後日携帯の検索履歴は大変なことになった。(神威為士)
*本編一部4章まで読了済み
*notエージェント
*エージェント名「ノア」
今日も仮面カフェの店内はそこそこ忙しい。あのコスモス財閥が経営しているカフェだからか、あまり繁盛しなくてもいいとレオンさんは言うけれど、雇われの身である私の立場だけでいえばこのくらい適度に忙しい方がいい。いくら大丈夫と言われても暇すぎたら要らぬ心配をしてしまうだろうし。
大学生になってすぐの頃に見つけたこのカフェのアルバイトは、色々な面で丁度良かった。シフトに融通が利くところとか、仮面をつけることが例外を除いて必須なところとか。仮面のおかげで、常連さんの顔を覚えないといけないとかそういうこともないし、「俺のこと覚えてる?」なんて聞いてくる面倒くさい人もほとんどいない。仮面カフェと銘打って、お客も従業員も仮面をしているのに、馴染みの人が来店すると名前で呼んでいるレオンさんとノアさんはそれでいいんだろうか。なんて思ったりすることはあるけれど、お客さん同士も時折名前で呼び合っているのを見るからあまりそこは深く考えなくてもいいのかもしれない。ただ、私は気にしてしまうので、名前を知っている人が相手でも名前を呼ばないように気をつけている。
「紅茶を一つ」
「はい、ただいま」
カウンターに座っているお客さんからオーダーが入る。すぐ近くにいた私がすかさずそれに応え、キッチンへ伝える。紅茶、コーヒーといった飲み物類はカウンターからでも用意できるが、このお客さんは少し前にケーキも注文していたので一緒に出した方がいいだろうと判断してのことだった。
「なぁ、プロテインあるか?」
「プロテイン、ですか?」
「あぁ! 前、阿形の兄貴と来たとき頼んだらあの執事に出してもらえたんだがよ」
「少々お待ちください」
執事・・・・・・恐らくレオンさんのことだ。彼は手先も器用で機転もきく。お客さんの対応も柔軟にこなしているが、それは彼だから出来ることだ。アルバイターの私に出来る範囲を超えている。こういうときは無難にレオンさん本人にお願いする方がいい。前回レオンさんがお客さんに何を出したのかすら、私は分からないのだから。
「お前、なんだ今の注文は」
「あ? プロテインって言ったの聞こえなかったか?」
「聞きたくなかったが聞こえたから尋ねたんだ。プロテインなんてメニューにないだろう。前は出してくれたかもしれないがイレギュラーを常に求めるな」
「はぁ? でも聞かなきゃ出してくれるかわかんねぇだろうが!」
「だからそれを止めろと言っている」
・・・・・・レオンさんのところへ向かう数歩の間にさっきのお客さんたちの会話が白熱している気がするが今は無視だ。
「レオンさん、すみません」
「どうしましたか?」
「えっと」
同じくカウンターで接客していたレオンさんに事情を説明すると、彼は「じゃあそれはこちらで用意しておきます」と言ってくれた。プロテインなんてキッチンにあったっけ、と思ったが彼がやると言っているから後はお任せしよう。
「お願いします」
とだけ言って私は先ほどの位置へ戻る。・・・・・・その前にキッチンへ寄ってケーキと紅茶のセットを受け取った。プロテインさんと言い争いをしていた紅茶さんの分だ。
「お待たせしました」
盆を片手に持ちながら、未だ言い争いをしている二人の側に立つ。
「こちら紅茶とケーキです」
「あぁ、ありがとう」
紅茶さんの前に品物を出してから、プロテインさんの方を向く。
「先ほどのプロテインですが、レオンさんに伝えましたので後ほど彼が持ってくると思います」
「おぉ! そうか、ありがとな!」
「いえ。では失礼します」
お辞儀をして彼らから離れる。離れてからも二人は言い争いを続けていて、仲が悪いのかと思ったが一緒に会計をして出て行ったのでますますわからなくなった。喧嘩するほどなんとやら、というやつなのかもしれない。まぁ私には関係ないけど。
午前中で授業が終わったある平日のこと、私は新しい服を買いに商業地区まで出かけていた。季節の変わり目の服装を考えるのが苦手で、講義中寒い思いをしたり、逆に暑い思いをしたりと散々なので上に軽く着れるようなものを探しにきたのだ。暑かったらボタンを緩めたりして対応できるけど、暑がりな先生の授業で寒い思いをすることになったらもうどうしようもない。いくら寒いと主張しても先生の意見が優先されてしまうので、こちらで対応する必要がある。
「どうしよう・・・・・・」
既に数件回っているけど、これだ!と思う物が見つからない。見た目が気に入っても布が厚めで軽く着るには合わなさそうだったり、布の質感は思っていたものでもデザインが好みじゃなかったり。いっそのこと今日は諦めて帰ろうかな。
「おい」
「え?」
突然声をかけられたことに驚いて振り向くと顔の整った男性がこちらを見つめていた。誰? もしかして先ほどまで繰り広げていた脳内会議が口から出ていたのだろうか。そうだとしたら恥ずかしすぎる!
