出逢い編

シティとサテライトが1つになって数ヶ月。公道は整備され、道路交通法まで新しく立てられて、デュエル専用の道まで作られた。車通勤の私にとって、綺麗で新しいハイウェイを走るのは気持ちのいいものだけれど、朝からデュエルなんてやられた日には、一般車両は回り道しなくちゃいけなくて、そのせいで道が混んで予定より遅く会社に着いてしまう。
今日は運良く朝デュエルに遭遇せずに会社までスイスイ行けて早く着いた。近くのカフェに寄ってホットカフェラテを買ってから出社して、室長の部屋に挨拶しに行くと、今日は新任長官がいらっしゃると言われた。

「あの、聞いてないんですけど……」

「では、今言いました!だから昨日、前長官の部屋を綺麗にしておくように言ったのです」

「でしたら、その時に教えてくだされば良かったのに。というか、前長官って……ゴドウィン長官の名前くらい言ってくださいよ」

イライラを抑えるように肩にかけた通勤鞄のバッグ紐を握り、もう一方の手で持っていたカフェラテを口に運んだ。濃厚なミルクと少し苦味のあるコクの深い味にほっとして落ち着きを取り戻した。
ゴドウィン長官の代わりなんて考えたくなかった。半年間長官というポストが不在であったことは会社としてまずいけど、私は新しい長官の存在を受け入れたくはない。そりゃあ、ゴドウィン長官は大変なことをしでかしちゃったけど、私はあの人のことを慕っていたからどうしても贔屓目に見てしまう。

「それで、いつ頃いらっしゃられるんですか?」

「もう来てもいい頃ですが……あなたは長官のお部屋をもう一度掃除してきなさい!」

「はいはい」

「はいは1回です!」

「はーい!」

業者に任せられるのは床の掃除くらいなので、机や備品の手入れは私の役目だった。雑用仕事は好きではないけれど、命令されたのなら断れない。仕方なく自分のデスクに置いてあるお掃除セットを持って、ゴドウィン長官の部屋に行き掃除を始めた。机周りは昨日片付けたばかりだからほとんど綺麗だった。適当に壁でも綺麗にしようかと、アルコールスプレーと布巾を手にして端っこから掃除を始めた。
この部屋に来る次の長官は誰だろう。ゴドウィン長官は室長のように何度か私を部屋に呼んでは雑用をさせてくださった。雑用嫌いな私でも元々尊敬している方の命令だったから嬉しかったし、ゴドウィン長官は雑用が終わればお茶を出してくださった。そんなゴドウィン長官の部屋が今日、次の長官だとかいう人達に使われてしまう。そんなの嫌。

「カフェラテぶちまけてやろうかしら」

こんなこと言う私の性格は悪いと思う。本気でやったら、室長もドン引きするだろう。それに新しい長官の部屋になってもここは元はゴドウィン長官の部屋。ゴドウィン長官を少しでも汚すようなことはしたくない。大人しく壁を磨くことにした。







掃除の途中でシティ郊外に隕石が降ったとかで大慌てで室長は出て行った。戻ってきたのは数時間後で、新しい長官を部屋に連れてきたのはいいけれど、長官はなんと3人で皆フードを被った白装束でやばい。しかもその内訳も、ホセという深い灰色のガスマスクのようなものをつけた長い髭の生えたお爺ちゃんに、プラシドという20代前半程の青年(しかも帯剣してる)、極め付けはルチアーノという小学校高学年くらいの子供だ。百歩譲って老人と20代の人はいいけど、子供が働くってやばすぎるわ。

「おい、あの薄汚れた女をつまみ出せ」

プラシド長官(本当は長官と呼びたくないけれど、便宜上そう呼ぶ)が言った。目深に被ったフードからは鼻と口元しか見えないけど、とても整っているように見える。
確かに今の私はジャケットもヒールも脱ぎ捨て、ワイシャツを肘まで捲り上げて客室の窓台の上に立ち、窓を拭いていた。ここは業者の仕事なのだけれど、掃除にハマってしまい長官の部屋を綺麗にしたら客室までやりたくなって今この状態になっている。先に長官の部屋に行くと思っていたからこの客室に来るとは思っていなくて油断していた。
私がちゃんと出迎えなかったのも悪いかもしれないけど、横柄な態度は嫌な気分になり、私のデスクに置いてあるカフェラテをぶっかけてやりたくなった。

「コラ!ここまで掃除しろとは言った覚えはありませんよ!さっさと出てお行きなさい!」

「室長までぇ。酷いですよ!せっかく綺麗にしてたのに〜!」

「そんな可愛く言っても無駄です!それに私は副長官です!」

「はいはい」

「ですから、はいは1回です!」

「はーい!」

いつものやり取りを繰り返してから、窓台に座って床に置いたヒールを履いていると、プラシド長官がズカズカと近づいてきて私の目の前で立ち止まった。

「こいつか?ドングリピエロが言っていた部下というのは?」

「は、はぁ」

プラシド長官の問いに室長が曖昧に答えた。ドングリピエロって室長のこと?早速面白いあだ名を付けられたみたい。

「デュエルの腕がからっきしなのだろ?クビにしろ」

「え?」

突然クビと言われて、びっくりした。クビって辞めさせるってこと?あまりにも現実的じゃなくて思考が追いつかない。

「い、いえ、彼女はよく出来た部下ですよ。デュエルどころかD・ホイールにも乗れないダメダメな部下ですが、どんな命令もこなしますよ」

室長は手を揉みながら珍しく私の擁護をしてくれた。確かに半年前は文字通り命をかけて色々やったけど室長がこうして褒めてくれるのは初めてだった。まあ、ちょっと引っかかること言われたけどそれはご愛嬌として受け取った。

「どんな命令もか……」

そこに惹かれたのか、プラシド長官は迷った様子を見せた。どんな命令もってフレーズに惹かれるあたり、今後やばい命令を出されそうな気がしてならない。

「辞めさせないでいいじゃん。どんな命令してもやってくれんならさぁ。キヒャヒャ」

ルチアーノ長官ーーとは呼びづらいのでルチアーノくんと呼ぼうーーは子供らしい高い声なのは良しとして、話し方に独特な強弱があり、さらには笑い声が気でも違ったような奇声で情緒が心配になる。

「あの、辞めなくてもいいですか?」

「おまえが俺たちの命令に従うならな」

ちらりと奥にいる室長の顔を見れば、全力で首を縦に振るので、私はこくりと頷いた。

「……それが仕事であるならば従います」

「フンッ」

プラシド長官はそれに納得したのか何も言わなくなった。室長を見るとあの大きな目で部屋から出るように訴えてくるので、私は掃除用具をまとめて部屋を出て、その場で一息ついた。前途多難。そんな言葉が頭に思い浮かんだ。
あんな人達がゴドウィン長官の後任なんて私は認めたくないけれど、仕事だからあの人達に媚びへつらい言うことを聞かなきゃいけない。あの人達にボロ雑巾のようにこき使われる未来が見えた。

「胃痛薬買っとこ……」