ゆめゆめ


時折、夢を見る。
朝起きれば、ぼんやり覚えてる程度の夢。
それでも……それは俺の心を少しずつ少しずつ、でも確実に蝕んでいった。


「……」
「よぉ、マルコ!どうした?最近やけに気落ちしてんじゃねーか」


舟べりに背を預け、甲板を見ながら佇んでいた俺の隣に寄ってきたのはお調子者サッチ。
ニカリと笑みを浮かべたその顔を横目で盗み見て大きく息を吐く。
本当に、コイツの顔は気が抜ける。


「なんだよ〜サッチさんが格好良すぎてため息つくほど見惚れるって?」
「はっ、海に沈んで海王類の餌になって生まれ直して来いよい」


サッチと軽口を交わして、最初の問いかけを無かった事にする。
サラリと流したつもりのその質問には……例え付き合いの長いサッチであっても言えるはずがないのだ。
俺が答えたくないって事も、たぶんコイツは分かってて。
俺がわざとスルーしたことも分かってるから、それ以上は踏み込んでくることはない。
空気を読み過ぎるコイツの長所は有難いと同時に酷く腹立たしくも感じた。










ゆめ









夢を見る。
じわりじわりと俺の心を抉っていく様な夢。
夢から覚め、現実に戻った俺に残るのは胸をじくじくと小さく突き刺す様な、そんな痛み。
だが眠っているときは、夢の中で起こっているその出来事こそが現実で。
その光景を初めて目の当たりにしたときは、発狂しそうだった。

今日も今日とて、ベッドに体を横耐えれば襲ってくる眠気。
嗚呼、今日は夢を見ないといいな、なんて思いながら目を閉じる。
視界が暗くなり意識が深い眠りの中に落ちていくこの感覚にあがらえない。

ふと気づけば……。
また、あの場所に居た。


「……嗚呼、またかよい」


人で賑わう大通りから少し外れた道沿いにある家。
ナマエと俺が、住んでいた思い出の場所。

……これから自分が見るであろう光景を想像して体が強張る。
そして、それを見た自分が何をしてしまうのかわかりきっていて……握り締めた拳が、カタカタと震えた。
夢だとわかっている、けれど、自分はあの光景を見ると冷静ではいられなくなるのだ。


「マルコ」
「……ナマエ」


いつの間にか家の前に現れたナマエが、俺を見て微笑んでいる。
俺の大好きな笑みで、俺の大好きな声で。
それを見ればこちらも自然と笑って、ナマエの傍へと駆け寄ろうとした……その時だ。

スッと消えていくナマエの体。
それを視認した瞬間、悪寒と冷や汗がブワリと噴き上がる。

ナマエが、消える。
俺を残して、俺を置いて。
嗚呼

嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

ナマエが消える消えてしまう
またあんな絶望を味わうのか
またあんな空っぽになるのか
またこの世の全てを恨むのか
また……

また俺は、ひとりぼっちになるのか?

嫌だ、駄目だ、ナマエが、俺のナマエがまた居なくなるなんてそんな事

許せるものか


「ナマエ!」
「マルコ」


ガキの頃とは違う。
俺は全力で駆けてナマエの腕を痛いほどに掴んだ。
……掴んだ、掴めた。
あの時とは違う!俺はナマエを引き止められたんだ!
歓喜する。
ナマエをこの世界に引き止めることが出来たと、喜ばしいこと、なのに。

焦燥感が止まない

ドクドクと未だ嫌な音を立てる心臓が煩い。
焦る俺を見ても、ナマエの表情は薄く笑んだまま変わらない。
そんなナマエに眉根を寄せれば、ナマエは口を開いた


「マルコ、離して?」
「……っ!?嫌だよい!離したらまたナマエが居なくなっちま……」
「離して、マルコ。私……」


元の世界に帰りたいの

その言葉に目を見開く。
笑ったまま突きつけられた言葉に俺は凍りついた。

そんな、ナマエ、嘘だろい?
だってナマエは俺のそばに居ると言ってくれた。
ずっと俺と共にあると誓ってくれた。
俺の心はもうすでにナマエの所にあって…

そんな、そんなそんなそんな
嘘だ

プツンと、何かがキレる音がした。
頭の中が真っ白になる。
俺は痣が残るほど握り締めていた手を離し……
熱に浮かされた様に、その細い首へと両手を掛ける。

地面へと押し倒し、馬乗りになって、首へとかけた手に力を込めた。

ぎしり

ナマエは次第に苦しそうな表情になるものの、薄く笑んだ顔は変わらなくて
それを見て、更に手に力を入れる

ミシミシ

脈を止める
首の骨が軋む

なぁ、ナマエ。
なんで、元の世界へ帰るなんて言うんだよい?
なんで?どうして?俺が何かしたのか?なんで?なぁナマエなんで何だ?俺の前から消えるなんて嘘だよな?どうして?どうしてそんな事言うんだ?だって約束したんだよな?ナマエはずっと俺の側にいてくれるって言っただろい?なんで?なぁどうして?なんでどうして?なんでなんで嘘だなんでどうしてなんでどうして消えるなんてどうしてどうしてどうしてナマエどうして?