「す、すみません。うるさかったですか?」
「? 何がだ」
謝ってみたが違うらしい。謝り損である。人違いの可能性もあるが、相手はこちらをじっと見ているし、その可能性は低い。どうしようと考えていると、相手の方から言葉をかけられた。
「お前、仮面カフェで働いている奴だろう。こんなところで何をしているんだ」
「えっ、あ、え、」
バイト先のお客さんだったらしい。従業員も仮面をしてるのによく素顔が分かったなとか、わざわざここで話しかけてくるってどういう目的があって?などなど、思うところは多々あるがお客さんの格好を見て一度口を閉じた。いったい何時来店されたお客さんなのかさっぱり分からないが、このお客さんの服装はとてもかっこいい。自分に似合う服が何か熟知しているようだ。それに肌もとても綺麗だ。毛穴なんてものは存在していないんじゃ無いかってくらいきめ細やかな肌が、ショッピングモールの照明をうけてきらきらと輝いている。この人、メイクもうまいな。どこかで勉強したんだろうか。
「・・・・・・おい?」
「あっ! すみません。じろじろ見てしまって・・・・・・。お兄さんの顔が綺麗でつい見てしまいました」
思考の海はお客さん──こう呼び続けるのも失礼なのでお兄さんとしておく、によって引き戻される。お兄さんをじろじろ見ていたのは事実なので正直に謝ると、お兄さんは嬉しそうに口角をあげた。
「そうだろう、そうだろう! 俺は美しいからな、目を奪われてしまうのも無理はない。しかし最初の質問にも答えてもらいたい。こんなところで何をしている?」
「聞き方が学校の先生みたいですね。今日は服を買いに来たんです」
こんな綺麗なお兄さん相手なら正直に話して問題ないだろうと判断して、自分の買い物目的を説明する。
「でも、これだってのが見つからなくて、今日は諦めて帰ろうかと思ってたところです」
「なるほど」
話を聞きながら、お兄さんは真剣な表情で私の今日の格好をじっくりと上から下まで見つめていく。綺麗な人にこんな風に見られたことは無いので恥ずかしくなるが、お兄さんは揶揄うような顔を見せる気配がないので、思い切ってこちらもドンと構えてみることにした。
「欲しい服は今日の格好に合わせる予定なのか?」
「え、えぇ。そうですね。まぁ寒いときに着たいので、今日の格好じゃない時でも着たいですけど、持ってる服の傾向は今日のものに近いのが多いのでその辺りはなんとかなるかなと」
「ふむ。お前これから時間はあるか」
「えっ、時間。まぁ何も予定ないのでありますけど・・・・・・」
「ついてこい」
「えぇ!?」
突然歩き出したお兄さんを無下にもできず、ついていくこと数分。着いた先は、以前から気になってはいたけれど、全体的に価格が高くて手が出せなかった服屋さん。ある程度お金が溜まったらご褒美のつもりで入ってみようかな、なんて考えていた店だ。
「ここだ」
「え、でもここ」
「いいから行くぞ」
お兄さんの中で入店するのは決定事項らしい。まぁ買う買わないは私の財布次第であるし、一人で入る勇気のなかった店に入れると思えるならいいか。普段ではありえない状況に私の頭もなんだかいつもより楽観的だ。
「これは」
「形が好みじゃないですね。あと袖が膨らんでるので授業中邪魔になりそうです」
「……これならどうだ」
「色合いは好きです! が、ちょっと厚いですね」
生地を触りながら否を唱える私に、お兄さんは首をかしげる。
「その程度の厚みなら問題ないのではないか?」
「授業中の寒さを耐えるならいいですけど、これを着て通学したら汗だくになりそうで」
「その理由なら一理ある。汗をかくのは体にとって悪くないが、美しくないからな」
「でしょう?」
