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れぷそ〜探偵パロ

 煙草と酒のにおいがする。人間の、混沌と欲望のにおいだ。

「百川。彼は虚。困ってるみたいだから、雇ったげたら?」

 揺らめく黄色の背中を追いかけて部屋に入れば、床に散らばった灰色の粉を踏み締めたことに気がついて、ぎょっとすると同時に少し後ずさった。そうして部屋を一通り見やれば、あちらこちらに散らばった灰は局地的に噴火でも起きたのかと、我が目を疑うと同時に、視界の端に映ったチリトリが余計な現実味を伴って眩暈がした。
 自分と黄杜だけが、この煤けた空間で異様に浮いている。

 百川と呼ばれた男性は高そうな椅子から立ち上がることなく、入口に背を向け続けている。椅子の近くには高そうな机が置かれており、完全に彼のテリトリーとして機能している場所……の中に置かれた冷蔵庫を、こちらを一瞥することもなくガチャガチャと漁り続けていた。

「急に来たかと思ったらなんだよ黄杜。まずは火山灰の処理でもどうだ?」

 散らかしている自覚があるならば掃除をした方が良く、それをするべきは家主兼汚し主であるこの男なのだが、黄杜は「しょうがないな」と一言呟いて先ほど見かけたチリトリを手に取った。
 部屋の隅を掃きだした黄杜は自分が相当に困惑しているのをサングラス越しの視界で捉えると、交わった目線をそのままソファへと向け、また掃除を再開した。ソファに座れということだろうか。家主の許可もないのにと思いつつ、常識も良識も無駄かと諦めをつけ、なるべく家主から遠いところへ腰を据えた。

「おー、今日はこれとかいいんじゃねぇの」

 ガランガランと硝子同士が擦れ合う不快な音を鳴らしながら、男は椅子ごとこちらを振り返る。逆光で顔はよく見えなかったが、英語のラベルが貼られたボトルを意気揚々と掲げ、開けたカーテンから差し込む光に透かしてみせて、部屋中にボトルの色を散らばした。
 窓も開けているのか、風に揺れたカーテンが光の写し方を変えて、品のあるミラーボールのように部屋中を照らしていく。この男はなんでも散らかすのが好きなのか。
 ナイフとバネが組み合わさったようなものを机の上から拾い上げると、ナイフでフィルムを切りつけて剥がし、バネをワインの蓋に刺してぐるぐると巻き出した。

「へぇ、それ開けるんだ。百川、今日機嫌いいの?」
「良くしてやろうっつー努力を感じるべきだぜ、お前らは。はぁ……バローロ・リゼルヴァ モンフォルティーノ、一九九九年……」

 僕が百川の一挙手一投足に混乱している間にすっかり部屋は綺麗になり、黄杜はチリトリをもう元の場所に置き直していた。
 ポン、という間抜けな音が響くと、その音はすぐに百川の口腔へと吸い込まれる。ワインボトルのラッパ飲みに困惑すれば、黄杜が「あれは普通じゃないからね」と口添えた。

「あの酒一本で十万はするんだけどな」
「十万!?」
「百川が今すっからかんにした奴は、その倍じゃ下らないけどね」

 テレビではもっと、グラスに入れて揺らしたりして味わっていた。あれは多分、勿体ない飲み方なのだろう。大切そうに眺めていた酒をあそこまで一気に飲み干せるというのは、かなり大胆というか、情緒がないというか、妙な仕草に感じられた。己の不和を言語化できないのがもどかしい。
 酒が無くなればあとは用済みと言わんばかりに、百川はボトルを机の上へ転がした。乱暴に投げつけられたそれは、吸い殻まみれの灰皿にぶつかると動きを止める。溢れた吸い殻を一瞥もすることなく、至極面倒くさそうに伸びをした。

