時間は午後6時。初夏となった今はだいぶ明るく、まだ太陽が残っている。
部活を終えた凪はジャージ姿で正門の柱に寄りかかり携帯を開く。待ち人からの連絡は今だ来ず、ひたすらに暇をしていた。
空腹を紛らわすために口にした苺味の飴玉も随分小さくなり、軽く噛めば砕け散る。けれど、だからといって満腹感は得られない。 凪はバックを漁ると小さなポーチを取り出し開ける。中にはぎっしりと色とりどりの飴玉が詰まっていた。透明なビニールに包まれたそれは、赤い夕陽を浴び、キラキラと光っている。
「オレンジ……ブドウも捨てがたいな」
二つを手に取り光に透かす。宝石のような飴玉をしばらく眺め、オレンジ色の方をポーチにしまった。
「ブドウにしよう。そんな気分だし」
ビニールを破りアメジストの欠片のような飴玉を口にする。
飴は食べても一日3つまで、という叔父との約束があるため、足らなくとも食べられるのは今口に含んだものを除いてたったの一個。帰りつくまで持つかと不安を覚えるものの、慌ててくる足音になんとかなるか、と顔を上げた。
「染さん、遅い!」
「悪ィ、アイツら撒くのに時間掛かった」
ぜえぜえと膝に手を付き息を切らせる染岡に、凪はお疲れと言葉をかけると、適当にポーチを漁り飴玉を一つ掴むと渡す。サンキュー、と受け取ると、染岡はそれの袋を破った
「げ……これイチゴ味かよ」
「イチゴ味美味しいじゃんかー」
「甘すぎんだよな……ま、開けちまったし、仕方無いか」
ピンク色の飴玉を口にいれると、染岡は「甘ェ……」と顔をしかめる。
「でもさ、撒くって……なんで?」
「音無のヤツが騒いでな……」
「いや、なんでさ」
「俺だって知らねェよ!」
怒っているというか、呆れているというか、とにもかくにも疲れきっている染岡だった。流石に元新聞部は侮れない。
ちなみに凪への説明が圧倒的に足りていないため補足すると、帰りに雷雷軒に行こうと円堂が声を掛けている中、染岡は断って出てきていた。春奈が騒いだのは、もしや青い春的なものがあるのでは!?という事だったのだが、残念ながら、この二人にはそういったものは全く存在しなかった。あるのは純粋な信頼と友情のみだ。そうした考えに一切至っていないことからも分かる。
補足部分を知らない凪は、音無さん的に騒ぎたいことがあったのかなぁ、と暢気に思うのだった。
「まぁ、それは置いておいて……買い物に行くんだってことくらい言っても良いんじゃないか?」
「いやそりゃ……」
染岡は言葉を切ると、腕を組んだ。それからぐるりと首を捻る。
「……何となく恥ずかしいじゃねぇか」
照れくさそうに染岡が頬を掻いた。
「えー、別にお母さんの誕生日プレゼント買うだけだろ?」
「言うなよ!ほら早く行くぞ!」
解せぬと訴える凪を引き摺り染岡は歩き出す。
今日二人が練習後に落ち合ったのは染岡の母親へのプレゼントを買いに行くためだった。だが、染岡は何をプレゼントしたら良いものか悩んだ末にアドバイザーとして凪を選んだ。女子として考えて良いのか微妙なラインの人物ではあるが、生物学上では母親と同じため、相談したところ二つ返事で了承されたのだ。
近場で買うのは見付かるかもしれない、ということで二人が足を運んだのは隣町にあるショッピングモールだった。ちょうど夕飯の買い物をしに来た客や学校帰りの生徒でごった返す中、凪は「ふむ」と首を捻る。
「染さん、それでどんなものが買いたい?お母さんの誕生日プレゼント」
「何を買ったら良いのかわからねぇんだからお前を連れてきたんだろうが!」
恥ずかしさがかなりあるのか、ややキレ気味の染岡に凪は生暖かな視線を向ける。彼女はおちょくるつもりではないのだが、楽しげにその身体を左右に揺らしていた。それに気付いた染岡は無言で拳を振り上げるのだった。
「痛い」
