魔法の……


ふと、気付いたことがあった。

昔は良く聞いていた言葉。
再会した際も聞いた言葉。
最近では一度も耳にしていない言葉。

視線をずらせば、隣で静かに本を読み佇む愛しい人に……
マルコは意識せず口を開いていた。


「なぁ、ナマエ」
「ん?何?」
「『大好き』って言ってくれよい」
「…………はい?」


一瞬体を硬直させて、自分を見上げてきたナマエの表情は訳が分からないと困惑していて。
その表情に思わずマルコは笑った。










魔法の……










「えっと?ま、マルコ?」
「昔よく言ってくれてただろい?『大好きだよ』って」


潮風が気持ち良い甲板で、穏やかな日中を読書をして過ごすという何とも優雅な時間を過ごしていた時の事。
隣へとやってきたマルコが突然言い出した言葉にナマエは目を見開いた。

そりゃそうだろう。
何を言い出すのかと思えば、昔ナマエが良く口にしていた言葉だった。

小さいマルコはそれはそれは可愛かった。
庇護欲を掻き立てられ、小さな体で己の後を必死で着いてくる様は「可愛い」の一言に尽きる。
だからこそ、自分は「大好きだよ」と気軽に言葉にしていたのだ。


「言ってくれよい」
「い、いやいや、落ち着こうよマルコ」
「俺が落ち着いてない様に見えるかい?」
「……見えませんね」
「なら、言ってくれよい」
「いやいやいやいや、む、無理だよ」


段々と近寄ってくるマルコを、手で持っていた本でガードしながら後ずさる。


「何で?あんなの挨拶代りだったろい?」
「や、それは、そうなんだけど……」
「再会した時も言ってくれたしねい」
「あれは何というか場の盛り上がりと言うか勢いと言うか、ぶっちゃけ会えてうれしかったんで……」
「今は?もう俺が居ても嬉しくねぇってのかい?」
「それは無い。……んだけど、ね?」
「なら言ってくれよい」
「……勘弁してください」


ナマエは小さく息を吐き、視線を逸らす。

当たり前だ、言える訳がない。
いくら今でも変わりない大事な家族とはいえ……。
目の前のマルコには気軽には言えなくなってしまっている。

それもそのはず、もうナマエはマルコが自分に対して親兄弟という域を超え「女」として好きだという気持ちを知ってしまっている。
そんな相手に「大好きだよ」なんて簡単に癒える筈がない。
……それでなくとも、子供ではなく大人になってしまったマルコに対して、素面ではハードルが高すぎる。


「……無理かよい?」
「う、うーん……ごめん」


困ったように、ヘラリと笑うナマエに……マルコも小さく息を吐いて見せた。

解ってはいたのだ。
今の自分に、浅ましい気持ちも何もかもを吐き出した自分に、ただでさえ密かに恥ずかしがり屋であるナマエが言えるはずがないのだと。
ただそれでも、もし、言ってくれたなら……そんな淡い期待で出した言葉。

最初から駄目元だ、仕方ない。


「……無理言って悪かったねい」
「…………」


ナマエに向け、薄く笑んだマルコ。
半ばあきらめたようなその表情が……どこか、心細く寂しげなその顔が。

幼いマルコと重なった。

ほんの少し、目を丸くする。
嗚呼、本当に自分はこの目に弱いのだと自覚すると同時に……苦笑。

幼いマルコと出会ってから、しばらくして気付いた事がある。
いつだってあまり我儘を言わなかったマルコが、何かを我慢するときの癖。
それが……この表情だった。

欲しい物を欲しいと言わず。
寂しいのに寂しいと言えず。
「大丈夫」という口とは裏腹に……眼が「寂しい」のだと告げていた。

……こんな顔をされてしまえば、仕方ないじゃないか、とナマエは内心小さく笑う。


「マルコ」
「なんだよい?」
「こっちに座ってくれる?」


立ち去ろうとするマルコを引き留めて、腰を下ろす様にポンポンと隣を叩く。
不思議そうに首を傾げたマルコだが、素直にナマエの隣へと腰を下ろした。
素直なマルコにもう一度笑って…その耳へと口を近づける。
……まるで、内緒話をするように。

今ではナマエよりも年上になってしまった、もうおじさんと呼ばれる年齢の男。
ただ……大切な家族の頼みだからと、照れも恥も投げ出した言葉は……。


「ねぇ、マルコ」
「?」
「大好きだよ」


最愛の家族へ告げる、愛情の言葉。

その言葉に、目を見開いたマルコがバッとナマエへと振り向けば……。
そこには少々顔を赤くながらも、苦笑しているナマエの姿。


「……っ」


まさか、本当にナマエからこの言葉が聞けるとは、夢にも思っていなかったマルコは酷く驚き、放心し……。
異性間の愛情を示した物ではないのだとわかっていても。
家族としての言葉だと解っていても。

とても、嬉しすぎて。


「マルコ?」
「……っ」


顔を逸らし片手で目元を塞いで、一瞬にして真っ赤に染めあがった顔を隠す。
懐かしい、大好きだった「魔法の言葉」。

懐かしくて、嬉しくて…どれだけ時が経っていたとしても、やっぱり胸が温かくなって幸せに包まれる。
そのたった一言がどれだけ自分に幸せをもたらしているのかなんて、ナマエは知る由も無いのだろう。
それが、ほんの少しだけ悔しくて。


「……ナマエ」
「な、なぁに?」
「俺も……」


好きだよい。

その混じり気のない純粋な家族としての言葉に、ナマエも一瞬目を見開いた後……。
嬉しそうに微笑んだ。















(んん?マルコ!真っ赤な顔してどうし……ぐふっ!!)
(え、ちょ、エース君!?)
(どうしたんだよいエース突然蹲って腹でも痛いのかい?)
(マルコ……ってめ…なに突然みぞおち殴っ……げはっ!!)
(随分体調が悪いみたいだねいちょっと医務室連れて行ってくるよい)
(い、いってらっしゃい……)

長男様の照れ隠しが酷いと判明した夏島近くの昼過ぎの事


END
2016/03/21


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ゆめうつつ