ただのお客さんと従業員という関係で、ほとんど初対面に近い状況にもかかわらずお兄さんとの服選びは案外楽しかった。目当ての服はまだ見つかっていないけど。お兄さんに会わなければ、諦めて今頃帰宅していただろうからこうして話しているだけで十分な気もする。
「・・・・・・それならこれはどうだ」
改めて店内をぐるりと回っていたお兄さんが持ってきた一枚の服。リネンのシャツで、形は私好み。リネンなので生地は少し薄く見えるが、触ってみると薄すぎず暑すぎず、いい感じだ。
「すっごくいいです」
「だろうな」
お兄さんは顔を褒められたときと同じように満足そうな表情をしている。何故か分からないが、私のことを考えて選んでくれたみたいだ。
私はお兄さんにバレないようにこっそり服のタグに書かれている値段を見る。店に入ったときから分かっていたがやはりお高い。正直言って予算オーバーだ。しかし、せっかくお兄さんが選んでくれた上、デザインも生地感も好みのものに出会えたのだから買っておきたいと思う自分もいる。どうしようかと悩んでいると、
「じゃあこれで決まりでいいな」
とお兄さんが私の手からシャツを取って、レジへと向かってしまう。
「えっ!? ま、待ってください!」
慌てて追いかけるも、お兄さんの方が足が長い分、距離は縮まらない。私がレジに向かう時にはもうお兄さんが店員さんに商品を渡したところだった。
「あ、あの財布、」
もう少し考える時間は欲しかったが渡してしまった物は仕方がない。背中を押してくれたんだと思って財布を鞄から取り出そうとする。
「もう払った」
「え!?」
レジを見ると店員さんが持って帰りやすいように包んでくれている最中だった。いつの間に?
「この俺が選んだ物だ。俺が払ってもおかしくないだろう?」
「いやでも私が着るものなのに、お兄さんに払ってもらうのは悪いですよ」
お金を払わせてくれと要求しても、お兄さんは首を縦に振ってくれない。店員さんから渡された商品をお兄さんは受け取ると店を出て行こうとする。後を追いながら私は話を続けた。
「お兄さんがお金受け取ってくれないなら、せめて、何か、私に出来ることで返させてください」
足が長いお兄さんに追いつこうとすると、自然と早足になってしまう。なのでお兄さんが急に立ち止まった時、足を止められずお兄さんの肩にぶつかってしまった。
「んぶ、お兄さん、すみません、ぶつかっちゃって」
「為士だ」
「へ?」
「神威為士。この美しい俺の名前だ」
じっとこちらを見て自己紹介をされる。お兄さんの行動は唐突でよく分からないが、名前で呼んでいいということだろうか。
「神威さん?」
「為士」
「えっ、あー、・・・・・・為士さん?」
「それでいい」
名字で呼ぼうとすると名前で呼ぶように強制される。親戚以外の男性を名前で呼んだ事なんてないので妙に恥ずかしいが、お兄・・・・・・為士さんが満足そうな顔をしているのでこれでいいか・・・・・・。恥ずかしいけど。
「あの、為士さん。えっと服、ありがとうございます」
「俺がしたくてしたことだ。気にするな。あぁ、俺が受け取ったままだったな」
手渡された紙袋を受け取ると、私はお辞儀をして再び礼を口にする。
「本当にありがとうございます。為士さんに会わなかったら諦めて帰っちゃうところでした」
「よかったな」
「はい! あ、そうだ。為士さんお時間ありますか? もしよかったらこの後カフェでお茶でもいかがですか。服のお礼におごりますよ」
ショッピングモールにお気に入りのカフェが併設されていたことを思い出し、勇気を出して誘ってみる。為士さんが口を開く前に彼のポケットから着信音が鳴った。彼はポケットからスマホを取り出すと眉間に皺を寄せた。・・・・・・顔が綺麗な人って、眉間に皺が寄っても綺麗なんだなという知見を得た。
