかシビアな描写なかったよ!?!??!
何か不吉なことが起こる……その確信が、背中を冷たく撫でる。え?学園が燃えるとか……?
「……どうしたの?」
不安げに私を覗き込む善法寺くんの瞳は、優しくて穏やかで、そんな彼の表情を見て、余計に嫌な予感が募る。
何かが起こる……? 彼に? 私に? それとも……
いや、考えたところで答えなんか出ない。何が起こるかなんて、私は知らされていないのだから。私はぎこちなく笑いながら首を振る。
「なんでもない……幸せすぎて怖いなって……♡」
精一杯の言い訳をするしかなかった。
その意味を、私は数ヶ月後に知ることになる。
というわけで。
もう、びっくりするほどげっろあまの毎日が始まりました。ええ、もう糖尿病になるくらい砂糖がはいってる飲み物を飲んでる気分です。
「ねぇ、名前で呼んでほしいな……♡」
はい、キターーーーー!!!!
善法寺くんの照れながらのお願い、これが恋人になってから何度目の破壊力だろうか。奥手で控えめで、でもちょっと嫉妬深い彼は、ほんの少しずつ距離を縮めるたびに、甘い言葉を囁いてくる。顔を赤らめながら私のことが好きだということを隠さない様子に、ちょっといけないことをしている気分だ。いや、そうなるように仕組んだのだけれど……。
「え……伊作くん、って……呼んでいいの?」
「……うん。君に呼ばれたいから……」
「伊作くん♡」
言いましたよ!!甘ったる〜〜〜〜〜い声で!!!
ベッタベタに甘やかしました!!!自分はないわーって感じの媚びた声を出したつもりだが、伊作くんは、耳まで真っ赤にしてうつむいている。
昔だったら「きゃ〜〜〜〜!!!」ってなってたんだろうなぁ。残念ですが、私の恋愛にロマンスを求める時期はとうの昔に終わっているのです。無理してんな、私……という感想の方が出る。
……いや、彼のことは好きだ。人としては普通に好きだし、大事にしたいとも思う。
現実の世界で伊作推しがいたらぶっ殺すぞ!と思われかねない発言をしている自覚がある。でも、なんかこう……恋に対する感受性が……ね……。10代の子に対して甘ったるいセリフいってる30歳間近の女、やばくね?が勝ってしまう。
私、枯れてるな……とはいえ、枯れてなかったらこんな嘘偽りの愛の囁きを全力でやり遂げるなんて無理だったと思うので、まあ、都合はいい。
今日も今日とて、私は伊作くんと引っ付きまくる。
ベタ甘、イチャイチャ、幸せカップルごっこ。
ここまできたら、さっさと“完結”して現代に帰るだけ。
なのに……。なのに――――なぜか、悲劇のフラグが立ったっぽいあと、何も起こらないままこの世界に居続けている。
気持ちはすっかり揺れ動いていた。周囲からはほほえましい目で見守られ、留三郎をはじめ、他の同級生たちにも「色恋にうつつを抜かしすぎるなよ」と笑顔で言われるたびに、心が苦しくなっていた。祝福ムードつらくね……?
だましているような気がして、なんだか胸が締め付けられる……
その気持ちを消すことができないまま、毎日が続いていた。正直、楽しむどころか、毎回会話や行動の一つ一つに裏の意味を込めているようで、「この関係って本当に正しいんだろうか?」と悩むこともしばしば。全力で演技をしている。鶴見中尉もこんな気持ちだったのかなあ……いや、あの人は釣った魚に餌をやらないタイプだしな……。
でも、こうしてしばらくすれば、元の世界に戻れるはず。そう思ってはいた。笑顔を作りながら心の中ではビクビクしている。
だって、何も進展がないまま時間だけが過ぎていく、一向に元の世界に戻れる気配すらない。そのうち、伊作くんは気づかぬうちに進展を迫ってくる。
「ねぇ、ちょっとだけ、こっち向いて……」
そして、突然キスをしてくることもしばしば。心臓がバクバクして、あまりの突然さに思わず反応が遅れてしまう。ときめきじゃなくてマジで!?の方。マジで10代の子とキスすんの!??!?!?!?!?!の倫理の方で心臓がバックバク。
え、まさか、これ、 うっかり本気にされる流れになってない!?触れられ方がキス以上のものを求めているような熱がこもっているように思う。
これはまずいぞ〜〜〜!!