ミシッ

赤黒く変色していく肌。
ミチリと細くなっていく首。
カヒュッなんて息の漏れる音すら無くなって。
嗚呼、俺から離れて行くと言うなら、いっそ、このまま


ボキン


手の中に響いた、骨の折れる音。


「……あ?」


その音に、今の自分の状況を理解した。

……俺は、今、何をして……

見下ろせば、クタリと力の抜けたナマエの体。
視点の合わない目。
中途半端に開いた口から覗いたのは力無く垂れた舌。

そして……骨の折れた首を締め上げる自分の手。


「ナマエ……?」


血の気が、引く。
カタカタと身体が震えだし、ゆっくりとその細い首から手を離せば……。
白い肌に、クッキリと残った俺の手形。


「あ、あ……あ゛」


……違う。
違う、違う、違う、違う。

手の震えが止まらない。
意識せずともじわりと浮かんだ涙がボロボロと零れ出す。
ひくりと喉の奥が引き攣って、酷く渇く。
”ソレ”から、目が離せない。

眼下には、息絶え冷たくなったナマエの姿。

おれ、が……殺した?


「っあああああああああああああ!!」


俺が、殺した、殺してしまった。
違う違うんだごめんごめんなさい
ごめんなさいナマエごめんなさいごめんなさいごめんなさい
死なないで頼むからごめんなさい死なないでナマエナマエナマエナマエナマエ

ナマエの上に覆い被さるようにして抱き締める。
息絶えたナマエの身体はどこまでも冷たくて。
後悔……なんて生易しいものじゃない絶望が襲う。
嗚呼なぁナマエ。


おれをおいていかないで






「……っ!!」


シーツを跳ね上げ、飛び起きた。
まだ薄暗い船室の中。
息を荒げ、バクバクと大きく脈打つ心臓を服の上から掻き毟るように抑えつける。
冷や汗でグッショリと濡れた服が体に張り付いて酷く気持ちが悪い。


「……っくそ!」


ガンと苛立ちと焦燥感のままに壁を殴りつける。
また、あの夢を見てしまった。
気が狂いそうになる、胸糞悪い夢。

俺がナマエを殺す?
俺にそんな願望があるとでも言いたいのか。
ふざけんな。


「ナマエはここに居るもう何処にも行かねぇよい」


まるで自分自身に言い聞かせるように呟いて、深く息を吐いた。
そう、ナマエは俺の元へと帰ってきてくれた。
もう何処にも行かない行かせない。
これからはずっと俺の側にいるのだと、そう思い出せば……少しずつ気持ちが落ち着いていくのがわかった。
嗚呼、情けねぇ。
たかが夢だというのに、こんなにも……
こんなにも、怖い。
怖くて(ナマエがいなくなることが)
怖くて(ナマエを殺してしまった事が)
怖くて……
未だカタカタと小さく震える手をぎゅうと握り締めた。

大きく息を吐いて窓の外を見やれば……ぼんやりと明るくなり始めた空が見えた。
朝が来る。
また一日が始まる。


「マルコー?起きてる?」
「ナマエ?」


コンコンとノックの後に開いたドア。
その向こうにはにこりと微笑んでいるナマエが居て。
ドクリと、心臓が大きく跳ねる。


「今日は明け方からしなくちゃいけないことがあるって言ってなかった?」
「あー……そうだったねい」
「なかなか起きてこないからどうしたのかと思って。……大丈夫?調子悪そうだよ?」
「……平気だよい。すぐ行く」


ベッドから起き上がり、適当に服を羽織って扉を潜る。
外ではナマエが待ってくれていて。
見下ろせば、こちらの視線に気付いたのかニカリと笑みを浮かべていた。


「おはよう、御寝坊さん。もう隊員さん達待ってるよ」
「―――……あぁ」


俺の返事を聞いて歩き出すナマエ。
その後ろ姿を見て……目に留まったのは、白い項。
……嗚呼。


「……温かで細かったねい」
「どうしたの?」
「何でもないよい」


現実で、その首に触れたらどうなるのだろう、と。
そこまで考えて、頭を軽く振った。
駄目だ、夢も現実も、よく、わからなくなってきた。


「ほら、マルコ。早く!」
「わかってるよい」


ナマエに急かされ、足を踏み出す。
朝の冷たい風を浴びながら、思う。

きっと

あの夢のように俺がもしもナマエを手に掛けるようなことになれば……。
嘆き、叫び、絶望し、狂乱のままこの身を海へ投げ捨てるだろう。


「……ナマエ」
「なぁに?」
「……なんでもないよい」
「どうしたの?……変な夢でも見た?」


心配そうに俺の顔を覗き込み、そっと額に手を当ててきたナマエ。
柔らかくも温かなソレに……俺は安心したように、小さく息を吐き出した。















(ナマエ)
(はいはい?)
(……どこにも行くなよい)
(行かないよ)

ずっとマルコの傍に居るよ。
そう微笑んでくれたことが唯一の希望


END


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ゆめうつつ