「急用が入ったから行けなくなった」
「そうですか。私も突然誘ったので気にしないでください。では私はここで失礼します。またお店に来てくださいね!」
「それだ、」
「え?」
急用ならば早めに別れた方がいいだろうと思ったのに、何故か呼び止められる。
「お前の出す紅茶、あの執事には及ばないが奴の次くらいにはよかった」
「あ、ありがとうございます・・・・・・?」
「先日お前がカウンターにいたからお前が淹れるんだろうと思って紅茶を頼んだが、違う奴が淹れていたな。何故だ?」
「先日・・・・・・?」
為士さんが仮面カフェのお客さんであることは分かるが、生憎彼が何時来店されて、何時私が接客したお客さんなのかさっぱり分かっていない。仕事中は仮面をしているのに、私に分かった彼の方がすごいと思うんだけども・・・・・・。変にごまかしたりしても駄目だろうと判断して、素直に
「仮面されているお客様の顔を覚えるのが苦手で、為士さんに何時接客したか覚えていないんです。何かそのとき印象深いこととかありましたか?」
と聞いてみる。彼は少し悩む仕草をして、何故か非常に苦々しく顔を歪めたかと思うと、小さな声で
「プロテイン」
と返してきた。・・・・・・プロテイン? それを聞いて思い出すのは先日レオンさんに丸投げしたプロテインの注文。そういえば一緒に居た人は紅茶を頼んでいたか。え、為士さんが、あのプロテインさんと言い争いしてた人か?!
考えが顔に出ていたのか、為士さんは「思い出したか?」と尋ねてくる。
「思い出しました。ケーキセット頼んでから紅茶を頼まれてましたよね?」
「そうだ」
「ケーキと紅茶は一緒に出した方がいいかなと思って、キッチンに頼んだんです。そうしたらケーキと紅茶一緒のタイミングで出せますので」
「・・・・・・なるほど」
理由を聞いて納得はしてくれたのか、為士さんはこちらを見つめながらじっと黙ってしまった。急用は急がなくていいんだろうか。
「お前に淹れてもらいたい時はどうしたらいいんだ」
「わ、私ですか!?」
「執事の次に淹れるのが上手いと言っただろう。他の奴が淹れたのを飲むくらいなら飲まない方がましだ」
「そ、そこまで・・・・・・」
一介のアルバイターである私がどうこうする権利はない。ただ、為士さんや一緒に来店していたプロテインさんがレオンさんのことを執事と呼ぶことからノアさんとも知り合いなのだろう。多分。それなら彼の口から直接言ってもらった方が要望が叶う可能性は高い。
「わ、私がどうこう決める権利はないんですが・・・・・・。注文時に私に淹れて欲しいって一言もらえたら・・・・・・いけるかも? です。絶対要望が通るか分かりませんけど・・・・・・。私がシフトに居ない日もありますし、元々のサービスにはないので店が混雑していたら出来ないでしょうし・・・・・・」
「それでいい。まぁエージェントか執事に言えばいけるだろう。ふむ、お前の名前を聞いてなかったな」
「あ、私、なまえと申します」
「なまえ」
「はい」
「分かった。じゃあまた店で」
「あ、はい。今日はありがとうございました!」
くるりと体を翻し、立ち去る為士さんの後ろ姿を見届けた後、小さくため息をついた。服を探してくれたり、悪い人ではなさそうだが、顔立ちが整いすぎていて、無意識に緊張していたみたいだ。
少し落ち着いた後、受け取った紙袋を持って、私も家に帰ろうと歩き出す。一人になったからだろうか、ふとある考えが頭の中をよぎった。
カフェの店員がお客に服を買ってもらうってまるで、なんかその、訴えられたら私が負けちゃうのでは?!