奥手なふりしてキスだけで恥ずかしがってるふりをして躱す。スマンさすがにR-18展開したら事案でしかないと思っているんだ……。
内心で思いっきり焦っているが、外ではどうにもできない。彼があまりにも真剣で、ますます心の中の「元の世界に戻るための期限」という壁が近づいてくるように感じる。
っていうかはよ戻してくれ、このままだと事案になってしまう。神様仏様〜〜〜〜ドラえも〜〜〜〜〜ん!!!!!!!!!!!
どうしても、「この関係の先に何があるのか」が見えなかった。
どうしたらいいんだ?
無理にその場をやり過ごすのはできるけど、このまま心だけが引き裂かれるような事態になったらどうしよう。でも、どうしても伊作くんの笑顔や、言葉に裏の意味を込められずに素直に向き合ってしまうことが多くなってきている自分にも気づいていた。
「卒業したら結婚してくれる?」
まるで夢の中にいるような感覚に囚われている中で、卒業が近づくにつれ、彼との未来が現実味を帯びてきた。その言葉が彼の口から出た瞬間、心臓が一瞬止まるかと思った。
結婚?
一体どういうことなのか、頭の中でぐるぐると考えても、すぐに答えは出てこなかった。彼の真剣な瞳を見ていると、そこには本当に未来が描かれているように見える。それでも、心の奥底では何かが引っかかっているのを感じた。
やべー結婚すんの?まじで????
頭の中が混乱して、思わず目をそらしたくなった。それでも、少し間をおいてから、彼の顔を見つめ、口を開く。
「うん、いいよ!」
その瞬間、彼の顔がぱっと輝いた。どこか安心したように微笑み、そして改めて言った。
「絶対だよ、約束だ」
その言葉を聞いた瞬間、彼は小指を差し出し、指を絡める。
彼の目は純粋で、まるで自分がこの世界で一番幸福だと言わんばかりの表情を浮かべている。彼がこんなにも真剣で、一途に思ってくれていることを感じると、胸が苦しくなる一方で、その温かさが染み渡っていく。
その瞬間、彼の指先に絡んだ自分の小指を見つめながら、ふと自分の心がどこか冷めてしまったことに気づく。
こんなにも純粋に人を好きになれる気持ち、もう自分はなくしてしまったなあ。
どこかフィクションのように感じながら、彼の表情に見とれている自分がいる。彼にとってはこれが「未来」なのかもしれないけれど、私にとってはそれが現実であるとは感じられない。
未来が約束されたようで、同時にその未来に本当に自分が合うのか、ずっと疑問を抱き続ける日々が始まった。私は本来ここにいない存在なのだ。そんなの夢物語だ。でもそうか、ここは夢小説の世界なら、正しい表現なのかもしれない。
そんな日々を過ごす中で久しぶりに乱太郎と一緒に街に出た。心の中で少し懐かしい気持ちが湧いてくる。伊作の卒業祝いの準備が始まるということで、保健委員の仲間たちと協力し合って手伝うことになった。これまでの時間が無駄ではなかったと感じ、皆から好かれることが嬉しくて仕方がない。
「卒業後、伊作先輩とはもうあまり会えなくなっちゃうのかなあ……」
乱太郎がぽつりと呟いた。その言葉を聞いて、思わず胸が痛くなる。卒業後も彼らの関係が続いていけばいいと思うけれど、現実的にはそううまくはいかないだろう。卒業した後も会いに来ることはあるだろうが、それぞれ別の城に仕えることもあるだろう。学園と対立する組織に属することもあるのかも。
「きっとまた会えるよ」
そう言って、乱太郎の頭を優しくなでた。その瞬間、彼の表情が少し明るくなり、安心したように見える。自分がどこにいるのか、どうしてここにいるのか、よくわからないけれど、少なくとも今はみんなと一緒にいられるのが幸せだと思える。
そうして過ごしているうちに、気づけばフィクションの世界に足を踏み入れてしまった自分を改めて感じることがある。それでも、そこで過ごす日々は不思議と居心地が良い。周囲の人々の中には、私に対して好意を寄せてくれる子たちも多く、そんな気持ちに応えるのは自然なことだと感じた。
自分も、彼らに好意を寄せることができている
その感情は、嘘ではない。伊作に対する後ろめたい気持ちがある一方で、乱太郎や保健委員の子たちとの絆も大切にしたいという想いが心の中で重なっていく。
卒業後の未来がどうなっても、この一瞬一瞬を大切に過ごしたいと心から思う。それは、元の世界に戻るにしたってそうだ。別に傷つけたいわけじゃないのだ。大事なものの優先順位が違うだけで。
