俺の前の席のヤツがイケメンチート部長で最強クラスのラノベ主人公な件
俺は喪無田 茂父夫。何処にでもいる帰宅部エースの平々凡々な男子生徒だ。
そんな俺の前に座るやつは鳴海 凪とかいうラノベから出てきたみたいなやつだ。一年生で水泳の全国大会優勝して、本当なら日本代表になる可能性だってあったのに、人助けをして成り損なって、そんでもって今年から部長も勤めてて、スポーツ万能。外見だって無駄に整ってるし、性格も明るく社交的で女子からも人気だ。
これだけならば男子からの怨み辛みが向けられる対象だが、鳴海はいわゆる『残念なイケメン』の部類なのだ。
まぁ、本人の性別を間違えないように言っておくと女子だ。間違うことなく女子だ。
と、それは置いておいて。
まず勉強面。文系科目は英語を除き壊滅的だ。赤点を取らないように全力回避をしているようだが、時折小テストなんかでヤバい点を取ったのか騒いでいる。特にヤバかったのかこないだはピャーピャー騒ぎながら教師に連行されていた。南無。
次に性格面。
え?最初に性格が明るいと言った?まぁ、それは間違い無いんだがアイツはどうにもそこに『お調子者』がついているんだ。初対面で『呼び方は凪くんがオススメだぞ』と言ったり、自分が一番カッコよく撮れる角度が分かっていたり、無駄にポーズを決めたり、と顔が良いのに残念なのだ。ナルシストと思ったのは多分間違いじゃない。部活中と極稀にボンヤリしてたり何かに集中している時は本当にイケメンだけど、それ以外はダメね、と女子が言ってたのは聞かないフリだ。けして女子怖いとかは言うな。
けど、誰かの悪口を言うことは無いし、誰かの為に怒れる所は良いヤツだと思う。その最たる例がサッカー部だ。
ウチのサッカー部は言っちゃ悪いが弱小も弱小。これ以上無いだろってくらい弱小だった。それでも練習はしたいからあちこちの部活に声を掛けて場所を借りようとしていたけど、何処にも袖を振られるばかり。諦めずにあちこちに行くから煙たがれることだって少なくなかった。俺も何度か陰口を叩かれている所に遭遇したことがある。でも、そういう時は大抵、あの『残念なイケメン』の鳴海が真面目くさった顔で凄みながら怒るのだ。そういう時のアイツはそりゃめちゃくちゃ怖い。だからか最近はめっきり陰口を叩く奴等が減った。
けど、そうやって怒った後の鳴海は、サッカー部の方を見て寂しいような何とも言えない顔をしている。仲間に入れて欲しいんじゃないかと思って声を掛けたことはあったけど、アイツは「寂しいとかいうんじゃないんだ」と曖昧に笑っただけだった。ただのクラスメイトの俺には分からないけどな。
あ、何で水泳部ではなくサッカー部なのかと言えば、アイツがよく懐いてる奴等がいるからだと思う。このクラスで最も鳴海と仲がいい染岡に別のクラスの円堂、風丸、半田と友人の多くがサッカー部に所属している。友人は多いヤツだがその中でも群を抜いて鳴海はアイツらに懐いてる。
現にほら。

「染さん!!いだいいだい!!!頭!!割れる!!」
「だアホ!!急に授業中真面目な顔で『あの先生、ヅラじゃないか?』とか言うんじゃねぇよ!!」
「仕方無いだろ!!風でフワッてしてたんだから!!絶対あれ端捲れていだだだだだ!?!?!」
「お前のせいで!!噴いて!!難しい問題指されただろ!!」
「ご、ごめんて!!いだだだた!!!?」

お前はぜってぇ中学生じゃねぇって顔の染岡にじゃれついてる。アイアンクロー決められているけどな。あれはイジメじゃなくてアイツ等なりのコミュニケーションって分かってるから誰も止めやしない。
しっかし、鳴海。お前のせいで染岡が陰で何て言われてるか知ってるか?『肝っ玉カーチャン』だぞ?もしくは時代劇物で乳母車押している某侍だぞ?普通はヤクザとかだろ?それが『肝っ玉カーチャン』とかだぞ? 二年の始め、クラス替えで染岡と同じクラスで俺もめちゃくちゃコエーよとかびびってたけどさ!鳴海が「はよー染さん!またクラス一緒だな!」って言ってラリアット決めた瞬間、アイアンクローされて冷や汗かいたりしたけど!それもいつしかクラスの日常になっているし!
ちなみにそんな感じのあだ名がついてるのは染岡以外だと隣のクラスの風丸だ。こっちは純粋に『オカン』だけだ。拗ねた鳴海の扱いには人一倍長けてるのだから仕方ない。
サッカー部キャプテンの円堂は何かあだ名が無いのか?一年の時を知るヤツ曰く、去年はそこまで関わり合って無かったらしいので風丸や染岡のようなあだ名は最近まで無かったらしい。少し前、帝国学園って所との試合ちょい前くらいから何だかんだつるみだしたと思っていたけど、円堂、風丸の二人とは付き合いが一番長いらしい。何でつるまなかったんだろうな?
分からないことを考えても意味はないが。あぁ、円堂のウチのクラスでのあだ名だよな?『部活馬鹿』だよ。よく鳴海と併せて『ダブル部活馬鹿長』と言われてる。こっちはオトンだとかオカンではなく愛すべき馬鹿という感じだ。
ここらの面子と話してる時は教室全体が見守るような生暖かい目になってるのはアイツら気付いてるんだろうか?いや、知らないけど。
そんな脳内で一人取材みたいに話していれば、いつの間にか鳴海のところには円堂やら風丸やら、サッカー部が集まりだしていた。サッカー部ホイホイかよ。その中には転校生の豪炎寺もいる。
いや、本当にコイツは水泳部なのか?
なんて思ったのは声に出ていたらしい。不機嫌そうにたん瘤をこさえた鳴海がジト目でこちらを見ていた。殴られもしたんだな。成仏しろ。

「当然だろ?第……何代だったかは忘れたけどハイパーカッコいい部長だぞ?」
「その前振りいるのか?」

風丸の呆れたような問い掛けに鳴海は首を立てに振る。

「水泳部部長が代々引き継いでいるんだけども」
「マジか」
「マジなんだなーこれがさー」

まぁ、でも似合うからね!!と若干アホの子を晒す辺りは本人の気質に他ならない。第一、他のやつらなら普通恥ずかしがる。
でも、きっとそんなアホな部分もあるからこそ鳴海は何だかんだ人の輪の中にいるんだろう。ワッハッハと大口開けて、豪快に笑って、困ってるヤツがいれば隣に並んで、そんなのだから人望もある。勿論、鳴海が誰かと喧嘩しただのそういう話はあるけど、そういう適度に完璧過ぎないやつだから俺みたいな個性の少ないやつでも楽に話せるクラスメイトなんだろう。

俺のクラスにはラノベから出てきたみたいなやつがいる。でも本当はそいつはとんだアホの子で、残念なイケメンで、そんでもって女子だけど、クラスのムードメーカーで良いヤツだ。
と、そこまで考えたところでふと気付いた。アイツ、実は良くても友人止まりで同性からも異性からもモテねぇなと。
やっぱり鳴海はラノベ主人公でも無いのかもしれない。なんてな。
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