*notエージェント
*エージェント名「ノア」
今日も仮面カフェの店内はそこそこ忙しい。あのコスモス財閥が経営しているカフェだからか、あまり繁盛しなくてもいいとレオンさんは言うけれど、雇われの身である私の立場だけでいえばこのくらい適度に忙しい方がいい。いくら大丈夫と言われても暇すぎたら要らぬ心配をしてしまうだろうし。
大学生になってすぐの頃に見つけたこのカフェのアルバイトは、色々な面で丁度良かった。シフトに融通が利くところとか、仮面をつけることが例外を除いて必須なところとか。仮面のおかげで、常連さんの顔を覚えないといけないとかそういうこともないし、「俺のこと覚えてる?」なんて聞いてくる面倒くさい人もほとんどいない。仮面カフェと銘打って、お客も従業員も仮面をしているのに、馴染みの人が来店すると名前で呼んでいるレオンさんとノアさんはそれでいいんだろうか。なんて思ったりすることはあるけれど、お客さん同士も時折名前で呼び合っているのを見るからあまりそこは深く考えなくてもいいのかもしれない。ただ、私は気にしてしまうので、名前を知っている人が相手でも名前を呼ばないように気をつけている。
「紅茶を一つ」
「はい、ただいま」
カウンターに座っているお客さんからオーダーが入る。すぐ近くにいた私がすかさずそれに応え、キッチンへ伝える。紅茶、コーヒーといった飲み物類はカウンターからでも用意できるが、このお客さんは少し前にケーキも注文していたので一緒に出した方がいいだろうと判断してのことだった。
「なぁ、プロテインあるか?」
「プロテイン、ですか?」
「あぁ! 前、阿形の兄貴と来たとき頼んだらあの執事に出してもらえたんだがよ」
「少々お待ちください」
執事・・・・・・恐らくレオンさんのことだ。彼は手先も器用で機転もきく。お客さんの対応も柔軟にこなしているが、それは彼だから出来ることだ。アルバイターの私に出来る範囲を超えている。こういうときは無難にレオンさん本人にお願いする方がいい。前回レオンさんがお客さんに何を出したのかすら、私は分からないのだから。
「お前、なんだ今の注文は」
「あ? プロテインって言ったの聞こえなかったか?」
「聞きたくなかったが聞こえたから尋ねたんだ。プロテインなんてメニューにないだろう。前は出してくれたかもしれないがイレギュラーを常に求めるな」
「はぁ? でも聞かなきゃ出してくれるかわかんねぇだろうが!」
「だからそれを止めろと言っている」
・・・・・・レオンさんのところへ向かう数歩の間にさっきのお客さんたちの会話が白熱している気がするが今は無視だ。
「レオンさん、すみません」
「どうしましたか?」
「えっと」
同じくカウンターで接客していたレオンさんに事情を説明すると、彼は「じゃあそれはこちらで用意しておきます」と言ってくれた。プロテインなんてキッチンにあったっけ、と思ったが彼がやると言っているから後はお任せしよう。
「お願いします」
とだけ言って私は先ほどの位置へ戻る。・・・・・・その前にキッチンへ寄ってケーキと紅茶のセットを受け取った。プロテインさんと言い争いをしていた紅茶さんの分だ。
「お待たせしました」
盆を片手に持ちながら、未だ言い争いをしている二人の側に立つ。
「こちら紅茶とケーキです」
「あぁ、ありがとう」
紅茶さんの前に品物を出してから、プロテインさんの方を向く。
「先ほどのプロテインですが、レオンさんに伝えましたので後ほど彼が持ってくると思います」
「おぉ! そうか、ありがとな!」
「いえ。では失礼します」
お辞儀をして彼らから離れる。離れてからも二人は言い争いを続けていて、仲が悪いのかと思ったが一緒に会計をして出て行ったのでますますわからなくなった。喧嘩するほどなんとやら、というやつなのかもしれない。まぁ私には関係ないけど。
午前中で授業が終わったある平日のこと、私は新しい服を買いに商業地区まで出かけていた。季節の変わり目の服装を考えるのが苦手で、講義中寒い思いをしたり、逆に暑い思いをしたりと散々なので上に軽く着れるようなものを探しにきたのだ。暑かったらボタンを緩めたりして対応できるけど、暑がりな先生の授業で寒い思いをすることになったらもうどうしようもない。いくら寒いと主張しても先生の意見が優先されてしまうので、こちらで対応する必要がある。
「どうしよう・・・・・・」
既に数件回っているけど、これだ!と思う物が見つからない。見た目が気に入っても布が厚めで軽く着るには合わなさそうだったり、布の質感は思っていたものでもデザインが好みじゃなかったり。いっそのこと今日は諦めて帰ろうかな。
「おい」
「え?」
突然声をかけられたことに驚いて振り向くと顔の整った男性がこちらを見つめていた。誰? もしかして先ほどまで繰り広げていた脳内会議が口から出ていたのだろうか。そうだとしたら恥ずかしすぎる!