乱太郎が不安そうに私の手をぎゅっと握りしめ、その目で見上げてきた。そんな彼の表情を見て、胸が痛む。彼には何も伝えられずにいるけれど、今の私にはそれがどうしてもできなかった。
「おねえさん……どこか遠くに行っちゃうんですか?」
乱太郎の言葉に、少しの間言葉が出ない。何かを察したのだろうか。心の中で自分が向かう先が決まっているような、そんな気がしてならなかった。それは、エンディングが近づいているという感覚から来ているものだろうか。
でも、乱太郎にはそれを伝えたくない。どうしても、笑顔で彼を安心させたかった。
「ううん、そんなことないよ、どこにもいかない」
なるべく軽い口調で答える。彼の手を自分の手で包み込むようにして、笑顔を作った。けれど、その笑顔がどこかぎこちなくて、乱太郎には完全にごまかしきれているか分からなかった。
乱太郎は少し首を傾げて、まだ不安そうな顔をしていたが、私の笑顔に少しだけ安心したように見えた。彼の気持ちを傷つけたくないから、嘘でも今はそう答えた。
でも、心の中ではもうわかっていた。私がこの世界にずっといることはない。エンディングが近づいているのなら、その時が来たら、私は戻らなくてはいけないのだろう。
そうしたら、みんなとの時間も終わってしまう。その時まで、私は一緒に過ごして、できるだけ楽しい思い出を作りたい。だけど、どこか切ない気持ちもあり、涙が溢れそうになるのを必死で抑えていた。本当は、フィクションの存在だと割り切れなくなってきている。だましていたことが苦しくなっている。あんなにも幸せそうに笑う彼を、自分の都合でだまして、好意を寄せさせていいようにしたのだ。地獄に落ちても文句は言えない。
突然、周囲が暗くなったような気がして、私は一瞬で状況を把握した。男たちに囲まれている。おそらく忍者だ。こちらに殺意を向けているのは明らかだった。乱太郎の存在を感じながら、その背にかばうように立ちふさがる。彼らの目が私たちに向けられ、すぐに忍術学園の者だと見抜かれる。
「忍術学園のものだな……」
男たちの冷徹な声が響く中、私は反射的に身体を構えた。次の瞬間、鋭い刃が私の方へ迫り、私は無我夢中で躱す。鋭い感覚が走り、腕をかすめる痛みが襲ってきたが、乱太郎を守ることだけを考えて足を進めた。
「乱太郎、っ逃げるよ……!!!!!」
私は彼をしっかりと抱きしめるようにして、走り出す。けれど、足が滑り、刃物が再び私の足元に襲いかかり、切り裂かれる感覚が走った。鋭い痛みが広がり、転んでしまう。地面が冷たく、身体が無力感に包まれる。
必死で乱太郎を守ろうとする私の手は、力が入らず震える。しかし、男たちはそれを許さなかった。彼らが私に迫り、乱太郎を連れ去ろうとした。その瞬間、心の中で怒りが爆発するのを感じ、私は全身で抵抗し、刀で切り裂かれる痛みも無視して乱太郎を守り続けた。
「乱太郎を、絶対に渡さない!指一本触れさせない!傷つけさせるもんか!!」
私の声が震え、意識が遠くなる。しかし、それでも私は乱太郎を抱きしめ続け、彼を守ろうとする。それが最後の力になるかのように、必死で身体を動かす。身体が傷だらけになり、力尽きる寸前でも、彼を守るという意志だけは失わなかった。
「大丈夫、大丈夫だからね……」
その言葉が震えながらも私の口をついて出る。子供を守ることは、大人として当たり前のことだ。そう、私は守らなければならない。それが私の役目だと、頭の中で必死に繰り返しながら、切り裂かれ、痛みにうめき声を漏らす。だってここは、誰も傷つかない、幸せな世界でしょ?子供がこんな危ない目に合っていいはずがないんだ。
体中が切り刻まれる感覚は、これまで感じたこともない痛みだった。呼吸が苦しく、視界がぼやけていく。それでも、乱太郎を守りたいという思いだけが全てを支えていた。
「乱太郎……絶対に守るから……大丈夫だから…………」
私の腕の中で震える乱太郎を感じながら、私は必死に耐えた。その間、男たちはまるで無情な機械のように攻撃を続けていた。だけど、その時、突然、何者かが男たちに襲いかかった。
「っ!? 何だ……!?」
男たちが慌てた声をあげ、私はその隙を見逃さなかった。遠くから響く打撃音とともに、誰かが駆けつけてくれたことを感じ取った。誰だろう、あの助けは……
その瞬間、急に体が軽くなったような感覚が広がる。力が抜け、私の意識がぼんやりと薄れていった。だんだんと重さが消え、体がふらふらと倒れ込んでいく。