「煩ぇ!」
出来たタンコブを押さえ、凪はぐすんと鼻を鳴らす。染岡が向ける視線はやや怒りに満ちていた。
しかしいつまでも入り口でふざけてもいられないため、二人はあちこちの店を物色しだした。
「でもさー、これ、木野さんとか音無さんに頼んだ方が良かったんじゃないか?」
陳列された商品を見ながら凪は問い掛けると。
どちらかと言えば男子的な物を好む凪だ。女性への喜ぶものを選ぶことは出来ないわけではないが、洒落たものを選ぶのと、母親へのプレゼントは別物だと考えていた。更に言えば、凪は叔父との二人暮らしで兄弟も兄。異性の中で育ってきたため、ややずれているところがある自覚もある。
そうなると、秋や春奈の方がそうしたものには適していると伝えると、染岡は何を言っているのかと言うような顔をした。
「アイツらには色々頼みづれぇからな。お前が気楽でいいんだよ」
パチリパチリと目を瞬かせ、染岡の言葉を噛み締める。それから凪は頬を紅潮させ、悪戯っぽく笑った。
「そっか」
「なんだよ」
「ううん」
「何笑ってんだよ!」
「いやー、頼られて嬉しいなーって!」
へへ、と締まりない笑みの凪に無性に腹が立ち頭を握り潰す。だが、それでも痛がる素振りはなく、変わらず嬉しそうな顔があった。
そうして幾つかの店を回っていると、ふと染岡が足を止めた。
「どうした、染さん?」
「いや、何でもねぇ」
「何でもなくないって!何見てたのさ!」
何かを隠そうとする染岡。その背後から何事かと凪は覗き込む。
そこにあったのは洒落たマグカップだった。
「へぇ、良いじゃん!マグカップなら普段使いできるし」
「いや、でもよ……この時期にマグカップは……」
「なーに言ってるんだって!マグカップは冷たいもの淹れても良し!デザートの器にして良し!便利なんだぞ!」
お手軽プリンも茶碗蒸しもできるぞ!と凪が鼻息荒く訴えると、染岡はやや引き気味ではあるが、マグカップを手に取った。
「……それにさ、多分染さんのお母さん、何買っても喜んでくれるよ」
どこか寂しげに、けれど諭すように凪が言う。その視線の先はマグカップだが、別の物を写しているような目だった。何を思っているのか、それを語ることは無い。寂しげな目も一瞬のことですぐにいつもの溌剌としたものへと変わる。
染岡は一つ頷き、レジに向かって歩き出した。買うと決めたのだろう。その後を凪が着いて行く。
「ぷ、プレゼント用でお願いします!」
緊張する染岡を後ろから胸元でガッツポーズをした凪が無言で応援する。
レジにマグカップを置くと、店員は凪と染岡を見比べ柔らかい笑みを浮かべた。
「お兄さん、弟さんと誰かのプレゼントのお買い物ですか?」
「「ぶふぉっ!!」」
完全に不意打ちだった。二人同時に吹き出すと、染岡は怒るべきなのかどうすべきなのか戸惑ったような表情を浮かべ、その一方で凪は身体を震わせ笑いを堪えている。
何故、凪が弟と言われたのか。それは彼女がジャージ姿でいたからだ。中性的な顔立ちに、薄い身体。けれど立ち振舞いは男子らしい部分がある。そうなると、女子というよりは男子だ。けれど、そもそも血の繋がりがあるように見えるのも驚きだが。
「ぷぷっ……だってよ!『ニーチャン』!」
「おまえなっ!」
「いでっ!?」
そういったやり取りも微笑ましい兄弟に見えたのだろう、あらあらと上品に口元に手を当て、店員が柔らかな視線を向ける。
だが、染岡はここで気付いた。ここで下手に凪の性別を言えば、それはそれで面倒なことになると。完全にそうしたものは無いが、世の中、男女が二人何かを買いに来ていれば勘違いする方が圧倒的に多いのだ。同時に春奈の理由も分かり、染岡はバレないようにため息を吐いた。
「あーおっかしー!」
