今日も貴方に会いたかった


どうして、進路なんてあるんだろうか。
どうして、選択肢というものがあるのだろうか。
どうして、選択肢を迫られるのにも関わらず進む道は限られているのか。


高校3年の夏。
部活の試合も呆気なく敗北と終わり、後輩達と泣き泣き写真を撮って、引退したのがまるで昨日のようでなかなか勉強にも普通の生活にも戻れない錯覚がするのだ。


「おーい、名字。今日は」
「図書室で待ってる」
「おー」

対して、わたしの幼馴染の黒尾鉄朗は、同じく幼馴染孤爪研磨らを率いる音駒高校バレー部を仕切る主将として今も部活に専念している。

わたしはとくに部長でも主将でもなかったけれど、その大変さは知っているし、なんとしてでもたくさんの試合をして、一歩一歩先に進みたい、そんな思いも痛いほどわかるのだ。




だからわたしは、そんな彼らの邪魔をしないように生活してきた。所詮は負け組だし勉強を抜かせばわたしの日常にやることなど全くと言っていいほど無くなってしまう。






いつもは教室で待っているのだけれど、今日は何かと誰もいないところで勉強したかった。まだ部活がある3年生も多いから、わたしの他にはなかなか図書室を使用する生徒は少ない。だからこそわたしはいつも独りでに思う、もっとあのときに、こうしていればいまでも楽しく部活をやっていたのかな、と。

かたん、と椅子に座って、カバンから筆箱と参考書を取り出す。まだ最終学年に進級したばかり、授業もまだ受験主要部分にまで達していないため、わたしの頭脳で解ける問題も限られて、参考書の意味を成していない今。

ごんっ、と机に額を叩きつけて目頭が熱くなるのをただ呆然と目を間近に迫った床に視線を向けながら感じていた。
それが涙だとは、今更ながらでも自覚している。


進路、そしてわたしがみんなよりいち早く引退してしまったことによる、友達のまるで憐れむような同情するような言葉にも嫌気がさして。

大学についても、両親はなかなか納得してくれなくて、話すらまともにできない平行線。
いまさらでも来年の心配が積もる。とどのつまりストレスが溜まっているのだ。




そういえば、黒尾は大学志望なのだろうか、それともそのまま就職してしまうのだろうか。
もし、一緒に行けるなら大学に行きたい、そう思ったこともあったけれども。

わたしと黒尾は、ただの幼馴染でしかなかった。



そんなわたしなんかと、彼女でもないただの幼馴染なんかと同じ道を選んでくれるはずがないの、そんなことわかる。




いつものように、誰もいないという事実に縋るように涙を床に流していれば、背を向けていたはずのドアがガラリと空いたのがわかった。
思わず衝動的に涙で濡れた頬も拭わず、顔をあげてみれば、見慣れた姿。
今最も会いたくない姿に肩が強ばり力が入る。足がぴくっと震える。


「名字、お前なんで泣いてんだ……」
「く、黒尾」


彼はわたしが零した今にも床に消えてしまいそうな呼び声も、すでに吸い込まれるように床に落ちて染み込んでしく涙にも焦ることなく、落ち着いた顔でわたしに近づき、隣の席に座って。

俯いたわたしの顔を、覗く様に頬を撫でるようにしてこちらに向けさせる。
あまりにもやさしく親指で涙を拭うのが辛くて、誤魔化すように目線をそらした。



「ぶ、部活は」
「名字のとこにでも行って来い、とか夜久に追い出されたんだよ。そんで来てみたら名前泣いてっからなー」

来て、よかったのかもな。と頬に添えていた手を頭へやさしく撫でくれた。
夜久は何を思ってわたしのところへ黒尾を寄越したんだ。きっと何かの考えがあってだろうけど今は、その気遣いさえ嬉しいだか恨めしいだかわからなかった。



「どうした、勉強は」
「、勉強なんて、嫌いだよッ……」

もっと部活やってかったのに、後輩の気持ちに答えてあげたかったのに、あのときああすれば、もっと、先の道へ行けてたかもしれないのに。

「行きたいところに、今度は行けなくて、息が苦しい」

親の反対がきつい、友達が嫌い。同情がつらい。笑い飛ばせよ、吹っ切れたい。


全部全部、押し付けるように吐き出して
忙しいのに、また彼を困らせてしまうことくらいしっていて
わたしが、隠してある特別な気持ちを持っていることにも気がついて


それでも、やさしく頭を撫でる手は止まらなかった。


「おうおう、親も友達も進路も全部全部嫌いか」
「……………き、嫌い」
「そうかそうか、じゃあ」








「俺のことは?」






あれ、気がつかれてた
頭を撫でる手も、いつもがんばってる姿も、私の持っていないものを持ってるとこも、
そうやって、なんでもわかってるふうに導いてくるとこも、




「黒尾、すき」
「よくできました」





着いてくればいいだろ、
重い約束も、今のわたしには強風に煽られないための十分な錘。





今日も、私は貴方に会いたかった。

ALICE+