「……おい、しっかりしろ! くそっ!伊作!伊作を呼んでくれ!!!」
遠くで、誰かが叫ぶ声が聞こえた。その声は、私の意識を引き戻そうとするが、目の前の世界は徐々に暗くなり、体も重くなっていった。意識が遠のく前に、乱太郎の小さな手が私を握っているのを感じたが握り返す元気もない。安心させてあげたいのにな。怪我はしてないかな。私、守れたかな。
おぼろげな意識の中で、視界は真っ暗だ。自分の体がどこにあるのかもわからない。ただ、手を握られている感触だけが感じられる。誰かが、私に向かって叫んでいる気がする。眠るな、と。
その声に必死に反応しようとするも、眠気があまりにも強くて、体が重い。なんとか目を開けると、そこには見覚えのある顔があった。伊作だ……。
彼の目には涙が溢れていて、その表情に私は心を揺さぶられた。まさか、悲しんでいるのか。そんなはずはない、でも彼の顔を見ていると、何かが胸にこみ上げてくる。
「あれ……もう、だめなの……?」
私はその言葉を口にすることさえできず、心の中で呟いた。しかし、もうどこか遠くの世界のようで、彼の涙がまるで私の体を冷やす風のように感じられた。
彼が必死に治療してくれている。その姿を見つめながら、ふと感じる懺悔の気持ち。彼は、誰かを助けるために何も迷わず尽くす、そんな優しい人だ。その優しさを、私はどれだけ利用してしまったのだろうか。そう思うと胸が痛い。
自分勝手で、どうしようもない女にはふさわしい末路なのかもしれない。
「伊作……」
声を絞り出すようにして呼びかけた。彼はその声を聞いて、目を大きく見開いた。涙がさらに流れ落ちて、彼の手が私の手を強く握りしめてくる。その感覚ももはや鈍い。
「だめだっ……死ぬな!死ぬな……っ!お願いだから、死ぬな…………っ!」
彼は必死に言葉を紡ぎながら、治療を続けている。その手から伝わる温かさ、強さ、でもその裏にある必死さに、私は涙が込み上げてきた。
私は彼に言わなければならない、どんなに辛くても、解き放たなければならない。彼を縛り付ける呪いから、彼を解き放たなければ。
「伊作……あなたには、幸せになってほしい……私のこと、忘れて……」
その言葉を、私の弱い声でやっと絞り出すことができた。彼の涙を見つめながら、私はその決心を固めていく。彼が幸せになることが、私ができる最善のことだと、心の中で思った。
伊作が耳を澄ませ、私の唇が動くのを見つめる。必死に私の声を聞こうとするその姿が、胸を締め付けるように感じた。
私はその時、何もかもを告げることを決めた。彼にだけ聞こえるように、心の中に湧き上がる言葉を絞り出す。
「ほんとうは、すきじゃなかった……自分のために利用した、あなたに嘘しかついてなかった、ごめんね、でも一緒にいれてうれしかった、ありがとう。私以外の人を好きになってね、幸せになって」
その言葉が空気の中に消えていく。私はその瞬間、伊作の表情をしっかりと見つめた。目を見開き、絶望に染まった彼の顔が、私の視界に映る。その顔を見るのがとても辛かった。
だけど、それが私の選んだ言葉だった。彼が幸せになることを心から願いながら、私は自分の罪を告げ、彼を解き放つ決意をした。もう、手放すべきだ。
その瞬間、意識がふわりと途切れていく。周囲の声が遠くから聞こえる。私の名前を呼ぶ声が幾つも重なり合って響くが、私は返事をすることができない。
ぼんやりとした意識が消えていく中、深い眠りに落ちていった。
目を覚ますと、保健室の天井が見えた。しばらくその天井を見上げながら、頭の中で起きた出来事がぐるぐると回る。自分が最後に言った言葉、そしてあの瞬間の絶望的な意識の消失――あれは、夢だったのか?
え?生きてんの?あの後で?ちょっと時間巻き戻ってくんないかな…………
信じられない気持ちが湧き上がり、体を触ってみる。冷たい布団に包まれている感覚、体に残る痛み、それらが現実を証明しているようで、でもどこか夢のようで。思わず「は……?」と声が漏れたのは仕方がないだろう。
その時、部屋の扉が開き誰かが入ってくる。
「よかった、目を覚ましたんですね!忍術学園の前で倒れていたから心配しましたよ!」
伊作の声が耳に入ると、私は呆然とその顔を見つめた。彼の笑顔は以前と変わらず、まるで何事もなかったかのようだった。でも、私の胸には疑念がわいてくる。どうして彼はこんなに普通に話しているのか?あの言葉を、私が告げた後の出来事が何もかも、彼に伝わっていないのか?