店から出た二人は休憩スペースで座っていた。凪は未だに先程のことがツボっているのかゲラゲラと笑っている。染岡はラッピングされた小箱をバックに押し込み、背もたれに寄りかかる。
「つーか、今更だがお前は制服どうした……」
「プールに落とした!超びちょびちょだぞ!」
「自慢すんな!」
ふっ、とキメ顔の凪の後頭部に鋭い一撃が入る。その顔に苛立ったのは事実だ。けれど、凪へ感謝の念が無いわけではない。
「……付き合わせた礼だ。何か奢るぜ」
「うーん、別にいいのに。それくらい」
見返りが欲しくてやったことではないため、凪は困ったように唸る。特に欲しいものも今は無い。欲しいと言えば、身長と筋肉なので言ってもどうにかなるものではない。無難に飲み物でも奢ってもらおうか、と考えていると視界の端に何処かの女子生徒が騒いでいるのが見えた。数人が集まり騒いでいる。その手には小さな切手のような何かを持っていた。
「あ、」
そう言えば、と凪はショッピングモールの見取り図に駆け寄る。そして、目的のものを見つけた。
「決めた!」
「あんまり高い物は止めろよ?」
「分かってるよ!」
顔をキラキラとさせ凪が染岡の腕を掴む。嫌な予感を染岡は感じ取った。
「染さん!プリクラ撮りたい!」
「はぁっ!?」
「いーじゃん!レッツゴー!」
染岡が了承する間も無く、凪が早足で歩き出す。
予想していたものよりは遥かにプリクラは安い。その程度なら、と思うもつかの間、二人が訪れたゲームコーナーのプリクラエリアには女子生徒だらけだった。厳つい顔の染岡はとても目立つ。買い物の時同様、居づらさを覚えつつ二人は撮影スペースに入る。
『肌の色を選んでね!』
「え、何!?肌の色!!?」
「んなもを適当で良いだろ!」
『二人で変顔をしよう!どっちの方が面白いかな?』
「染さん、変顔で手を抜くことは許さないからね!」
「何でだよ!?」
『二人で荒ぶる鷹のポーズ!さぁ!できるかな?』
「おい、この指示なんだよ!?」
「え、プリクラってこんなもんじゃないの!?!」
大騒ぎをしながら二人は機械からの指示通りにポーズをしていった。そして出てきたプリクラに思わず顔を歪めた。
「これはヤバい」
「整形レベルじゃねぇか……」
写真の中の凪はやや色白になった程度だが、染岡はほぼ別人と化していた。日に焼けた色黒の肌から、美白へ。更に狂暴そうな目付きは可愛らしい大きめなタレ目へと。最早別人だった。
凪は腹を抱え、染岡は額に手を当て、それぞれ半分に切り分けたシートをバックにしまう。
それからまた騒ぎながら二人は帰路へと着くのだった。
※※※
「よ、鳴海」
翌日、いつものように染岡は凪に声を掛けた。すると凪は何かを見ていたようで1テンポ遅れて挨拶を返す。何を見ていたのか、と興味本意でその手元を染岡は覗き込み固まった。
「おまっ!?バカ!今すぐ外せ!!」
凪が持っていたのは携帯電話だった。問題はそれ自体ではない。携帯電話に貼られているものだった。
「何で昨日のを貼ってやがる!?」
「え、プリクラってこうして使うんだよね!?」
染岡は思わず凪の胸ぐらを掴みかかる。突然のことに驚いた凪の手から携帯が滑り落ちる。それは床を滑りそのまま廊下へと出ていく。どちらもそれを拾おうと駆け出す。すると、それを偶々通りかかった円堂の足元へと滑っていった。
「携帯……?誰のだ?」
円堂が携帯を拾い上げる。慌てた染岡と凪か叫ぶ。
「円堂それ拾って!」
「円堂!それ私の!」
拾い上げる際、貼られたプリクラを見たのだろう。いつもの顔のまま固まった。その後ろから同じく偶々通りかかった風丸が覗き込んだ。
「どうした?円ど……」
円堂同様に風丸も固まった。二人とも、同時に口元を押さえる。笑い袋が弾けるまであと数秒。しかしその前に怒れる龍が吠えた。
「お前ら見んじゃねェー!!!!」
その怒りが容赦なく凪を襲うのだった。