「す、すみません。うるさかったですか?」
「? 何がだ」
謝ってみたが違うらしい。謝り損である。人違いの可能性もあるが、相手はこちらをじっと見ているし、その可能性は低い。どうしようと考えていると、相手の方から言葉をかけられた。
「お前、仮面カフェで働いている奴だろう。こんなところで何をしているんだ」
「えっ、あ、え、」
バイト先のお客さんだったらしい。従業員も仮面をしてるのによく素顔が分かったなとか、わざわざここで話しかけてくるってどういう目的があって?などなど、思うところは多々あるがお客さんの格好を見て一度口を閉じた。いったい何時来店されたお客さんなのかさっぱり分からないが、このお客さんの服装はとてもかっこいい。自分に似合う服が何か熟知しているようだ。それに肌もとても綺麗だ。毛穴なんてものは存在していないんじゃ無いかってくらいきめ細やかな肌が、ショッピングモールの照明をうけてきらきらと輝いている。この人、メイクもうまいな。どこかで勉強したんだろうか。
「・・・・・・おい?」
「あっ! すみません。じろじろ見てしまって・・・・・・。お兄さんの顔が綺麗でつい見てしまいました」
思考の海はお客さん──こう呼び続けるのも失礼なのでお兄さんとしておく、によって引き戻される。お兄さんをじろじろ見ていたのは事実なので正直に謝ると、お兄さんは嬉しそうに口角をあげた。
「そうだろう、そうだろう! 俺は美しいからな、目を奪われてしまうのも無理はない。しかし最初の質問にも答えてもらいたい。こんなところで何をしている?」
「聞き方が学校の先生みたいですね。今日は服を買いに来たんです」
こんな綺麗なお兄さん相手なら正直に話して問題ないだろうと判断して、自分の買い物目的を説明する。
「でも、これだってのが見つからなくて、今日は諦めて帰ろうかと思ってたところです」
「なるほど」
話を聞きながら、お兄さんは真剣な表情で私の今日の格好をじっくりと上から下まで見つめていく。綺麗な人にこんな風に見られたことは無いので恥ずかしくなるが、お兄さんは揶揄うような顔を見せる気配がないので、思い切ってこちらもドンと構えてみることにした。
「欲しい服は今日の格好に合わせる予定なのか?」
「え、えぇ。そうですね。まぁ寒いときに着たいので、今日の格好じゃない時でも着たいですけど、持ってる服の傾向は今日のものに近いのが多いのでその辺りはなんとかなるかなと」
「ふむ。お前これから時間はあるか」
「えっ、時間。まぁ何も予定ないのでありますけど・・・・・・」
「ついてこい」
「えぇ!?」
突然歩き出したお兄さんを無下にもできず、ついていくこと数分。着いた先は、以前から気になってはいたけれど、全体的に価格が高くて手が出せなかった服屋さん。ある程度お金が溜まったらご褒美のつもりで入ってみようかな、なんて考えていた店だ。
「ここだ」
「え、でもここ」
「いいから行くぞ」
お兄さんの中で入店するのは決定事項らしい。まぁ買う買わないは私の財布次第であるし、一人で入る勇気のなかった店に入れると思えるならいいか。普段ではありえない状況に私の頭もなんだかいつもより楽観的だ。
「これは」
「形が好みじゃないですね。あと袖が膨らんでるので授業中邪魔になりそうです」
「……これならどうだ」
「色合いは好きです! が、ちょっと厚いですね」
生地を触りながら否を唱える私に、お兄さんは首をかしげる。
「その程度の厚みなら問題ないのではないか?」
「授業中の寒さを耐えるならいいですけど、これを着て通学したら汗だくになりそうで」
「その理由なら一理ある。汗をかくのは体にとって悪くないが、美しくないからな」
「でしょう?」