「あー、飲んだ飲んだ。んで? 俺様はこんなたけー酒をラッパ飲みしても心も懐も痛まねぇ訳だけど、」

 百川が言葉を続けようとした時、部屋に強い風が吹き込んだ。黄杜が部屋を掃除していなければ、灰が舞って最悪なことになっていただろう。カーテンが強くはためいて、逆光で見えなかった百川の顔をようやくしっかり視認した。
 百川は百川で、こちらの方をやっと真面目に見たようで、視線がぶつかる。三白眼の仏頂面が少し眉を顰めた後、ニヤリという表現が良く似合う人の悪そうな笑みを浮かべた。

「俺様は百川如。お前、何ができんの? 一発ギャグ?」

 最悪だ。最悪に最悪の上塗り。それが、僕たちの出会いだった。


▼▼▼


 贅沢にタクシーを使うのかと思えば、自前の車を自分で運転するのだと。百川が黒いミニバンの運転席に座ると虚が驚いた顔をするので、「文句あんならつまみ出すぜ」と百川は悪態を吐く。

「いや、文句がある訳じゃないけれど、意外だなと思って。タクシーでも呼ぶのかと思ったよ」
「何が悲しくて密閉空間で知らねぇやつと長い時間いなきゃなんねぇんだよ。あの屋敷ゴミみてぇに遠いのに」

 虚は「僕は?」と思ったが、そこを突くと本当につまみ出されそうだったので、黙って助手席へと座ることにしたのだった。地図を開いているのか、ネットサーフィンをしているのか。百川がスマホを触り出したのを契機に、虚はなぜこの男の車に乗ることになったのかを思い出していた。




 黄杜は本当に、百川に詳しい事情を説明していなかったようだった。大道芸人でも連れてきたのかという態度の百川に、黄杜はあの手この手で説明をした。折角だから、一人で仕事を初めて長いから、僕じゃ雇うのは無理だから、と。
 それに対して百川は反発するかと思いきや、案外すっかりと引き受けた。若干の忌避感を示したのは虚の方である。今のところの印象が荒れ放題の部屋を他者へ掃除させ、当の自分は酒を浴びている男なのだから、当然と言えば当然だ。忌避感を示されたことに苛立ちを覚えた百川が「やっぱ嫌になってきた」などと言うともう収まらない。
 しばらくのやり取りの後、話がどこへも落ち着かないことを見かねた黄杜は「一旦二人でやってみたら?」と言い、一つの依頼を百川へと寄越した。
 なんでも、金持ちの屋敷で宝飾品がよく無くなるのだとか。余り頓着しない主人を見かねた執事長が、黄杜へ依頼を出したのだという。地図を眺めて車で二時間ほどかかることを理解すると、百川は遠慮なしに舌打ちをする。謎の繋がりで謎の依頼を提げてくる黄杜の、食えない笑みに屈したようだった。
 百川も黄杜には弱いのか、しかしそれにしては顎で使っている。どういう関係なのかと人間関係を思ったものの、考えても仕方がないことのため一度思考の端に置いておいたのである。


 ガチャガチャと、車のレバーを弄る音で思考から引き上げられた。スマートフォンを触るのに満足したのか、百川が車を出した音だった。




百川如(白鳥鯨)
家族を殺人鬼に殺されており、復讐をするため探偵をしている。百川如は偽名。
黄杜に虚を紹介され、既視感があったことと、なんか便利そうという理由で助手に命じる。専ら、家事をやらせている。
趣味は絵を描くこと。
「俺様は百川如。お前、何ができんの? 一発ギャグ?」
「(舌打ち)いいから静かにしろよ。探偵の俺様に従え。――ハァ、探偵にゃ見えないだぁ? ……もういいぜ、帰るから」


黄杜に百川を紹介され、探偵助手をやっている。
記憶を失いゴミ捨て場に捨てられていたところを黄杜に助けてもらい、暫くは黄杜の下で過ごしていたが、百川を紹介される。専ら、家事をやっている。
趣味は綺麗なものを集めること。
「僕は虚。こっちの彼の助手をしているよ」
「あんまり騒がない方がいいんじゃない? 弱い犬ほど良く吠えるって言うでしょ?」

黄杜
百川と虚を引き合わせた。百川の両親に「自分に何かあったら息子を頼む」と頼まれたため、面倒を見ている。

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