心臓が急に音を立てて鳴り出し、どこかしら冷たい汗が流れる。その時、風が吹いたと思うと窓から桜の花びらが舞い込んできた。あの時、初めて学園に来た時と同じ景色。季節が戻ったような感覚に襲われる。おい。まさか。
「まさか……」
嫌な予感が頭をよぎり、思わず震える手で自分の腕をつかんでみる。もしこれが……何かの繰り返しだとしたら、私はもう元の世界には戻れないのだろうか。
伊作は私に少し心配そうに顔を寄せてくるが、私はその目をじっと見つめることができなかった。
顔をギギギと音を立てて横を向く。その吹き出しが浮かび上がると、私は思わず目を見開き、身体が震えるのを感じた。目の前に現れたのは、あまりにも恐ろしい内容のモノローグだった。まるで冷たい氷水をかけられたような感覚に襲われ、頭が真っ白になりかける。
『死んで時間が巻き戻りました。あなたは死に戻りをしてそのたびにキャラクターと恋愛をしなくてはなりません。六年生と恋仲になり死なずに生き残ればあなたは元の世界に戻れます。ただし一度攻略したキャラは××××√以外攻略はできません』
その文字が脳裏に焼き付いていく。私は――――やっぱり死んだ?そして、何度も同じ一年を繰り返さなければならないの?いや、そんなことは信じられない。何を言っているのか分からない、こんなことが現実だなんて。
思わず首を振って現実を否定しようとしたが、その反応が空回りするばかりだった。どうしても心の奥から湧き上がる恐怖が消えない。自分の手に触れながら、まるで幻のような気がしてならない。
その瞬間、ふと目を合わせた伊作が心配そうにこちらを見ていた。まるで私が何かおかしなことをしているかのように、柔らかな笑顔で。
だが、その笑顔が逆に怖くて、目を背けたくなる。こんな恐ろしい事実を目の前にして、どうして彼は何も知らないのか?それとも、何か知っているのだろうか?
心の中で何度も問いかけるが、答えはどこにもない。ただただ、無力感と恐怖だけが胸を締め付けてくるかのようで、思わずぎゅうっと手を握りこむ。
「具合が悪いんですか……?」
その甘ったるい表情、まるで恋慕のような視線。あの時の伊作と、今の伊作がまるで同じように見えてきて、心臓が早鐘のように鳴り響いた。さっきまではあんなに安堵していたのに、今はその甘い笑顔が恐ろしいものに変わってしまった。
その時、再びモノローグの吹き出しが増える。
『あなたが一度攻略したキャラは記憶はリセットされますが、感情は蓄積されます。一定の期間放っておくと爆発します』
は?なにそれ、どういうこと?記憶はリセットされるけど、感情が蓄積されるって?それじゃ、毎回恋愛しても最終的に感情が爆発するだけってことじゃないか。何これ、まるで無限ループのような恐ろしい恋愛ゲームだ。とんだ起爆剤を毎回背負わされるってこと?
思わず肩を震わせ、頭を抱えたくなる。どうしてこんなことになってしまったのか、あまりにも理不尽だ。でも、状況を考えてもどうしようもない。このままじゃ、卒業式の日に告白されるどころか、ますます深みにはまっていくのではないかと思ってしまう。
あ――――――無理だわ、このゲーム、無理ゲ―――――
意識がどんどんと深い絶望に沈んでいくのを感じながら、もう考えることをやめた。こんな無理な状況にどう立ち向かえばいいのか、全く見当がつかない。ただ、今はただただその異常な事実を受け入れるしかないのかもしれないと、心の中で諦めの気持ちが広がっていく。
とにかく、今すぐ意識を失いたい。
こうして私は恐ろしい眠れない夜を過ごす日々が始まったのだった。
・夢主
普通のOLだけど倫欠気味。キャラのことを大事にするタイプだけど自分は本来登場しないわけだしな……と自分の存在がまず解釈違い。あと年齢的にマジで事案だ……と正直罪悪感ある。
俺は不死身の夢主だぁ!みたいな感じで死にまくっても蘇るんだけど別に死にたくないし早く現実に戻りたい。
・伊作
何かを隠してることはわかってたけど自分のこと好きじゃなかったって本当????????????と思いつつ、どこか腑に落ちつつ、絶望。でも僕の心に土足で入り込んできたよね????????????になる、ループ後はなぜかすごく好きだ……になって困惑してるけどじっとりとした目で見るのをやめれない。
次の攻略対象攻略する時に、夢主が攻略しようとして自分以外の男と恋仲になるフラグ立つのすっごい妨害してきそう