ただのお客さんと従業員という関係で、ほとんど初対面に近い状況にもかかわらずお兄さんとの服選びは案外楽しかった。目当ての服はまだ見つかっていないけど。お兄さんに会わなければ、諦めて今頃帰宅していただろうからこうして話しているだけで十分な気もする。
「・・・・・・それならこれはどうだ」
改めて店内をぐるりと回っていたお兄さんが持ってきた一枚の服。リネンのシャツで、形は私好み。リネンなので生地は少し薄く見えるが、触ってみると薄すぎず暑すぎず、いい感じだ。
「すっごくいいです」
「だろうな」
お兄さんは顔を褒められたときと同じように満足そうな表情をしている。何故か分からないが、私のことを考えて選んでくれたみたいだ。
私はお兄さんにバレないようにこっそり服のタグに書かれている値段を見る。店に入ったときから分かっていたがやはりお高い。正直言って予算オーバーだ。しかし、せっかくお兄さんが選んでくれた上、デザインも生地感も好みのものに出会えたのだから買っておきたいと思う自分もいる。どうしようかと悩んでいると、
「じゃあこれで決まりでいいな」
とお兄さんが私の手からシャツを取って、レジへと向かってしまう。
「えっ!? ま、待ってください!」
慌てて追いかけるも、お兄さんの方が足が長い分、距離は縮まらない。私がレジに向かう時にはもうお兄さんが店員さんに商品を渡したところだった。
「あ、あの財布、」
もう少し考える時間は欲しかったが渡してしまった物は仕方がない。背中を押してくれたんだと思って財布を鞄から取り出そうとする。
「もう払った」
「え!?」
レジを見ると店員さんが持って帰りやすいように包んでくれている最中だった。いつの間に?
「この俺が選んだ物だ。俺が払ってもおかしくないだろう?」
「いやでも私が着るものなのに、お兄さんに払ってもらうのは悪いですよ」
お金を払わせてくれと要求しても、お兄さんは首を縦に振ってくれない。店員さんから渡された商品をお兄さんは受け取ると店を出て行こうとする。後を追いながら私は話を続けた。
「お兄さんがお金受け取ってくれないなら、せめて、何か、私に出来ることで返させてください」
足が長いお兄さんに追いつこうとすると、自然と早足になってしまう。なのでお兄さんが急に立ち止まった時、足を止められずお兄さんの肩にぶつかってしまった。
「んぶ、お兄さん、すみません、ぶつかっちゃって」
「為士だ」
「へ?」
「神威為士。この美しい俺の名前だ」
じっとこちらを見て自己紹介をされる。お兄さんの行動は唐突でよく分からないが、名前で呼んでいいということだろうか。
「神威さん?」
「為士」
「えっ、あー、・・・・・・為士さん?」
「それでいい」
名字で呼ぼうとすると名前で呼ぶように強制される。親戚以外の男性を名前で呼んだ事なんてないので妙に恥ずかしいが、お兄・・・・・・為士さんが満足そうな顔をしているのでこれでいいか・・・・・・。恥ずかしいけど。
「あの、為士さん。えっと服、ありがとうございます」
「俺がしたくてしたことだ。気にするな。あぁ、俺が受け取ったままだったな」
手渡された紙袋を受け取ると、私はお辞儀をして再び礼を口にする。
「本当にありがとうございます。為士さんに会わなかったら諦めて帰っちゃうところでした」
「よかったな」
「はい! あ、そうだ。為士さんお時間ありますか? もしよかったらこの後カフェでお茶でもいかがですか。服のお礼におごりますよ」
ショッピングモールにお気に入りのカフェが併設されていたことを思い出し、勇気を出して誘ってみる。為士さんが口を開く前に彼のポケットから着信音が鳴った。彼はポケットからスマホを取り出すと眉間に皺を寄せた。・・・・・・顔が綺麗な人って、眉間に皺が寄っても綺麗なんだなという知見を得た。
