さくらもち


※正体がバレる前のお話です。





それはある晴れた日の事だった。
マルコがなんとなく船の後ろへと歩いて行ったときのこと。

ふと聞こえてきたのは一人の男の話し声と……最近良く聞くようになった鳴き声。


「ははっ、それにしてもお前さん良く喰うなぁ。」
「あぅん。」
「そんなにそれが好きかい。」
「わん!」
「はははっ!良い返事だ。たんと食いな。」


ひょこりと顔をのぞかせて見せれば。
見えたのは16番隊隊長の珍しい無邪気な笑い顔と、白い狼の姿。


「何やってんだよい。」
「おう、マルコ。」
「わんわん!」


声を掛ければ同時に振り向く一人と一匹。
似たような笑い顔をしているような気がして、思わず少しだけ笑ってしまった。










さくらもち










「珍しいねい、イゾウがこんなとこにいるなんて。」
「まぁな。コイツの保護者に見つかっちまったら面倒だろう?」


そうやってイゾウが撫でたのは、最近船に乗った“シロ”という白い狼。
近づいてみれば、その白い体に浮かぶように彩られた赤い隈取りが良く映える。

神や神に使える者がするという赤い隈取り。
そんな大層なものをしているというのに、この白い狼の表情はどこか気の抜けるようなトボケ顔で。
思わず笑ってしまったのはマルコのせいではないだろう。


「餌付けしてんのかよい。」
「どうやらコレがお気に入りらしくてな。」
「そりゃあ……モチ?」
「おう、ワの国の菓子で“桜餅”ってんだよ。」


イゾウが取り出したソレを、嬉しげに見つめてパタパタと尻尾を振るシロ。
そんな姿を見て「へぇ」と声を出したのはマルコだった。


「犬……ってか狼に喰わしても良いのかよい?」
「まぁモノによりゃあ駄目だろうがな、どうやらシロは何でもいけるらしい。」
「……喉つまらせたりしねぇのかい?」
「平気だろう。ほらみろ、喜んで食ってらぁ。」


イゾウの言うとおり。
桜餅を与えれば、アグアグとそれはもう幸せそうに食べるシロの姿。
その姿に、何かしら思う所があったのだろう。
ぽつりと、イゾウに問いかけたのは何気ない言葉で。


「……ソレ、まだあるのかよい?」
「ん?これで最後だが……どうした?」
「いや。……簡単に作れるのかい?」
「……お前さん、シロに餌付けしたいんだろう。」
「まぁねい。」


案外素直な返答に今度はイゾウが苦笑する番だった。

シロ……ナマエは最初の警戒心はどこへやら。
意外にも人慣れしていて、この船の船員であれば誰にでも懐いた。
もちろん、ナマエが元が人であることを考えればそれは当たり前の事なのだろう。
せっかくの大好きな海賊団にいるのだ。
その船員と仲良くしたいと思うのはごく自然なこと。

……ただし、一人の例外を除いて。

その例外と言うのが他でもないマルコで。
一番最初の接触の際、ナマエに対し少しばかり殺気を飛ばしたのが効いているのだろう。
ナマエはマルコが近づけば、少しだけ身を固くして後ろへと下がるようになってしまっていた。
それはもうほぼ条件反射の域。

どうやら、そのことをマルコは気にしていたようで。


「作り方、教えてくれねぇかよい?」
「くくっ……いいぜ、お前さんにだけ特別だ。」


意外と動物好きな長男の心情を考えれば、イゾウは苦笑するしかなくて。
ナマエも、マルコがそう思ってくれていた事実に驚くばかり。

そんなナマエの前にしゃがみ込んだマルコが頭を撫でる。


「なぁ、シロ。」
「くぅん?」
「最初は悪かったねい。……仲直り、しねぇかい?」
「!……わん!!」


わしわしと。
元気に肯定したナマエの頭を撫でるマルコ。
その笑った顔は少しだけ照れ隠しを含んでいるようにも見えた。





それからというもの





「シロ。」
「わん!」
「静かにしろよい。エースに見つかったら面倒だからねい。」


しーっと口に指を当てつつも、その表情は笑っていて。
逆の手に持たれているのは“さくらもち”。


「今日のは上手くできたよい。」
「わんわん!」
「サッチに散々しごかれたからねい。」


美味しそうなそれに、ナマエは眼を輝かせる。

あれから幾度となく、マルコの餌付けは繰り返されて。
エースの隊が訓練の度に、マルコの元へと歩き出す癖がついた。

差し出されたソレをぱくりと食べれば……口に広がる塩気のある甘い味。


「あぅん!!」
「ははっ、美味いかよい?」
「わんわん!」


はぐはぐと食べ始めるナマエの姿に、マルコの表情が緩む。
頭を撫でられれば、ナマエの表情もさらに緩む。

マルコが本当はとても優しいと言う事実にナマエは喜び。
ナマエに懐かれたという事実にマルコが笑む。
ほんわりとした空間にまるで花が飛ぶような……そんな、穏やかな時間。

きっと、エースのいないところでマルコが散々ナマエを甘やかしていることは数人の隊長格の間では知れ渡っていて。
誰もそれをエースには知らせようとはしなかった。
何てったって、苦労人な長男の数少ない癒しの時なのだから。


「おーい!シロー?どこいったー?」
「……二番隊の訓練が終わったみたいだねい。」
「わん!」
「じゃあ次の時はもっと美味いもん食わしてやるからねい。……エースには秘密だよい。」
「わふっ!」


2人の秘密なのだと、くすくす笑って。
マルコは自室へと引き換えし、ナマエはエースの元へと走り出す。





これはまだ。
シロが人間だと知らない頃のお話。















(んん?シロ、お前何か食べたか?)
(わふ!?)
(何か甘くて良い匂いがする。)
(……。)

ご主人様の犬以上の嗅覚に脱帽


さくらもち END
2015/05/31


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ゆめうつつ