「急用が入ったから行けなくなった」
「そうですか。私も突然誘ったので気にしないでください。では私はここで失礼します。またお店に来てくださいね!」
「それだ、」
「え?」
急用ならば早めに別れた方がいいだろうと思ったのに、何故か呼び止められる。
「お前の出す紅茶、あの執事には及ばないが奴の次くらいにはよかった」
「あ、ありがとうございます・・・・・・?」
「先日お前がカウンターにいたからお前が淹れるんだろうと思って紅茶を頼んだが、違う奴が淹れていたな。何故だ?」
「先日・・・・・・?」
為士さんが仮面カフェのお客さんであることは分かるが、生憎彼が何時来店されて、何時私が接客したお客さんなのかさっぱり分かっていない。仕事中は仮面をしているのに、私に分かった彼の方がすごいと思うんだけども・・・・・・。変にごまかしたりしても駄目だろうと判断して、素直に
「仮面されているお客様の顔を覚えるのが苦手で、為士さんに何時接客したか覚えていないんです。何かそのとき印象深いこととかありましたか?」
と聞いてみる。彼は少し悩む仕草をして、何故か非常に苦々しく顔を歪めたかと思うと、小さな声で
「プロテイン」
と返してきた。・・・・・・プロテイン? それを聞いて思い出すのは先日レオンさんに丸投げしたプロテインの注文。そういえば一緒に居た人は紅茶を頼んでいたか。え、為士さんが、あのプロテインさんと言い争いしてた人か?!
考えが顔に出ていたのか、為士さんは「思い出したか?」と尋ねてくる。
「思い出しました。ケーキセット頼んでから紅茶を頼まれてましたよね?」
「そうだ」
「ケーキと紅茶は一緒に出した方がいいかなと思って、キッチンに頼んだんです。そうしたらケーキと紅茶一緒のタイミングで出せますので」
「・・・・・・なるほど」
理由を聞いて納得はしてくれたのか、為士さんはこちらを見つめながらじっと黙ってしまった。急用は急がなくていいんだろうか。
「お前に淹れてもらいたい時はどうしたらいいんだ」
「わ、私ですか!?」
「執事の次に淹れるのが上手いと言っただろう。他の奴が淹れたのを飲むくらいなら飲まない方がましだ」
「そ、そこまで・・・・・・」
一介のアルバイターである私がどうこうする権利はない。ただ、為士さんや一緒に来店していたプロテインさんがレオンさんのことを執事と呼ぶことからノアさんとも知り合いなのだろう。多分。それなら彼の口から直接言ってもらった方が要望が叶う可能性は高い。
「わ、私がどうこう決める権利はないんですが・・・・・・。注文時に私に淹れて欲しいって一言もらえたら・・・・・・いけるかも? です。絶対要望が通るか分かりませんけど・・・・・・。私がシフトに居ない日もありますし、元々のサービスにはないので店が混雑していたら出来ないでしょうし・・・・・・」
「それでいい。まぁエージェントか執事に言えばいけるだろう。ふむ、お前の名前を聞いてなかったな」
「あ、私、なまえと申します」
「なまえ」
「はい」
「分かった。じゃあまた店で」
「あ、はい。今日はありがとうございました!」
くるりと体を翻し、立ち去る為士さんの後ろ姿を見届けた後、小さくため息をついた。服を探してくれたり、悪い人ではなさそうだが、顔立ちが整いすぎていて、無意識に緊張していたみたいだ。
少し落ち着いた後、受け取った紙袋を持って、私も家に帰ろうと歩き出す。一人になったからだろうか、ふとある考えが頭の中をよぎった。
カフェの店員がお客に服を買ってもらうってまるで、なんかその、訴えられたら私が負けちゃうのでは?!